父親フロア再戦――迎えではなく待つ
迎えに来たと言われると、安心したくなります。
でも、帰るのはコヨリ自身です。
待ってくれる場所だけが、家に近い。
父影ゴーレムの玄関へ戻る前に、コヨリは反省会テーブルのメモを何度も読んだ。
【迎えに来た、で前へ出ない】
【腕の射程は三マス】
【本物なら、怖がる子をつかまえない】
【帰るのは、わたし】
最後の一行だけ、コヨリの字が少し濃い。
帰還門の光を抜けると、また夜の玄関だった。外で車のドアが閉まる音がして、低い声がする。
「こより。迎えに来たぞ」
コヨリは、すぐには返事をしなかった。返事保留。足元確認。玄関マットの端に小石を投げる。口が開く。やっぱり罠。
「ログル」
「はい」
「腕、来る?」
「来ます。三マス。今回は右から回り込み反応もあります」
「お父さんっぽい敵、学習しないでほしい」
「敵も死因ログを参照している可能性があります」
「こっちのログを読むな!」
ドアが開く。父影ゴーレムが立っている。大きな腕が、ゆっくり広がった。
「おいで」
コヨリは、一歩下がった。父影ゴーレムの動きが止まる。
「おいで」
「行かない」
「迎えに来たぞ」
「迎えに来なくていい」
言った瞬間、胸の中で何かが少し震えた。言い過ぎた気がして、寂しい。でも違う。これは本物に向けた言葉ではない。
「わたしが帰る。だから、待っててくれる場所を探す」
父影ゴーレムの影がざわめいた。迎えに来ることしかできない敵は、待つという言葉に反応できない。腕が伸びかけて、途中で止まる。
「勇者様、今です。左の靴箱の上」
「靴箱の上!?」
「一時的な安全マスです」
「玄関攻略、だいぶ変なスポーツになってきた!」
コヨリは靴箱の上へよじ登った。幼女サイズだからできる動きだ。父影ゴーレムの腕が足元を通り過ぎ、玄関マットの口に絡まる。マットと腕がもつれ、黒い影が自分で自分を縛った。
「次、待機です」
「待機?」
「動かないでください。敵が自分の拘束で一ターン遅れます」
「動かないのも作戦になるの、ローグライクっぽい!」
コヨリは息を止めた。世界の音が薄くなる。父影ゴーレムがもがき、玄関マットが腕を噛み、靴べらが床でかたかた揺れる。コヨリは何もしない。何もしないから、次の一手を選べる。
「本物なら、わたしが帰るまで待ってる」
その言葉で、父影ゴーレムの輪郭が崩れた。玄関の外の暗闇へ溶け、腕だけがほどけて消える。
「突破です」
「死んでない?」
「死んでいません」
「やった! 父親っぽい敵に勝った! 言い方が最悪!」
【新規獲得:帰る意思固定 Lv.1】
父影ゴーレム再戦のあと、コヨリは拠点の壁に新しい線を引いた。壁には以前から【帰る】と書いてある。その下に、少し迷ってから、もう一つ書く。
【迎えを待つだけじゃない】
ログルはその文字をしばらく見ていた。
「勇者様らしいです」
「そう?」
「はい。泣きながらでも、自分で一マス動くところが」
「褒め方がローグライクすぎる」
ゼルドは腕を組んで、どこか感心したようにうなずいた。
「余は魔王城で待つ側が多いからな。迎えに来た、という言葉の強さは分かる。だが、勇者よ。待つ側が正しいとは限らん」
「魔王さん、急に深い」
「魔王はだいたい玉座で待たされる職業だからな」
「職業の愚痴だった!」
ベルが紅茶を置きながら、さらりと言う。
「魔王様は、勇者が来ないシードでは三週間ほど玉座で待機しておられました」
「それはつらい」
「余も帰りたかった」
「魔王さんにも帰りたい日があるんだね」
その言葉に、場が少しだけ静かになる。帰りたい、という感情は、コヨリだけのものではないのかもしれない。けれど、コヨリの帰る場所は、まだこの先にある。
再度フロアへ入ると、父影ゴーレムは前よりも小さく見えた。実際に縮んだわけではない。コヨリの見方が変わったのだ。
「迎えに来たぞ」
「うん。でも、そこで待ってて」
父影ゴーレムの腕が伸びかけ、止まる。命令ではなく、お願いに近い言葉だったからかもしれない。コヨリはその反応を見逃さなかった。
「ログル、今の一手、敵が迷った?」
「はい。帰る意思固定に反応しています」
