自室フロア――ゲーム画面がつづきからを押させる
自室に似た部屋が出てきました。
ゲーム画面には、つづきから。
押したくなるボタンほど、帰還先を確認しましょう。
自室に似た部屋は、静かすぎた。
机の位置、椅子の高さ、カーテンの色。どれもコヨリの記憶に近い。けれど、窓の外には星ではなく、薄いマス目が縦に流れている。部屋の真ん中に置かれたゲーム機だけが、妙にはっきり光っていた。
画面には、大きな文字が出ている。
【つづきから】
「ログル」
「はい」
「押したい」
「押さないでください」
「まだ何も言ってない」
「目が押していました」
「さっきも聞いた!」
ゲーム画面の下には、セーブデータが表示されている。
【天野こより】
【最終プレイ:帰宅前】
【現在地:不思議な家】
「不思議な家って何」
「このフロア名か、罠名か、挑発です」
「挑発なら効いてる!」
アドミニスの窓が、モニターの横に開いた。
「勇者ちゃん、ゲーム記憶も座標候補に入るんだ。君にとって、帰る前に触れていた世界だから」
「神様」
「うん」
「ゲームと現実の帰宅を混ぜるなあああああああああああああ!」
ログルが画面を鑑定する。
【操作対象:つづきから】
【効果候補:記憶再生/座標補助/ゲーム内座標転送/帰還失敗】
「ゲーム内座標転送って出てる!」
「はい」
「絶対押しちゃダメじゃん!」
「はい」
画面の文字が変わった。
【つづきから】
【あと一手で帰れます】
「あと一手って書いてある」
「書いてあります」
「あと一手で帰れるって、ローグライクで一番信用しちゃダメな言葉だよね」
「はい。階段前の宝箱と同じ種類です」
「分かってる。分かってるけど、押したい!」
コヨリは、自分の右手を左手でつかんだ。指が震える。ゲーム画面は、ずっと待っていたみたいに光っている。
「押さない」
「はい」
「押さないけど、消す」
「どうやって」
「電源ボタン」
コヨリはゲーム機の横をのぞき込んだ。電源ボタンの下、コードの根元に、小さな口がある。やっぱり罠だ。
「口あった」
「はい」
「じゃあ、小石」
コヨリは小石を投げた。小石が電源ボタンに当たり、画面が暗くなる。
やった。
そう思った瞬間、暗い画面に白い文字が浮かんだ。
【リセットしますか?】
「しない!」
叫んだ声が行動判定になった。ゲーム画面がコヨリを吸い込む。リセットという言葉に、座標シードが過剰反応したのだ。
「リセットって言葉に釣られるなあああああああああああ!」
【死亡ログ】
【総死亡回数:1044 → 1046】
【死因:つづきからを押さなかったが、リセット確認に叫んで吸い込まれた】
【評価:操作前確認はできました。音声確認で死にました】
【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】
【新規獲得:操作前確認 Lv.1】
自室フロアの前で、コヨリは深呼吸を三回した。
「自室はやばい」
「はい。勇者様の警戒値が上がっています」
「ゲーム機がある気がする」
「あります」
「見た?」
「宝石が反応しています」
「ゲーム機の反応をする宝石、いやだなあ」
拠点での作戦会議では、アドミニスがうっかり「ゲームって強い記憶なんだね」と言って、コヨリに椅子のクッションを投げられた。
「わたしの大事な趣味を、帰還罠の素材にしないで!」
「いや、きみがローグライクに強い理由でもあるから」
「それはそうだけど、画面に『つづきから』が出たら押したくなるでしょ!」
「押さない練習をしよう」
「神様に言われると腹立つ!」
ログルは、ゲーム画面への対策として三つの札を作った。
【押さない】
【読む前に深呼吸】
【セーブデータは玄関ではない】
「三つ目、心に来る」
「重要です」
自室フロアに入ると、そこは本当にコヨリの部屋に似ていた。机の位置、カーテンの色、本棚の高さ。けれど、ぬいぐるみの目が全部こちらを見ている。床には薄いマス目があり、ベッドの下から黒いケーブルが伸びている。
「部屋、似すぎ」
「記憶読取精度が上がっています」
「上がらないで。プライバシーが下がる」
テレビ画面が、ぱっと光った。
【つづきから】
