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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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帰宅願望ミミック――優しい家は口を開ける

家、学校、友達、家族。

全部を混ぜた、いちばん優しい部屋が出ます。

優しい部屋ほど、入口で止まりましょう。

 その部屋は、部屋ではなかった。


 家の玄関で、学校の教室で、公園で、自室で、食卓だった。壁の向こうから母親の声がして、廊下には友達の足音があり、机の上にはゲーム画面が光っている。窓の外には通学路が続き、ドアの前には父親に似た影が待っていた。


 全部、知っている。


 全部、帰りたい場所の一部だった。


「勇者様」

「分かってる」

「ここは、元世界ではありません」

「分かってる」

「記憶擬態の中核です」

「分かってるって言ってるでしょ!」


 声が震えていた。


 部屋の奥から、いくつもの声が重なる。


「こっちにおいで」

「おかえり」

「ごはんできてるよ」

「遊ぼう」

「もうがんばらなくていいよ」

「ただいまって言って」


【中核擬態反応】

【帰宅願望吸収】

【敵名候補:帰宅願望ミミック】


「敵名まで出た」

「はい」

「帰宅願望って、わたしの気持ちじゃん」

「はい」

「わたしの気持ちを、敵名にしないで」

「すみません」


 部屋は、少しずつ形を変えた。今度は、コヨリの自室に近くなる。机の上に、ゲーム機。椅子の背にかけた上着。ランドセル。窓際の小物。


 そして、ベッドの横に空いている場所。


 帰ってきたら、そこで眠れる。


 そう思った瞬間、コヨリの足が前へ出た。


「勇者様!」

「分かってる! でも、帰りたい!」


 それは嘘ではなかった。偽物だと分かっていても、帰りたい気持ちは止まらない。帰宅願望ミミックは、そこを食べる。コヨリの本物の願いを、偽の入口へつなげる。


 アドミニスの窓が開いた。


「勇者ちゃん、願望を切って! 帰りたい気持ちを一度遮断すれば」

「やだ!」

「でも」

「帰りたい気持ちまで捨てたら、わたし、何でここまで死んだの!」


 コヨリは泣きながら怒鳴った。


 その叫びで一手進む。部屋の床が口を開けた。机が牙になり、ベッドが舌になり、家族と友達の声がひとつの大きな笑い声へ変わる。


「勇者様、後退!」

「足が、動かない!」


 帰宅願望が、足首をつかんでいた。鎖ではない。記憶だ。帰りたい。帰れるかもしれない。今度こそ。この部屋なら。


 ログルがコヨリの肩から飛び降り、額の宝石を床に叩きつけた。青い光が一マスだけ道を作る。


「勇者様、ぼくを見てください」

「ログル」

「ここは、帰る場所ではありません」

「でも」

「ぼくは、勇者様に帰ってほしいです。でも、ここには入ってほしくありません」


 コヨリは、ログルを見た。帰りたい気持ちは消えない。消えないまま、少しだけ足が自由になる。


「一マス、下がる」

「はい」


 一手。


 コヨリは下がった。だが、帰宅願望ミミックは待っていた。下がった先の床に、最初の横断歩道と同じ白いワープ線が浮かぶ。


「最初の罠!」

「学習されています!」


 ワープ床が足元で開いた。落ちながら、部屋の中の声が全部重なった。


「おかえり」

「まだ言わない!」


【死亡ログ】

【総死亡回数:1048 → 1050】

【死因:帰りたい気持ちを読まれて、優しい家に入った】

【評価:帰りたいは本物。家は偽物】

【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】


【新規獲得:帰宅願望擬態警戒 Lv.1】


 帰宅願望ミミックは、これまでの敵と違って、形を一つに決めなかった。


 住宅街になり、学校になり、台所になり、自室になり、食卓になり、玄関になった。コヨリが一番見たいものを、その瞬間ごとに選んでくる。だから、目を閉じても意味がない。耳を塞いでも足りない。心の中の「帰りたい」が、敵の材料にされている。


