兄弟フロア――遊ぼうで通路を塞がれる
かわいい声が、遊ぼうと呼びます。
でも、通路で囲まれたら詰みます。
小さい敵ほど、倍速だと怖い。
次のフロアは、公園だった。
低いすべり台、砂場、ブランコ。どれもコヨリの記憶にある場所と似ているが、遊具の影だけが妙に長い。夕方なのに、時計は止まっていた。砂場の縁には、マス目が四角く浮かんでいる。
「ここ、知ってる」
「知っている場所に似せています」
「ログル、その言い方、だいぶ慣れてきたね」
「慣れたくはありません」
公園の奥から、小さな子どもたちが走ってきた。兄弟か、近所の子か、小さい頃に遊んだ誰かか。記憶が混ざっていて、顔ははっきりしない。
「遊ぼう」
「鬼ごっこしよ」
「こっち、こっち」
声はかわいい。歩き方もかわいい。だが、足元のマス目だけは容赦なく赤い。
「ログル」
「囲まれると危険です。小型ですが、倍速反応があります」
「かわいい顔で倍速やめて」
「かわいくても二回動きます」
「幼女に倍速で近づくなって、何回言えば世界に伝わるの!」
子どもたちは、笑いながら左右へ散った。通路を塞ぐ動きが上手すぎる。遊びに見せかけた挟み込み。砂場の横は落とし穴、ブランコの下は回転床。逃げ道が、笑顔で閉じていく。
コヨリは小石を握った。
「右の子に投げる?」
「当たれば一マス押せます。ただし、遠投補正はありません」
「遠投なくてよかったと思う日が来るとはね!」
小石を投げる。子どもに似たものは、ころころと笑いながら避けた。小石が砂場に落ち、砂がぱくりと口を開く。
「砂場も敵!」
「はい。遊具全体が擬態しています」
「公園が子どもに優しくない!」
倍速の子どもたちが二歩進む。コヨリは一歩下がる。下がった先にブランコの影が伸びた。鎖が蛇のように足を狙う。
「ログル、会議!」
「手持ちは、眠り玉一個、罠消しの巻物一枚、場所替えの杖二回です」
「場所替えは?」
「入れ替え先が安全なら有効です」
「安全な子どもいる?」
「いません」
「公園終わってる!」
子どもたちが、いっせいに言った。
「こっちにおいで」
懐かしさに、足が鈍る。帰りの時間になっても帰りたくなかった日。もう一回だけとお願いした日。そんな記憶が、足首を捕まえる。
「勇者様、左のブランコに乗らないでください!」
「乗るわけないでしょ!」
そう言いながら、コヨリの足はブランコの影を踏んだ。影が跳ね上がり、体を空中へ放り投げる。子どもたちが手を広げて待っている。かわいい顔のまま、口だけが黒く開いた。
「遊びの難易度が高すぎるううううううううう!」
【死亡ログ】
【総死亡回数:1035 → 1037】
【死因:遊ぼうに囲まれて逃げ道がなくなった】
【評価:かわいい通路封鎖】
【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】
【新規獲得:遊び誘導警戒 Lv.1】
兄弟フロアの反省会は、いつもより騒がしかった。死因図鑑室の壁に貼られた新しい絵には、小さな記憶擬態が通路いっぱいに並び、全員が「遊ぼう」と書かれた札を持っている。
「かわいい顔で通路を塞ぐの、ずるい」
「小型敵の群れは、ローグライクにおいて非常に危険です」
「言い方は分かる。でも、見た目が『いっしょに鬼ごっこしよ』なんだよ」
「実際には『退路を切って囲みます』です」
「子どもの遊びを戦術名に変換しないで!」
ネムが受付帳をめくりながら、淡々と言った。
「鬼ごっこ死亡は、登録名をどうしましょう。遊戯型包囲死、またはかわいい通路封鎖死」
「かわいい通路封鎖死でお願いします。いや、お願いしたくないけど、前者よりはまし」
ログルは通路の図を指した。兄弟擬態は小さくて弱そうだが、倍速ではないかわりに、二体で一マスを埋める。押しのけようとすると行動消費。遊びに返事をすると追加湧き。無視して背を向けると、泣き声で足が鈍る。
