親友フロア再戦――泣き声モンスターハウス
泣かれると、近づきたくなります。
でも、泣き声にも状態異常があります。
親友の涙っぽいものは、まず耳を守りましょう。
再び教室へ入る前に、コヨリは耳に布を当てた。
ログルが用意した【耳ふさぎ布】である。拠点側登録品なので、ロストはしない。ただし完全防音ではなく、泣き声の混乱値を少し下げる程度だ。
「ログル、確認」
「床、三マス先まで通常。机の下に罠反応。窓際に親友擬態反応があります」
「声は?」
「来ます」
「来ますって予報みたいに言わないで」
教室の扉を開けると、親友に似た子が窓際で泣いていた。
「どうして来てくれないの」
「こよりちゃん、ひどい」
「一緒に帰ろうって言ったのに」
耳ふさぎ布越しでも、胸が痛くなる。親友の声に似せた泣き声が、床を伝って足元から入ってくるようだった。
「本物なら」
「はい」
「わたしが怖がってる時に、無理やり来させない」
「はい」
親友擬態が顔を上げた。涙の形をした黒い粒が、机の上に落ちる。粒はころころ転がり、床のマス目に染み込んだ。
「勇者様、涙粒が罠化しています」
「涙まで床にしみるな!」
泣き声が大きくなった。コヨリの視界が揺れる。黒板の文字が回り、机の向きが分からなくなる。混乱。分かっていても、体が勝手に右へ向きそうになる。
「沈黙の巻物、読む」
「読んだ瞬間、涙粒罠が一ターン進みます」
「どっちみち進むなら、泣き声止める!」
一手。
巻物から白い文字が飛び、教室の空気をぎゅっと押さえつける。泣き声が途切れた。親友擬態の口だけが動き、声が出ない。
「よし!」
「まだです」
涙粒罠が進んだ。床の黒い染みが、机の下から一斉に広がる。教室の扉が閉まり、黒板が裏返った。
【特殊モンスターハウス】
机の中から鉛筆型の敵、ランドセル型の敵、給食袋型の敵が飛び出した。
「学校用品モンハウ!」
「入口停止が間に合いませんでした」
「間に合ってよおおおおおおお!」
コヨリは眠り玉を床へ叩きつけた。白い煙が広がり、黒い涙粒が動きを止める。ランドセル型の敵が跳ねたが、煙を吸ってその場で倒れた。
「右の窓へ。飛び降りではなく、非常階段です」
「飛び降りじゃないなら行く!」
校則罠を踏まないよう早歩きで向かう。だが、親友擬態が最後に声を取り戻した。
「こよりちゃん」
名前を呼ばれた。返事はしない。見ない。足元を見る。そう決めていたのに、コヨリはほんの少しだけ振り返ってしまった。
視線が合う。認識反応。敵ターンが一つ進む。ランドセル型の敵が、背中から飛びついた。
「見破ったあとも逃げるって、まだ覚えてなかったあああああ!」
【死亡ログ】
【総死亡回数:1039 → 1041】
【死因:親友の泣き声で混乱し、モンスターハウスから逃げ遅れた】
【評価:情に弱い】
【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】
【新規獲得:泣き声混乱警戒 Lv.1】
親友フロア再戦の前に、ログルは耳栓を用意した。白い綿に小さな宝石片が埋め込まれている。
「泣き声混乱への対策です」
「耳栓、かわいい」
「かわいさより遮音性能を見てください」
「ログル、実用品に夢がない」
リュシアが横から、赤いリボンを結んだ。
「ほら、これでちび勇者ちゃん用。かわいい装備は士気が上がるのよ」
「上がる!」
「遮音性能が少し下がりました」
「下げないで!」
結局、リボンは外された。コヨリは少し残念そうに耳栓をつけ、親友擬態の教室へ戻る。今度の親友擬態は、最初から泣いていた。窓際の席で肩を震わせ、机の上には濡れた跡が広がっている。
「こよりちゃん、どうして来てくれないの」
耳栓越しでも、声は胸に届いた。音ではなく、記憶に直接触ってくる感じがする。コヨリは足を止め、ログルの背中に指を置いた。
「ログル、音じゃない」
「はい。感情反応です。耳栓だけでは完全に防げません」
「ずるい。泣き声って、もともと無視しにくいのに」
親友擬態は、顔を上げた。涙はきらきらしているのに、床には一滴も落ちていない。そこが違和感だった。
