友達フロア再戦――本物はログルを見えない
友達の姿が、ログルを見て言いました。
その時点で、偽物です。
見破ったあとも、逃げるまでが攻略です。
昇降口のフロアに戻った時、コヨリは最初よりずっと慎重だった。
下駄箱の前で止まり、返事はしない。視線もむやみに合わせない。小石で床を叩き、白い線の呼吸を確認する。ログルは肩に乗り、宝石を薄く光らせている。
「勇者様、正面に友達擬態が三体。右奥にワープ床。左の傘立ては安全寄りです」
「学校の傘立て、また安全マスなんだ」
「傘が優秀です」
「傘に感謝しよ」
友達に似た子が、笑顔で近づいてきた。
「こよりちゃん」
「返事しない」
「どうして黙ってるの?」
「返事しない」
「その子、置いていこうよ」
コヨリは、ぴたりと止まった。その子、とはログルのことだ。
元世界の友達なら、ログルを知らない。見えないかもしれないし、見えたとしても、まず驚くはずだ。なのに目の前の友達擬態は、最初からログルを邪魔なものとして扱った。
コヨリは、にっと笑った。
「はい偽物!」
「こよりちゃん?」
「わたしの友達、ログル知らないもん! 知らない白い神獣をいきなり『その子』呼ばわりしないもん!」
友達擬態の顔が割れた。笑顔の下から、黒い目がのぞく。三体が同時に倍速反応へ切り替わった。
「見破った後、逃げてください!」
「分かってる!」
コヨリは左の傘立てへ走らない。走ると校則罠がある。早歩きで一マス、次に横跳び。傘立ての横に滑り込む。三体の腕が空を切った。
「よし!」
「まだです。見破られた擬態は、最後に本名呼びを使います」
その瞬間、三体が同時に言った。
「天野こより」
異世界名ではない。勇者コヨリではない。元世界の名前。名前因子が、胸の奥で震えた。
コヨリの足が、止まった。
「勇者様!」
「痛っ!」
ログルが尻尾で頬を叩いた。
「返事保留です」
「ありがとう!」
止まりかけた足を動かす。だが、名前因子に触れられた反動で、足元のマス目が一瞬ずれた。安全だったはずの傘立ての横に、ワープ床がにじむ。
「床、変わった!」
「右へ」
「右、敵!」
「敵より床です」
「選択肢がぜんぶ嫌!」
コヨリは右へ一マス動いた。友達擬態の爪が肩をかすめる。HPが少し削れる。生きている。まだ生きている。
出口まであと二マス。そこで、コヨリは一瞬だけ勝ったと思った。
慢心。ログルがよく言うやつだ。
昇降口のドアノブが、口を開けた。
「出口も!?」
「出口擬態です!」
気づいた時には遅かった。ドアノブが手首を噛み、友達擬態の腕が背中に触れる。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1043 → 1044】
【死因:偽物を見破ったあと、出口まで信用した】
【評価:正解後の一手が雑】
【拠点側保存:本人死亡ログ】
【新規獲得:見破った後も逃げる Lv.1】
友達フロア再戦では、ログルが珍しく作戦名をつけた。
「作戦名、知らない相手にログルの話をされたら疑う、です」
「長い」
「正確です」
「略して、ログル知らない作戦」
「やや雑になりました」
コヨリは、拠点で小さなリハーサルをした。リュシアが友達役、ネムが無関心な通行人役、ゼルドがなぜかクラスメイト役である。
「こよりちゃん、その白い獣、置いていこうよ」
「はい偽物!」
「余、台詞を言っただけで偽物扱いか」
「魔王さんがクラスメイト役の時点で偽物だよ!」
ベルが横で採点表を持っていた。
「反応速度は良好です。ただし、偽物を見破ったあとに勝利宣言で硬直する癖があります」
「そこまで見られてるの?」
「勇者様は、正解した直後に少し誇ります」
「誇るくらいいいじゃん!」
「その一手で死にます」
「ぐうの音も出ない!」
再突入した友達フロアでは、通学路の角に数人の子どもがいた。前よりも自然に見える。笑い声、ランドセルの揺れ方、靴音。コヨリの記憶が、敵の衣装係になっている。
「こよりちゃん、こっち」
「今日は一緒に帰ろう」
「その白い子、なに?」
コヨリは少しだけ肩に力を入れた。来る。そう思った瞬間、友達擬態の一人が、ログルを指差した。
「その子、置いていこうよ」