「敵も迷うんだ」
「擬態は、元の記憶の意味に引きずられます」
「難しい。でも、ちょっと分かった。お父さんっぽい形をしてるから、迎えたいんだ」
「はい。その形に縛られています」
コヨリは、正面から近づかなかった。横へ回り、表札のない門を抜ける。父影ゴーレムは腕を伸ばしたが、届かない。射程外だ。
「父性射程外!」
「妙な言い方を覚えないでください」
「ログルが触手判定って言ったから!」
道の先には、小さな公園があった。ブランコが揺れている。誰も乗っていないのに、ぎい、ぎい、と音がする。
「次は公園?」
「おそらく、待ち合わせ記憶の残骸です」
「残骸って言い方がこわい」
ブランコの横に、父影ゴーレムの声だけが届いた。
「迎えに来たぞ」
今度は、コヨリは振り返った。怖いからではない。ちゃんと見るためだ。
「迎えに来てくれても、わたしが帰る場所を間違えたら、意味ないよ」
父影ゴーレムの輪郭が、少しだけ薄くなる。ログルの宝石に文字が浮かんだ。
【帰る意思固定 Lv.1】
「ログル、これ、強いスキル?」
「強いというより、迷わないための杭です」
「杭」
「座標が揺れた時、勇者様を少しだけ留めます」
「じゃあ、大事」
「はい。とても」
コヨリは壁の文字を思い出した。帰る。絶対、帰るから。
迎えがなくても、まだ進める。
公園の出口には、古い時計があった。針は五時を指している。夕方、帰る時間。遊びをやめて家に戻る時間。
「この時計、時間因子に関係ある?」
「まだ分かりません。ただ、反応があります」
「見るだけで死なない?」
「今のところは」
「また今のところ!」
時計の下には、小さな文字が刻まれていた。
【迎えが来るまで待ちましょう】
コヨリはその文字を見て、首を横に振った。
「待つだけじゃない。帰る」
言葉に反応して、時計の針が一秒だけ進む。ほんの小さな音だったが、ログルの宝石がそれを記録した。
「時間因子の入口に、近づいています」
「まだ座標の話なのに、次の面倒が顔出した」
「この世界は親切に面倒を積みます」
「積まないで!」
公園を出る前に、ブランコが一つだけ大きく揺れた。誰も乗っていないのに、鎖がきい、と鳴る。
「乗らないでください」
「乗らないよ。さすがに分かる」
「前に、階段前の宝箱で似たことを言っていました」
「過去のわたしを証拠に出さないで!」
ブランコの座面には、小さく【おむかえ席】と書かれていた。座れば、父影ゴーレムの腕の中へ戻されるのだろう。
「ログル、記録」
「はい」
「おむかえ席には座らない」
「かなり大事です」
コヨリはブランコに背を向けた。遊びたい気持ちより、帰る気持ちを選ぶ。そういう一手もあるのだと、少しだけ分かった。
公園の出口で、コヨリは一度だけ深呼吸した。待つことと止まることは違う。進みながら待つ方法を、少し覚えた気がした。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード
クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現
総死亡回数:1043回
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
拠点側死亡ログ:保存中
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【神様案内警戒 Lv.2】
【抱擁距離警戒 Lv.1】
【ただいま保留 Lv.1】
【母声ごはん警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【帰る意思固定 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
迎えに来る偽影に対して、自分で帰ると言えた。今回は死亡なし。
ログル
待機を作戦に入れた。何もしない一手の価値を教えた。
父影ゴーレム
待つことができず、迎えに来る言葉だけで誘う敵。
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