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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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先生フロア――廊下を走ってはいけません

学校の廊下では、先生が注意してきます。

従えば鈍足、走れば罠。

校則より命を守りたい日もあります。

 学校の廊下は、まっすぐすぎた。


 窓の外には夕焼けに似た紫色の空が広がり、床はワックスをかけたばかりみたいに光っている。右には教室の扉が並び、左には掲示板がある。そこに貼られた紙には、見覚えのある丸文字でこう書いてあった。


【廊下を走らない】


「ログル」

「はい」

「これ、絶対罠だよね」

「かなり強い校則反応があります」

「校則反応って何」

「守ると鈍足、破ると罰則罠の可能性です」

「教育委員会に怒られろ!」


 廊下の奥から、先生に似た影が歩いてきた。顔はぼやけているが、手に持った出席簿だけが妙にくっきりしている。


「廊下を走ってはいけません」


 声が廊下に響いた瞬間、床のマス目が黄色く光った。


「走ると右の掲示板から矢が飛びます。歩くと後ろの倍速雑巾が追いつきます」

「雑巾が倍速!?」

「はい。濡れています」

「情報量がひどい!」


 後ろから、ぺたぺたぺたぺた、と湿った音が近づいてくる。振り返ると、雑巾が四つ足で走っていた。速い。とても速い。学校の掃除道具にあるまじき機動力だ。


「走るなって言われてるのに、後ろから雑巾が来る!」

「場所替えの杖があります」

「先生と?」

「はい」

「先生を雑巾の前に置くの、道徳的にどうなの」

「先生ではありません。先生型監視者です」

「ならよし!」


 一手。


 杖の光が走り、コヨリと先生型監視者の位置が入れ替わる。次の瞬間、倍速雑巾が先生型監視者の足元へ突っ込んだ。


 ぬるっ。


 先生型監視者が見事に転ぶ。出席簿が宙を舞い、廊下の掲示板から矢が三本飛んだ。矢は先生型監視者の影をすり抜け、反射してコヨリのほうへ戻ってくる。


「戻ってくるの!?」

「反射掲示板です」

「掲示物に反射性能つけるなああああ!」


 コヨリは廊下を走らず、一マスだけ横へ跳んだ。矢は制服の袖をかすめ、背後の黒板消し型トラップを起動させる。白い粉が廊下を満たした。


「目つぶし粉です」

「学校の罠が全部いや!」


 視界が真っ白になる。コヨリは、ログルの声だけを頼りに壁へ手を伸ばした。


「右に一マス。止まって」

「止まる!」

「次、歩いてください。走ると罰則です」

「今それ守るの!?」

「守らないと矢です」

「校則の圧が命より強い!」


 コヨリは歩いた。だが、目つぶし状態の足元に、給食袋の紐が落ちていた。つまずく。転び慣れで前転はできたが、一手遅れる。倍速雑巾が二歩進み、背中にぬるりと乗った。


「冷たっ!」


【死亡ログ】

【総死亡回数:1037 → 1039】

【死因:廊下を走らず倍速雑巾に追いつかれた】

【評価:校則は守りました。命は守れませんでした】

【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】


【新規獲得:校則罠警戒 Lv.1】


 先生型監視者について、ミネルはやけに長い説明書を持ってきた。


「校則型拘束魔物は、対象の倫理記憶と集団生活経験を参照し、違反行動に罰則、遵守行動に遅延を付与する非常に教育的かつ非教育的な存在です」

「教育的と非教育的を同じ文章に入れないで」

「説明書は全八百ページです」

「燃やすね」

「まだ一ページ目です」

「一ページ目から燃やす価値がある!」


 ベルは、先生型監視者の校則を魔王軍法務用語に翻訳していた。


「走ると罰。歩くと追いつかれる。立ち止まると説教。返事をすると拘束。無視すると廊下全体が敵化。非常に悪質です」

「学校の廊下で詰み将棋しないでほしい」


 ログルは、地図の廊下部分に赤線を引く。


「正解は、校則に付き合わないことです。走らない。歩き続けない。先生に返事をしない。場所替えの杖で位置を入れ替え、監視者自身を鈍足敵の前に置きます」

「先生を盾にするの、すごく怒られそう」

「相手は先生ではありません」

「わかってる。でも、気分が職員室送り」


 再挑戦の廊下は、やけに長かった。窓の外には校庭が見えるのに、走れば届きそうな距離が、何マスも何マスも引き伸ばされている。廊下の真ん中に、先生型監視者が立っていた。顔はぼやけ、口元だけがはっきりしている。