コヨリは即答した。
「はい偽物!」
言った瞬間、ログルが尻尾を膨らませる。
「勇者様、勝利宣言で一手です」
「しまった!」
友達擬態たちの顔が、一斉に黒く割れる。正解された敵は、正体を隠すのをやめるらしい。倍速化した一体が、ランドセルを盾みたいに構えて突っ込んできた。
「正解したら褒めてよ! 襲わないでよ!」
「このフロア、採点が厳しいです」
「ベルより厳しい!」
コヨリは一マス後退しようとして、後ろのマンホールに気づいた。丸い蓋に、にこにこした顔が描いてある。罠だ。絶対罠だ。
「後ろもだめ!」
「右に植え込み。小型敵が潜んでいます」
「左は?」
「安全に見えますが、二マス先がワープ床です」
「この通学路、登校班が泣く!」
選べる一手は少ない。コヨリは【身代わりぬいぐるみ】を取り出した。小さな勇者ぬいぐるみ。顔が妙にコヨリに似ている。
「ごめん、ぬい!」
「それは消耗品です」
「消耗品に罪悪感を覚える作りにしないで!」
ぬいぐるみを置くと、友達擬態の突進がそちらへ吸われた。ランドセル盾がぬいぐるみを抱え込み、黒い腕が絡む。コヨリはその隙に左へ一マス、そしてすぐ立ち止まる。二マス目へ行けばワープ床だ。
「見破った後も逃げる。逃げた後も止まる」
「良いです」
「忙しい!」
ログルの宝石が、細く光った。
【見破った後も逃げる Lv.1】
「名前がそのまますぎる!」
「今回の反省が明確です」
偽物たちは、背後でぬいぐるみを奪い合っている。コヨリは少しだけ胸が痛んだが、命のほうが大事だ。
「ログル」
「はい」
「本物の友達なら、ログルを知らない。偽物はログルを知ってる」
「はい」
「でも、本物に戻ったら、ログルのこと話したい」
ログルは少し間を置いた。
「ぼくは、聞いてみたいです」
「うん。ちゃんと帰って、自慢する」
そのために、今は走る。正解しても、油断しないで。
ぬいぐるみを回収できなかったことを、コヨリは少し気にしていた。
「ログル、ぬい、ロスト?」
「はい。身代わり消耗品です」
「ごめん、ぬい......」
「拠点で再作成できます」
「そういうことじゃない」
友達擬態が遠くで、まだぬいぐるみを抱えている。コヨリに似た顔の布人形が、敵の腕の中でぐったりしていた。
「勇者様」
「うん。行く」
助けに戻れば死ぬ。分かっている。分かっているけれど、見捨てる練習はいつも苦い。
「帰ったら、ぬいにお礼言う」
「再作成品に、ですか」
「うん。身代わりでも、助けてくれたから」
ログルは、その記録を成功ログ棚へ送った。
出口の看板には、友達と仲良くしましょう、と書かれていた。いい言葉のはずなのに、今は罠の匂いがする。
「仲良くしたい相手を選ぶ権利、あるよね」
「あります」
「偽物とは仲良くしない」
「はい」
コヨリは看板の横に、小さく書き足した。
【ログルを知ってる友達は要確認】
「元世界に戻ったら、このメモは消してください」
「うん。戻ったら、ただの変なメモだもんね」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード
クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現
総死亡回数:1044回
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【神様案内警戒 Lv.2】
【返事保留 Lv.1】
【親友擬態識別 Lv.1】
【ただいま保留 Lv.1】
【帰る意思固定 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【見破った後も逃げる Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
友達擬態を見破ったが、出口まで信用して死亡。詰めが甘い。
ログル
本名呼びへの反応を叩いて止めた。最後に少し嬉しそうだった。
友達擬態
ログルを知っている時点で偽物。見破られると倍速化する。
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