家族全員フロア――食卓モンスターハウス
食卓に席が空いていました。
こっちにおいでと言われます。
空いている席の理由を、先に考えましょう。
食卓のフロアは、今までで一番やさしく見えた。
部屋の中央に大きなテーブルがあり、湯気の立つ料理が並んでいる。椅子には、母親に似た影、父親に似た影、友達や親友に似た姿、小さい頃に遊んだ子どもたちまで座っていた。全員が、コヨリを見る。
「こっちにおいで」
「席、空いてるよ」
「もう冒険しなくていいよ」
「帰ってきたんだから、座りなさい」
空いている椅子が一つだけある。コヨリのための席に見える。
「勇者様、入口で止まってください」
「止まってる」
「動かないでください」
「動いてない」
「呼吸はしてください」
「そこまで止めないで!」
テーブルの上の料理は未識別。椅子の足は、床に根を張っている。全員の視線はコヨリではなく、コヨリの足元のマスを見ている。それでも、コヨリは泣きそうになった。帰る場所に、自分の席がある。それだけで、胸が苦しくなる。
親友に似た姿が、優しく言った。
「ログルも神様も忘れていいよ」
父親に似た影が続ける。
「もう迎えに来た」
母親に似た声が重なる。
「ごはん、冷めちゃうよ」
「ログル」
「はい」
「全部、前に聞いた」
「はい」
「前に聞いた罠を、まとめて出してきた」
「はい。非常に性格が悪いです」
食卓の全員が、同じ笑顔になった。
「座って」
コヨリは小石を一つ、空いている椅子に投げた。椅子が、ばくんと小石を食べた。
「はい敵!」
「食卓モンスターハウス反応です」
【特殊モンスターハウス】
【食卓型】
【着席で全敵起動】
「座る前に分かってえらい!」
「かなりえらいです。ただし、起動しました」
「小石で!?」
「席が空いている理由を確認した結果です」
「確認しただけで始まるの、悪質!」
椅子が牙をむき、料理が腕を生やし、家族に似た影たちの顔が一斉に裂けた。テーブルクロスが波のように広がり、出口を塞ぐ。
「手持ち!」
「罠消しの巻物一枚、部屋雷の巻物一枚、眠り玉なし、吹き飛ばしの杖なし」
「部屋雷は?」
「料理にも通りますが、勇者様もしびれます」
「しびれても、食われるよりマシ!」
一手。
部屋中に雷が走った。食器が跳ね、椅子が焦げ、家族擬態たちが一瞬だけ動きを止める。コヨリの体もびりっとしびれた。
「動けない!」
「二ターン分しびれます」
「先に言って!」
「言いました」
「今のはわたしが聞いてなかった!」
テーブルクロスが床を這ってくる。しびれた足では逃げられない。ログルが必死に宝石を光らせる。
「右手だけ動きます。罠消しの巻物を」
「読む!」
「声に出さず、心で」
「心で読むって何!?」
コヨリは心の中で巻物を読む。文字が光り、床の根が一部消えた。出口まで細い道が開く。
足のしびれが切れるまで、あと一瞬。
母親に似た声が、最後に言った。
「こより、座りなさい」
コヨリの体が、反射で止まった。命令された時の癖。怒られる前に止まる癖。
その一瞬で、椅子の牙が届いた。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1046 → 1048】
【死因:食卓に座る前に見破ったが、座りなさいで硬直した】
【評価:席が空いている理由を考えましょう】
【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】
「家族団らんまでモンハウにするなあああああああああああああああああ!」
【新規獲得:食卓モンスターハウス警戒 Lv.1】
食卓モンスターハウスの死因を見た時、コヨリはしばらく無言だった。
全員がいた。母親に似た声。父親に似た影。友達に似た笑い方。親友に似た目。兄弟や近所の子に似た小さな手。全部が食卓を囲んで、空いている席を指していた。
リュシアが、今回は明るく乾杯しなかった。代わりに、温かいパンを皿に置く。
「食べな。これは本物のパンよ。ログ坊、確認済み」
「はい。安全です」
コヨリは小さくかじった。パンの味は、偽食卓とは違う。違うから、ほっとする。
「食卓って、ずるい」
「はい」
「席が空いてたら、座りたくなる」
「はい」
「みんながいるなら、なおさら」
ゼルドは腕を組み、低い声で言った。
「勇者よ。全員がいる場所ほど、罠であることもある。魔王城の宴会場でも、だいたいそうだ」
「魔王城の宴会場も罠なの?」
「何度か勇者を釣った」
