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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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親友フロア再戦――泣き声モンスターハウス

泣かれると、近づきたくなります。

でも、泣き声にも状態異常があります。

親友の涙っぽいものは、まず耳を守りましょう。

 再び教室へ入る前に、コヨリは耳に布を当てた。


 ログルが用意した【耳ふさぎ布】である。拠点側登録品なので、ロストはしない。ただし完全防音ではなく、泣き声の混乱値を少し下げる程度だ。


「ログル、確認」

「床、三マス先まで通常。机の下に罠反応。窓際に親友擬態反応があります」

「声は?」

「来ます」

「来ますって予報みたいに言わないで」


 教室の扉を開けると、親友に似た子が窓際で泣いていた。


「どうして来てくれないの」

「こよりちゃん、ひどい」

「一緒に帰ろうって言ったのに」


 耳ふさぎ布越しでも、胸が痛くなる。親友の声に似せた泣き声が、床を伝って足元から入ってくるようだった。


「本物なら」

「はい」

「わたしが怖がってる時に、無理やり来させない」

「はい」


 親友擬態が顔を上げた。涙の形をした黒い粒が、机の上に落ちる。粒はころころ転がり、床のマス目に染み込んだ。


「勇者様、涙粒が罠化しています」

「涙まで床にしみるな!」


 泣き声が大きくなった。コヨリの視界が揺れる。黒板の文字が回り、机の向きが分からなくなる。混乱。分かっていても、体が勝手に右へ向きそうになる。


「沈黙の巻物、読む」

「読んだ瞬間、涙粒罠が一ターン進みます」

「どっちみち進むなら、泣き声止める!」


 一手。


 巻物から白い文字が飛び、教室の空気をぎゅっと押さえつける。泣き声が途切れた。親友擬態の口だけが動き、声が出ない。


「よし!」

「まだです」


 涙粒罠が進んだ。床の黒い染みが、机の下から一斉に広がる。教室の扉が閉まり、黒板が裏返った。


【特殊モンスターハウス】


 机の中から鉛筆型の敵、ランドセル型の敵、給食袋型の敵が飛び出した。


「学校用品モンハウ!」

「入口停止が間に合いませんでした」

「間に合ってよおおおおおおお!」


 コヨリは眠り玉を床へ叩きつけた。白い煙が広がり、黒い涙粒が動きを止める。ランドセル型の敵が跳ねたが、煙を吸ってその場で倒れた。


「右の窓へ。飛び降りではなく、非常階段です」

「飛び降りじゃないなら行く!」


 校則罠を踏まないよう早歩きで向かう。だが、親友擬態が最後に声を取り戻した。


「こよりちゃん」


 名前を呼ばれた。返事はしない。見ない。足元を見る。そう決めていたのに、コヨリはほんの少しだけ振り返ってしまった。


 視線が合う。認識反応。敵ターンが一つ進む。ランドセル型の敵が、背中から飛びついた。


「見破ったあとも逃げるって、まだ覚えてなかったあああああ!」


【死亡ログ】

【総死亡回数:1039 → 1041】

【死因:親友の泣き声で混乱し、モンスターハウスから逃げ遅れた】

【評価:情に弱い】

【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】


【新規獲得:泣き声混乱警戒 Lv.1】


 親友フロア再戦の前に、ログルは耳栓を用意した。白い綿に小さな宝石片が埋め込まれている。


「泣き声混乱への対策です」

「耳栓、かわいい」

「かわいさより遮音性能を見てください」

「ログル、実用品に夢がない」


 リュシアが横から、赤いリボンを結んだ。


「ほら、これでちび勇者ちゃん用。かわいい装備は士気が上がるのよ」

「上がる!」

「遮音性能が少し下がりました」

「下げないで!」


 結局、リボンは外された。コヨリは少し残念そうに耳栓をつけ、親友擬態の教室へ戻る。今度の親友擬態は、最初から泣いていた。窓際の席で肩を震わせ、机の上には濡れた跡が広がっている。