 初回死亡のあと、拠点は妙に静かだった。


「帰りたいは本物。家は偽物」


 コヨリは死亡ログの評価を読み上げ、机に額をつけた。


「評価が正しすぎてつらい」

「はい」

「わたしの気持ちは、本物なんだよね」

「はい」

「でも、それを読まれる」

「はい」

「プライバシーの概念、神様空間にないの?」


 アドミニスは窓の中で、両手を上げた。


「ある。あるけど、帰還処理は例外で」

「例外が多い運営は信用されない!」

「はい」


 ベルが万年筆を走らせる音がした。抗議書がまた増えている。


 ログルは、コヨリの前に座った。いつもなら死因ログを整理するところだが、今回はすぐには始めない。


「勇者様。帰りたい気持ちを消そうとしないでください」

「消せるわけないよ」

「はい。だから、消さずに疑います」

「帰りたいまま疑う?」

「はい。帰りたいからこそ、偽物に渡さない」


 その言い方は、コヨリの胸に少しだけ入った。


 再戦のフロアは、最初から家だった。玄関の扉があり、表札があり、奥から光が漏れている。けれど、家の壁は呼吸していた。安全地帯のふりをした巨大な口だ。


「こより」

「こっちにおいで」

「席、空いてるよ」

「ただいまって言って」

「ゲーム、つづきからできるよ」


 声が重なる。優しさの詰め合わせみたいで、吐き気がするほど甘い。


 コヨリはその場で膝をつきそうになった。帰りたい。帰りたい。帰りたい。何度死んでも、壁に書いてきた言葉が、敵の腹の中から返ってくる。


「勇者様」

「......言わないで」

「はい」

「今、ログルが止めたら、たぶんわたし、ログルに怒る」

「はい」

「自分で止まる」


 コヨリは震える手で、小石を握った。いつもの小石。元世界のものではない。異世界で何度も命を拾ってくれた、ただの小石。


「帰りたい」


 声に出した。世界が一手進む。帰宅願望ミミックの扉が、少し開く。


「でも、ここじゃない」


 もう一手。壁が伸びる。玄関マットが舌のように動く。


「会いたい」


 奥から、家族や友達の影が手を伸ばす。


「でも、あなたたちは違う」


 コヨリは小石を投げた。狙いは扉ではない。家の影の下、呼吸している床の中心。小石が当たると、家全体がびくりと跳ねた。


「ログル!」

「右後方に本体の影。壁ではなく、影です!」

「家の影を殴る勇者、聞いたことない!」


 コヨリは【死因刻みの短剣】を抜いた。真正面の玄関ではなく、足元から伸びる影を切る。黒い線が裂け、家の形が歪む。扉が口になり、窓が目になり、食卓と教室と自室がぐちゃぐちゃに混ざる。


「ただいま」


 ミミックが、コヨリの声で言った。


 それが、一番腹が立った。


「その言葉、勝手に使うなああああああああああああああああ!」


 叫びで一手。敵も動く。でも、今度は引かない。コヨリは影をもう一度切った。


 ミミックの影を斬るたびに、コヨリの頭の中で記憶の断片がはじけた。朝の玄関、学校のチャイム、ゲームの起動画面、夕方の道。どれも本物の一部で、敵の一部でもある。


「ログル、切りすぎてない?」

「今のところ、偽接続のみです」

「今のところ禁止!」

「では、かなり慎重に成功しています」

「それならよし!」


 帰宅願望ミミックは、最後にコヨリ自身の姿になった。幼女勇者ではなく、元世界の天野こよりに近い姿。ランドセルを背負い、泣きそうな顔で手を伸ばす。


「帰ろう」


 コヨリは短剣を止めた。


「......わたしの顔まで使うの」

「勇者様、これは最終誘導です」

「うん。知ってる」


 コヨリは短剣ではなく、小石を投げた。自分に似た影の足元へ。床が割れ、偽のこよりが黒い口に戻る。


「わたしを使って、わたしを騙すな!」


 今度の叫びは、敵の中心まで届いた。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1050回

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【神様案内警戒 Lv.2】

【ただいま保留 Lv.1】

【帰る意思固定 Lv.1】

【食卓モンスターハウス警戒 Lv.1】

【操作前確認 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【帰宅願望擬態警戒 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

帰りたい気持ちそのものを罠にされて死亡。でも、帰りたい気持ちは捨てなかった。


ログル

帰ってほしいからこそ、偽物の家へ入らせなかった。相棒としてかなり大事な場面。


帰宅願望ミミック

家、学校、友達、家族、自室を混ぜた中核擬態。コヨリの本物の願いを餌にする。


アドミニス

願望遮断を提案したが、コヨリに拒否された。方法は正しくても、心を見ていない。


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