拠点反省会――本物はこんなに都合よく呼ばない
家族、友達、先生、遊び声。
やさしいものほど、罠にされるとつらい。
拠点で一度、きちんと怒ります。
反省会テーブルの上に、死因ログが山のように積まれていた。
友達の手招き。親友の声。母親のごはん。父親の迎え。公園の遊ぼう。先生の校則。
コヨリは椅子に座り、両腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。怒っている。泣きそうでもある。どちらか一つにできない顔だった。
ネムが死因ログの束を抱えて、眠そうに現れた。
「死亡受付番号、またコヨリさんですね。今回は家族風味と学校風味が多めです」
「言い方!」
「では、家庭学校複合型死亡ログ」
「もっといや!」
ゼルドが紅茶を置きながら、眉間にしわを寄せた。
「余でも、家族の姿で敵を出す作戦は部下に止められるぞ」
「魔王さんの部下、倫理ある」
「少なくとも、神々の一部よりは勤務倫理がある」
白い窓の中で、アドミニスが縮こまった。主神なのに、いまだけ職員室で怒られている子どもみたいだった。
ベルが眼鏡を押し上げる。
「主神様。未成年者の脳内記憶を使用した帰還座標照合について、事前同意書はございますか」
「......ないです」
「では、後ほど正式に燃やします」
「燃やすんだ」
「複写も燃やします」
「徹底してる!」
コヨリはテーブルの上の紙を一枚取った。そこには、自分の字で書いた反省が並んでいる。
【手招きされても床を見る】
【名前を呼ばれても返事を保留】
【本物ならログルを捨てろとは言わない】
【ごはんは未識別】
【抱きしめ距離は射程】
【かわいい声でも通路封鎖】
【校則より命】
「これ、普通の子どもが読んだらダメな反省ノートだよ」
「勇者様用です」
「勇者って大変」
リュシアが湯気の立つ甘い飲み物を持ってきた。
「ちび勇者ちゃん。飲みな。これはあたしがここで作ったやつだから、未識別じゃないよ」
「ほんと?」
「ログ坊、鑑定」
「安全です。甘味、温度、精神回復、すべて拠点側登録済みです」
「飲む」
コヨリは両手でカップを持った。温かい。さっきの台所フロアとは違う。これは罠ではないと、ログルが言ってくれる。そのことが、少しだけありがたかった。
アドミニスが、窓の中でゆっくり頭を下げた。
「勇者ちゃん。記憶を使うことを、先に言うべきだった」
「うん」
「家族や友達の形を取る危険も、僕は知っていた」
「うん」
「過去に、そこで止まった勇者もいる」
「うん」
コヨリはカップを置いた。
「神様」
「はい」
「家族の姿を使うなら、最初に言って」
「はい」
「親友の声を使うなら、先に言って」
「はい」
「わたしが泣くかもしれないところは、笑って説明しないで」
「......はい」
白い拠点が、少し静かになった。ログルが、反省会テーブルの端に新しい紙を置く。
【見分け方】
【姿ではなく、言葉を見る】
【声ではなく、行動を見る】
【近づく前に、床を見る】
【本物は、コヨリを急かしすぎない】
コヨリはその最後の一行を、何度か読んだ。
「次は、わたしが見破る」
「一緒に見ます」
「うん。一緒に」
反省会テーブルは、いつもの倍の広さに拡張されていた。ログルが置いた地図、ベルの抗議書、ネムの死亡受付票、ゼルドの魔王軍倫理規定、リュシアの差し入れ皿が、場所を取り合っている。
「会議が本格的すぎる」
「勇者様の脳内記憶が敵に使われておりますので、魔王軍としても見過ごせません」
「魔王軍って、敵だよね?」
「少なくとも今回の主神様よりは味方です」
「否定できない!」
アドミニスの白い窓は、テーブルの端に小さく出ていた。なぜか窓のサイズまで遠慮している。
「勇者ちゃん、まず謝るよ。記憶層の扱いが雑だった」
「雑で済ませていい内容じゃない」
「うん」
「友達、親友、お母さんっぽい声、お父さんっぽい影、先生まで出た」
「うん」
「次は何。近所の犬?」
「可能性は」
「出すなああああああああああああああああああ!」
叫び終えたコヨリは、椅子に座って息を切らした。リュシアが水を出し、ネムが受付票に「主神へ苦情」と書き足す。
ログルは、反省会テーブルの中央に大きな紙を置いた。
【現実擬態フロア確認事項】
コヨリはその見出しを見て、眉を寄せた。
「また攻略メモみたいなの?」
「いいえ。これは、勇者様が自分で書く確認表です」