「こよりちゃん、どうして来てくれないの」


 耳栓越しでも、声は胸に届いた。音ではなく、記憶に直接触ってくる感じがする。コヨリは足を止め、ログルの背中に指を置いた。


「ログル、音じゃない」

「はい。感情反応です。耳栓だけでは完全に防げません」

「ずるい。泣き声って、もともと無視しにくいのに」


 親友擬態は、顔を上げた。涙はきらきらしているのに、床には一滴も落ちていない。そこが違和感だった。


「こよりちゃん、ひどい」

「ひどくても、近づかない」

「友達なのに?」

「本物なら、わたしを罠の真ん中に呼ばない」


 教室の床が、ゆっくり沈んだ。机の間に、赤い円が浮かぶ。モンスターハウスの入口だ。泣き声に釣られて一歩でも踏み込めば、そこへ転送される。


「勇者様、左の黒板前へ。そこだけ赤円の外です」

「黒板前、先生に当てられる場所じゃん」

「命よりは軽いです」

「授業の緊張も重いよ!」


 親友擬態が、さらに泣き声を強めた。耳栓が震える。コヨリの視界が少しにじみ、マス目の色が分かりにくくなる。


「ごめんねって言って」


 その言葉で、コヨリは口を開きかけた。謝るだけなら。そう思った瞬間、ログルが小さく前足で床を叩いた。


「謝罪も、一手です」

「うわあああああ! 人として言いたいことが全部罠!」


 コヨリは代わりに、ポケットから【沈黙の豆】を取り出した。リュシアのつまみではない。ネムが死因図鑑室から見つけてきた、声を少し吸う豆だ。


「豆でどうにかなる?」

「投げ方次第です」

「豆まきで親友擬態に勝つ勇者、絵面が変!」


 コヨリは豆を床へ投げた。親友擬態に直接当てない。泣き声の反響している黒板の下へ落とす。豆が割れ、教室の空気が一拍だけ静かになった。


「今!」


 コヨリは黒板前へ移動し、赤円の外を回り込む。親友擬態の涙が止まった。止まった瞬間、顔の下が黒くほどける。


「どうして」

「泣いてる子には近づきたいよ」


 コヨリは声を震わせた。でも、足は止めなかった。


「でも、本物の泣いてる子なら、助けに行く。偽物の泣き声なら、まず床を見る!」


 ログルが後ろで、短く言った。


「成功ログに入れましょう」

「うん。豆も入れて」

「豆もですか」

「今回の功労者!」


 黒板の下で、割れた豆が小さく転がった。


 教室を出る時、親友擬態は最後に一度だけ、本物みたいな顔をした。


「また来てね」


 コヨリは立ち止まらなかった。立ち止まれば一手。振り向けば認識。返事をすれば、また引っ張られる。


 だから、心の中だけで言った。


 行かない。あなたには。


 廊下に出てから、コヨリはようやく息を吐いた。


「ログル、今の、心の中ならセーフ?」

「はい。今のところは」

「今のところって言うなあああああああ!」


 叫びで一手進み、廊下のロッカーが一つ開いた。中から黒い手が出る。コヨリは慌てて後退した。


「ほら! 叫ぶとこうなる!」

「とても良い実例でした」

「実例にしないで!」


 ロッカーの手を避けたあと、コヨリは自分の耳栓を外した。泣き声はもう聞こえない。聞こえないのに、胸の奥にはまだ響いている。


「耳栓って、心には効かないね」

「はい」

「じゃあ、次に同じ声がしたら?」

「ぼくが隣にいます」


 コヨリは少しだけ目を丸くした。


「ログル、それ、攻略情報?」

「相棒情報です」

「......そっか」


 その返事だけは、小さな声でちゃんと出した。敵にではなく、ログルに向けて。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1041回

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【神様案内警戒 Lv.2】

【親友擬態識別 Lv.1】

【母声ごはん警戒 Lv.1】

【校則罠警戒 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【泣き声混乱警戒 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

泣き声に耐えようとしたが、最後に振り返ってしまった。情に弱い。


ログル

耳ふさぎ布と沈黙の巻物を用意した。床の涙罠まで解析する有能相棒。


親友擬態

泣き声で混乱を誘い、特殊モンスターハウスへつなげる敵。


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