「廊下を走ってはいけません」


 コヨリは反射で「はい」と言いそうになり、両手で口を押さえた。返事は一手。礼儀で死ぬな。自分に言い聞かせる。


「勇者様、右後方から倍速ぞうきんです」

「ぞうきんが倍速!?」


 床を濡らしながら、黒いぞうきんの塊が二マス分進んでくる。学校の掃除道具まで敵だ。コヨリは泣きそうになりながら、杖を握った。


「場所替えの杖、残り一回」

「使いどころです」

「先生っぽい敵と場所替えするの、心がざわざわする!」

「命を優先してください」

「はい!」

「返事で一手」

「今のはログルに! ログルにだけ!」


 世界が一手進み、倍速ぞうきんが近づく。コヨリは慌てて杖を振った。光が廊下を走り、先生型監視者とコヨリの位置が入れ替わる。


「廊下を走ってはいけません」


 先生型監視者は、今度は倍速ぞうきんに向かって校則を告げた。ぞうきんは止まらない。濡れた布の塊が、先生型監視者の足元へ滑り込む。


「先生、ぞうきんも注意して!」

「勇者様、見ていないで出口へ」

「はい! あ、今のはいは行動?」

「小声なので非消費です。たぶん」

「たぶん怖い!」


 コヨリは走らなかった。走るかわりに、壁際を斜めに一マスずつ抜ける。廊下の床には、踏むと「反省文」と書かれた紙が貼りつく罠があった。踏めば書くまで動けない。コヨリは小石でそれを起動し、紙がむなしく空中に貼りつくのを見た。


「反省文罠!」

「踏むと三ターン拘束です」

「反省は拠点でやる! ダンジョンに提出しない!」


 出口の扉に手をかけると、背後から先生型監視者の声がした。


「廊下を走ってはいけません」


 コヨリは振り返らず、扉を押した。


「走ってない。攻略してるの!」


 出口の扉を開ける前に、先生型監視者が最後の校則を投げてきた。


「忘れ物をしてはいけません」


 廊下の真ん中に、かわいい筆箱が落ちている。コヨリの記憶にあるものと同じ色だった。拾いたい。拾わないと怒られそうな気がする。


「ログル、あれ」

「忘れ物型ミミックです」

「筆箱まで!?」

「鉛筆に見える牙があります」

「文房具の誇りを持って!」


 コヨリは筆箱を拾わず、かわりに反省文罠の紙を一枚投げた。紙が筆箱に貼りつき、筆箱がびくびく震える。


「忘れ物は先生に提出!」

「かなり雑ですが有効です」


 扉が開く。コヨリは職員室送りにならず、廊下を抜けた。


 外へ出ると、校舎の壁に「よい子の目標」と書かれた紙が貼ってあった。一番上には、返事をしましょう。二番目には、廊下を走りません。三番目には、忘れ物を拾いましょう。


「全部、今回の死因候補じゃん!」

「現実の規範を反転利用しています」

「難しいこと言わなくていい。いい子を殺す紙だよ!」


 コヨリは紙の端に、鉛筆で小さく書き足した。


【命が先】


 すると紙は、悔しそうにしわしわになった。


 紙がしわしわになるのを見て、コヨリは少しだけ胸を張った。いい子の目標より、生きて帰る目標のほうが、今はずっと大事だった。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1039回

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【返事保留 Lv.1】

【親友擬態識別 Lv.1】

【母声ごはん警戒 Lv.1】

【抱擁距離警戒 Lv.1】

【遊び誘導警戒 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【校則罠警戒 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

校則と命の板挟みで死亡。廊下では走らないが、倍速雑巾からは逃げたい。


ログル

場所替えの杖で打開を提案。反射掲示板までは少し遅れた。


先生型監視者

校則を武器にする敵。先生本人ではない。


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