「こよりちゃん、ひどい」
「ひどくても、近づかない」
「友達なのに?」
「本物なら、わたしを罠の真ん中に呼ばない」
教室の床が、ゆっくり沈んだ。机の間に、赤い円が浮かぶ。モンスターハウスの入口だ。泣き声に釣られて一歩でも踏み込めば、そこへ転送される。
「勇者様、左の黒板前へ。そこだけ赤円の外です」
「黒板前、先生に当てられる場所じゃん」
「命よりは軽いです」
「授業の緊張も重いよ!」
親友擬態が、さらに泣き声を強めた。耳栓が震える。コヨリの視界が少しにじみ、マス目の色が分かりにくくなる。
「ごめんねって言って」
その言葉で、コヨリは口を開きかけた。謝るだけなら。そう思った瞬間、ログルが小さく前足で床を叩いた。
「謝罪も、一手です」
「うわあああああ! 人として言いたいことが全部罠!」
コヨリは代わりに、ポケットから【沈黙の豆】を取り出した。リュシアのつまみではない。ネムが死因図鑑室から見つけてきた、声を少し吸う豆だ。
「豆でどうにかなる?」
「投げ方次第です」
「豆まきで親友擬態に勝つ勇者、絵面が変!」
コヨリは豆を床へ投げた。親友擬態に直接当てない。泣き声の反響している黒板の下へ落とす。豆が割れ、教室の空気が一拍だけ静かになった。
「今!」
コヨリは黒板前へ移動し、赤円の外を回り込む。親友擬態の涙が止まった。止まった瞬間、顔の下が黒くほどける。
「どうして」
「泣いてる子には近づきたいよ」
コヨリは声を震わせた。でも、足は止めなかった。
「でも、本物の泣いてる子なら、助けに行く。偽物の泣き声なら、まず床を見る!」
ログルが後ろで、短く言った。
「成功ログに入れましょう」
「うん。豆も入れて」
「豆もですか」
「今回の功労者!」
黒板の下で、割れた豆が小さく転がった。
教室を出る時、親友擬態は最後に一度だけ、本物みたいな顔をした。
「また来てね」
コヨリは立ち止まらなかった。立ち止まれば一手。振り向けば認識。返事をすれば、また引っ張られる。
だから、心の中だけで言った。
行かない。あなたには。
廊下に出てから、コヨリはようやく息を吐いた。
「ログル、今の、心の中ならセーフ?」
「はい。今のところは」
「今のところって言うなあああああああ!」
叫びで一手進み、廊下のロッカーが一つ開いた。中から黒い手が出る。コヨリは慌てて後退した。
「ほら! 叫ぶとこうなる!」
「とても良い実例でした」
「実例にしないで!」
ロッカーの手を避けたあと、コヨリは自分の耳栓を外した。泣き声はもう聞こえない。聞こえないのに、胸の奥にはまだ響いている。
「耳栓って、心には効かないね」
「はい」
「じゃあ、次に同じ声がしたら?」
「ぼくが隣にいます」
コヨリは少しだけ目を丸くした。
「ログル、それ、攻略情報?」
「相棒情報です」
「......そっか」
その返事だけは、小さな声でちゃんと出した。敵にではなく、ログルに向けて。
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード
クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現
総死亡回数:1041回
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【神様案内警戒 Lv.2】
【親友擬態識別 Lv.1】
【母声ごはん警戒 Lv.1】
【校則罠警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【泣き声混乱警戒 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
泣き声に耐えようとしたが、最後に振り返ってしまった。情に弱い。
ログル
耳ふさぎ布と沈黙の巻物を用意した。床の涙罠まで解析する有能相棒。
親友擬態
泣き声で混乱を誘い、特殊モンスターハウスへつなげる敵。
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