コヨリの指が動きそうになる。ゲームを始める時の癖。何百回も押してきたボタン。帰るとか、帰らないとかより先に、体が覚えている。
「勇者様」
「分かってる。押さない。押さないけど、ボタンがわたしを呼んでる」
「呼んでいません。電気信号です」
「夢のない正論!」
画面に、次の文字が出る。
【前回の冒険を再開しますか?】
コヨリは唇を尖らせた。
「前回って、どの前回?」
「おそらく、勇者様が異世界へ来る直前の記憶と、こちらの死亡ログが混ざっています」
「混ぜるな危険!」
ゲーム機の横には、コントローラーが置かれている。そのAボタンだけが、きらきら光っていた。あまりにも押してほしそうだった。
「ログル、罠?」
「罠です」
「罠って分かってても押したい」
「それが罠です」
「罠の説明が完璧!」
コヨリは、かわりに小石を投げた。小石がAボタンに当たる。画面が一瞬暗くなり、次の瞬間、部屋全体がダンジョンの入口みたいに開いた。
【入力確認:外部投擲】
【対象:勇者コヨリではありません】
【起動失敗】
「小石、また勝った!」
「今回は投げ識別が有効でした」
「ゲーム機に小石を投げるの、元世界だったら絶対怒られる」
しかし、画面は諦めない。
【セーブしないで終了しますか?】
コヨリは目を細めた。
「今度は終了を押させる気?」
「どちらの入力でも、行動確定になる可能性があります」
「じゃあ、電源を切る?」
「コードが生きています」
ベッドの下の黒いケーブルが、蛇のように動く。コヨリは【壁生成の杖】を振り、ゲーム機と自分の間に小さな土壁を作った。画面は見えなくなる。見えなければ、押したくなる力も少し弱まる。
「ゲームは好き」
コヨリは土壁の向こうへ言った。
「でも、帰る場所はゲーム画面の中じゃない」
ログルが隣で、静かにうなずいた。
土壁の向こうで、ゲーム画面はまだ明滅していた。
【ロード中】
【ロード中】
【ロード中】
「ロードが長いゲーム、だいたい不安になる」
「この場合、ロード完了を待つ必要はありません」
「待ってる間に敵が出るやつ?」
「はい」
ベッドの下から、黒いケーブルがさらに伸びた。コヨリは【トンネルの杖】で壁の反対側に小さな穴を開け、ゲーム機を見ずに部屋の出口へ回り込む。
「画面を見ないで攻略するの、変な感じ」
「見れば押したくなります」
「分かる。そこが一番怖い」
扉の前で、コヨリは一度だけ振り返った。土壁の隙間から、青い光が漏れている。
「つづきは、帰ってから」
そう言うと、画面の光が少し弱まった。
部屋の出口には、攻略本に似た分厚い本が落ちていた。表紙には、帰り方完全攻略、と書かれている。
「読みたい!」
「罠です」
「早い!」
「表紙が親切すぎます」
「それはそう!」
小石を当てると、本が開き、中から舌のようなしおりが伸びた。
「攻略本ミミック!」
「読者心理を突いています」
「わたしは読者じゃなくて被害者!」
コヨリは本をまたいで、扉を開けた。完全攻略は、自分の死亡ログで作るしかない。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード
クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現
総死亡回数:1046回
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【神様案内警戒 Lv.2】
【見破った後も逃げる Lv.1】
【ただいま保留 Lv.1】
【帰る意思固定 Lv.1】
【親友擬態識別 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【操作前確認 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
つづきからを押さなかったのに、リセット確認に叫んで死亡。ゲーム慣れが裏目に出た。
ログル
操作対象を鑑定したが、音声反応までは止めきれなかった。
アドミニス
ゲーム記憶も座標候補に入ると説明。苦情は正しく受理した。
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