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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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母親フロア再戦――ただいまを言わせる罠

玄関で、ただいまと言いたくなります。

でも、言葉も鍵になります。

本物の玄関まで、取っておきましょう。

 玄関の灯りが、温かかった。


 さっきまでの教室や公園と違い、今度のフロアは静かだ。靴箱の上に置かれた小さな置物も、壁の傷も、コヨリの記憶にある家へかなり近い。近すぎて、足が止まる。


 奥から、母親に似た声がした。


「おかえり」


 コヨリは、息を吸った。


 言いたい。どうしようもなく、言いたい。


 ただいま。


 その四文字が、喉のすぐそこまで上がってきた。


「勇者様」

「言わない」

「はい」

「分かってる。分かってるけど、すごく言いたい」

「はい」


 ログルは止めるだけではなく、そばに立っていた。コヨリの足元を見る位置。コヨリが前に出たら、すぐ分かる位置。


 玄関の奥の声が、もう一度言う。


「ただいまって言って」


 言葉の形が、床に落ちた。マス目が光る。ログルの宝石に警告が出る。


【言葉鍵反応】

【対象語:ただいま】

【効果候補:帰還座標固定/偽玄関登録/記憶層接続】


「言ったら、ここが家になる?」

「偽座標として登録される可能性が高いです」

「本物じゃないのに?」

「はい」


 コヨリは唇を閉じた。奥歯が小さく鳴る。


「ずるい」

「はい」

「言いたい言葉を、罠にするの、ずるい」

「はい」


 奥の声が、少し甘くなった。


「こより。早く」


 コヨリの足が、一マス進みそうになる。手招き警戒が胸の奥で小さく鳴った。返事保留が喉を押さえる。親友擬態識別が、言葉の端の違和感を拾う。


 本物なら、急かしすぎない。


「言わない」

「どうして?」

「ここじゃないから」

「お母さんだよ」

「違う」


 湯気のような人影が、玄関の奥からにじみ出た。顔は見えない。けれど、声だけはとても似ている。


「ただいまって言って」


「言わない!」


 叫びは行動判定になる。分かっていた。でも、ここは言わなければいけなかった。


 世界が一手進む。玄関マットが口を開け、靴箱の扉が牙に変わる。偽玄関が、言葉鍵を奪いに来た。


「勇者様、右へ!」

「右、靴べら!」

「靴べらは杖扱いです!」

「そんな日用品の使い方ある!?」


 一手。


 コヨリは靴べらを床に突き立てた。玄関マットの口が一瞬だけ閉じる。その隙に一マス下がる。奥の人影が、母親の声で笑った。


「帰りたくないの?」


「帰りたいよ!」


 床が揺れた。言葉鍵ではない。これは、本音だ。


「帰りたい。ごはん食べたい。おかえりって言われたい。ただいまって言いたい。けど、あなたにじゃない!」


 人影の輪郭が崩れた。母親の声に混じって、獣の舌打ちが聞こえる。だが、崩れながら伸びた影が、コヨリの足首をつかんだ。下がる一手が足りない。


「本音言ったのに攻撃してくるの、やっぱり偽物じゃん!」


【死亡ログ】

【総死亡回数:1041 → 1043】

【死因:偽の玄関にただいまを言わずに済んだが、影に足首を取られた】

【評価:言葉の鍵は守りました。足元は取られました】

【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】


【新規獲得:ただいま保留 Lv.1】


 「ただいま」を言わされた死因は、拠点全員を少し黙らせた。


 その言葉は、ただの挨拶ではない。コヨリにとっては、帰るために一番大事な鍵だった。だからこそ、偽物の玄関がそれを欲しがった。


 ログルは、反省会テーブルに小さな木札を置いた。


【ただいま保留】


 コヨリはその字を見て、長く息を吐く。


「言いたかった」

「はい」

「すごく言いたかった」

「はい」

「でも、言ったら死んだ」

「はい」

「挨拶の難易度が高すぎる」


 アドミニスは白い窓の中で、珍しく軽口を挟まなかった。ベルが彼を横目で見て、書類に追記する。


「主神様。帰還鍵となる発話を、偽玄関が横取り可能な状態にした件について、追加で抗議いたします」

「はい......」

「返事はもう少し大きく」

「はい」

「ベル、先生より怖い」


 再挑戦の玄関は、最初よりも本物に近かった。靴の並び、傘立て、廊下の奥の明かり。壁にかかったカレンダーには、コヨリが覚えているようで覚えていない日付が書かれている。