「わたしが?」
「はい。ぼくが全部言うより、勇者様が書いたほうが、次の一手で思い出せます」
コヨリは少しだけ黙ったあと、鉛筆を握った。字は丸い。線は少し震えている。それでも、一つずつ書く。
【顔より床】
【声より言葉】
【ただいまはまだ言わない】
【ログルを置いていけは偽物】
【ごはんは食べる前に聞く】
【迎えに来たより、自分で帰る】
書き終えると、ゼルドが腕を組んでうなずいた。
「良い作戦書だ。余の部下にも配りたい」
「魔王軍で使うの?」
「家族の姿で襲ってくる敵がいないとは限らん」
「魔王さんの職場、どんどん大変そう」
ベルがすかさず補足する。
「なお、弊軍では親しい者の姿をした敵が出た場合、まず有給申請と本人確認を行います」
「魔王軍、有給あるの!?」
「ございます」
「神様より福利厚生がある!」
アドミニスが小さな窓の中で咳払いした。
「神々にも休暇は」
「神様は今、休暇の話をする権利ないです」
「はい」
ネムは、死因図鑑室から分厚い帳面を持ってきた。そこには、これまでの死亡ログとは別に、成功しかけた行動が記録されている。
「死亡ログばかりだと、コヨリさんが嫌な顔をするので、成功ログ棚を仮設しました」
「ネム......!」
「まだ棚板が一枚だけです」
「少ない!」
「増やしてください」
コヨリは立ち上がり、成功ログ棚の一枚目に札を置いた。
【偽物の親友を、言葉で見破った】
それを見たログルの宝石が、少しだけ明るくなる。
「死亡ログではなく、成功ログを増やしましょう」
「うん。死なない回、増やす」
「でも、次のフロアもたぶん性格が悪いです」
「希望を言った直後に難易度を戻すな!」
笑い声が少しだけ起きた。重い話を、軽くはできない。でも、笑える場所まで運ぶことならできる。
コヨリは紙の一番下に、もう一行書き足した。
【帰りたい気持ちは、捨てない】
誰も、その文字を茶化さなかった。
会議の終わりに、コヨリは成功ログ棚の前で腕を組んだ。
「成功ログ、増やしたいけどさ」
「はい」
「死亡ログのほうが棚いっぱいあるの、ちょっと腹立つ」
「歴史の厚みです」
「言い方!」
ネムが、成功ログ棚に小さな札を足した。
【返事をしなかった】
【食べる前に聞いた】
【ただいまを保留した】
「これ、成功って言っていいの?」
「生存に寄与したなら成功です」
「じゃあ、我慢も攻略なんだ」
「はい」
コヨリは少し考えて、自分でも札を一枚書いた。
【泣いても床を見る】
ログルはそれを見て、何も言わずに棚の真ん中へ置いた。
最後に、ベルが反省会議事録を読み上げた。
「結論。勇者様は、優しさを捨てる必要はございません。ただし、優しさを差し出す前に、相手が口を開けていないか確認してください」
「結論が物騒!」
「実績に基づきます」
コヨリはうなだれた。
「優しくする前に口を見るって、道徳の教科書に載らないよ」
「この世界の道徳は、やや実戦的です」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード
クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現
総死亡回数:1039回
拠点施設:反省会テーブル/死因図鑑室/帰還門建設予定地
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【ログ差し戻し Lv.3】
【親友擬態識別 Lv.1】
【母声ごはん警戒 Lv.1】
【抱擁距離警戒 Lv.1】
【校則罠警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
更新:【神様案内警戒 Lv.1】→【神様案内警戒 Lv.2】
【登場人物紹介】
コヨリ
怒りと寂しさを整理した。偽物の家に入らないため、見分け方を書いた。
ログル
反省を攻略メモに変換した相棒。今回は一緒に見ると約束した。
ネム
死亡ログを事務処理する死神。言い方が相変わらず雑。
ゼルド
神様の倫理に引いている魔王。部下のほうがまともだと思っている。
ベル
同意書と法務で主神を詰める秘書。強い。
リュシア
安全な飲み物を出した拠点の姉御枠。
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