「魔王さんもやってるじゃん!」
「家族の姿は使っておらん!」
「線引きはあるんだ!」
ベルが咳払いした。
「弊軍では、宴会罠には必ず小さく注意書きを出します」
「親切」
「『この席に座ると戦闘が開始します』と」
「それはもう罠じゃなくてイベント!」
再挑戦の食卓フロアでは、明かりが温かかった。部屋の中央に大きなテーブルがあり、一つだけ椅子が空いている。空席の前には、コヨリの好きそうな料理が並んでいた。
「こより、席、空いてるよ」
「早く座ろう」
「もう冒険しなくていいよ」
コヨリはテーブルを見た。料理ではなく、椅子の脚を見る。空席の足元だけ、マス目が黒い。テーブルクロスの下で、何かがゆっくり呼吸している。
「ログル、あれ」
「はい。席そのものが入口です」
「食卓への入口じゃなくて?」
「特殊モンスターハウスへの入口です」
「家族団らんをモンハウにするなあああああああああああああああ!」
叫びで一手。テーブルの上の料理が、いっせいにこちらを向いた。ハンバーグに目が開き、スープの表面に口が浮かび、サラダのレタスが小さな手みたいに伸びる。
「料理が敵!」
「食卓型複合擬態です」
「晩ごはんの治安!」
母親に似た影が、微笑んだ。
「座らないの?」
「座らない」
「みんな待ってるよ」
「本物なら、わたしが立ったまま泣きそうな顔してたら、席より先に聞く。どうしたのって」
父影が低く言う。
「迎えに来たぞ」
「待っててって言った」
親友擬態が涙声を出す。
「こよりちゃん、ひどい」
「本物は無理やり座らせない」
友達擬態が笑う。
「ログルなんか置いて」
「はい偽物」
コヨリは一つずつ返しながら、椅子には近づかなかった。代わりに、テーブルの端へ【混乱の巻物】を滑らせる。読むのではなく、料理擬態の口へ押し込む。
「勇者様、それは」
「食べて識別!」
「料理に巻物を食べさせるのは想定外です」
「向こうも料理が敵なんだから、こっちもマナー違反でいく!」
巻物が開き、食卓の上で混乱が広がる。ハンバーグがスープを噛み、レタスがフォークを締め上げ、椅子がテーブルクロスに絡まった。
「食卓内乱!」
「今のうちに出口へ」
コヨリは空席を横目で見た。座りたい気持ちは、まだある。そこに座れば、全部終わるような気がする。けれど、終わるのは冒険ではなく、自分の座標だ。
「わたしの席は、ここじゃない」
そう言って、コヨリは食卓を背にした。
食卓を背にすると、全員の声が一斉に低くなった。
「行かないで」
「こより」
「席が空いてるのに」
コヨリは耳を押さえなかった。聞こえても、選ばない練習をするためだ。
「ログル、後ろを見たら?」
「引き戻し判定が入る可能性があります」
「じゃあ見ない」
出口の手前に、デザート皿が一つだけ置かれていた。プリンに見える。カラメルまで完璧だ。
「プリン......」
「罠です」
「まだ何も言ってない!」
「顔が言っていました」
「顔を読むな!」
プリンはぷるぷる震えながら、スプーンを差し出してくる。コヨリは涙目で小石を投げた。プリンが口を開け、小石を飲み込む。
「デザートまで敵! もうこの食卓、栄養より殺意が高い!」
そのツッコミで、ようやく出口の扉が開いた。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード
クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現
総死亡回数:1048回
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【神様案内警戒 Lv.2】
【泣き声混乱警戒 Lv.1】
【ただいま保留 Lv.1】
【帰る意思固定 Lv.1】
【操作前確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【食卓モンスターハウス警戒 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
空いている席に揺れたが、小石で確認できた。最後は命令の声で硬直。
ログル
食卓型モンスターハウスを解析。部屋雷と罠消しの巻物を提案した。
食卓型モンスターハウス
家族団らんに見せかけた特殊モンスターハウス。席に座る前から危険。
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