「こより」


 母親に似た声が、奥から呼ぶ。


「ただいまって言って」


 コヨリは、唇を噛んだ。喉の奥に、言葉が勝手にせり上がる。ずっと言いたかった言葉。戻ったら一番最初に言うつもりだった言葉。


 ログルが、何も言わずに隣へ立った。止める言葉を言えば、それも一手になるかもしれない。だから、ただ隣にいた。


「......ログル」

「はい」

「言わないって、むずかしいね」

「はい」

「帰りたくないわけじゃないのに、言わないの、すごくいや」

「帰りたいから、取っておくのだと思います」


 その言葉で、コヨリは少しだけ目を上げた。


「取っておく」

「はい。本物の玄関まで」


 偽玄関の奥で、母声ミミックが甘く笑った。


「早く。言ってくれたら、もう終わるよ」

「終わらせ方が雑」


 コヨリはポケットから、小さな紙を取り出した。そこには、拠点で書いた文字がある。


【ただいまは本物まで】


 紙を見せると、玄関の床がぎしりと鳴った。偽玄関は、その文字を嫌がっている。


「勇者様、紙を見せたことで一手進みました」

「分かってる!」


 傘立ての傘が伸び、靴が口を開ける。廊下の奥から、スリッパが小さな獣みたいに走ってきた。


「スリッパまで来るの!?」

「家庭内小型敵です」

「家の安全とは!」


 コヨリは叫びたいのをこらえ、玄関マットの端へ小石を投げた。マットが口を開け、小石を飲み込む。やっぱり罠だ。


「本物の家なら、玄関マットはお客さんを歓迎するもの!」

「このマットは捕食します」

「家庭用品の反乱!」


 母声ミミックが、声を低くした。


「こより、どうして帰ってこないの」


 その一言だけは、胸に刺さった。でも、コヨリは玄関の外へ一マス下がる。


「帰る。絶対、帰る」


 そして、言葉を一つずつ選んだ。


「でも、ここには帰らない。()()()()は、本物に言う」


 偽玄関の明かりが、ふっと暗くなった。


 偽玄関を抜けたあと、コヨリは自分の喉に手を当てた。言わなかった言葉が、まだそこにある。


「ログル、ただいまって、減らない?」

「言葉は減りません」

「でも、偽物に言ったら、汚れた気がした」

「それは、勇者様が大事にしているからです」

「大事にしてると、罠にされるの、ひどい」


 ログルは少し考えてから、言った。


「大事だから、罠にされます。でも、大事だから、取り返せます」

「ログル、たまにかっこいい」

「たまにですか」

「けっこう」

「修正を受け付けます」


 コヨリは小さく笑った。その笑い声に、偽玄関の明かりがまた一つ消えた。


 玄関の外には、靴跡が二種類残っていた。一つはコヨリのもの。もう一つは、偽玄関が作った誰かのものだ。


「ログル、この靴跡」

「追跡誘導です。たどると、別の偽家族フロアへ戻されます」

「靴跡まで『こっち』って言うの!?」


 コヨリは靴跡を踏まず、横の砂利を歩いた。じゃり、と鳴る音が本物っぽくて、少しだけ落ち着く。


「本物まで、遠回り」

「はい。遠回りのほうが安全な時もあります」

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1043回

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【神様案内警戒 Lv.2】

【母声ごはん警戒 Lv.1】

【泣き声混乱警戒 Lv.1】

【抱擁距離警戒 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【ただいま保留 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

ただいまと言いたい気持ちをこらえた。帰りたい本音は捨てない。


ログル

言葉鍵を解析し、そばで足元を見ていた。


母声ミミック

ただいまを言わせ、偽玄関を登録しようとした敵。


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