「攻略方針は、遊ばないことです」
「幼女勇者の人生から遊びが奪われていく」
「安全地帯で遊びましょう」
「安全地帯に遊具ないよ!」
「反省会テーブルがあります」
「それは会議!」
再挑戦の通路では、小さな子どもたちが床に座っていた。積み木、縄跳び、ゴムボール。懐かしい道具が散らばっている。コヨリが一歩踏み込むと、全員がぱっと顔を上げた。
「遊ぼう」
「鬼ごっこ」
「こよりが鬼ね」
コヨリは両手を胸の前でばってんにした。
「今日は遊びません」
「えー」
「なんで」
「つまんない」
その声が、耳に痛い。本物の小さい子なら、少し遊んであげたくなる。コヨリは困っている子を放っておけない。でも、このフロアはその性格を読んでいる。
「ログル、泣き声来る?」
「来ます。耳を塞ぐ準備を」
子ども擬態の一体が、口を大きく開けた。泣き声が出る前に、コヨリは【沈黙の巻物】を広げる。読む一手。通路の空気が、ふっと重くなった。
「声、消えた!」
「はい。ただし、巻物使用で満腹度が少し減りました」
「命よりは安い!」
子ども擬態たちは声を失い、代わりに積み木を投げてきた。積み木は直線三マス。油断すると地味に痛い。
「積み木攻撃!?」
「小型投擲です」
「お片付けしなさああああああああい!」
叫んだせいで一手進み、ゴムボールが跳ねた。コヨリは慌ててしゃがむ。ボールは壁で跳ね返り、子ども擬態の一体に当たった。ぺたん、と座り込む。
「味方誤射した!」
「敵同士です」
「じゃあ敵誤射!」
コヨリはその隙に、通路の端へ小石を置いた。置く一手で、子どもたちは一マス近づく。だが、小石につまずいた一体が転び、後ろの二体もつっかえた。
「小石、えらい!」
「万能ではありませんが、今回はえらいです」
出口が見えた。コヨリは最後まで「遊ぼう」に返事をしなかった。心の中では、元世界で遊んだ日のことを少し思い出していた。
本物なら、いつかまた遊ぶ。
偽物とは、遊ばない。
通路を抜けた先には、低いフェンスで囲まれた砂場があった。そこにも子ども擬態がいたが、今度は声が出ない。沈黙の巻物の効果が、まだ少し残っている。
子ども擬態たちは、無言でスコップを差し出してきた。
「遊ばないって言ったでしょ」
「勇者様、そのスコップは【穴掘り誘導】です」
「砂場で落とし穴を掘らせる気!?」
「はい。完成後、勇者様が自分で踏む可能性が高いです」
「わたしのうっかりを計算に入れるな!」
コヨリはスコップを受け取らず、砂場の端を回った。すると、砂の中から小さな手が出て、名残惜しそうに空をつかむ。
「......本物の子なら、一緒に遊びたい」
「はい」
「でも、砂場から手だけ出る子は、ちょっと本物でも怖い」
「かなり怖いです」
その正直な感想で、少しだけ緊張がゆるんだ。
砂場を抜ける直前、無言の子ども擬態が一体だけ、小さな花を差し出してきた。声はない。ただ、渡したいという形だけがある。
「ログル、花」
「根が罠です。受け取ると手首に絡みます」
「プレゼントまで拘束具!」
コヨリは花を受け取らず、代わりに地面へ小石を置いた。子ども擬態は小石を不思議そうに見て、少しだけ道を空ける。
「交換じゃないよ。これは、安全確認用」
「通じてはいませんが、道は空きました」
「じゃあ成功!」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード
クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現
総死亡回数:1037回
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【手招き警戒 Lv.1】
【返事保留 Lv.1】
【親友擬態識別 Lv.1】
【母声ごはん警戒 Lv.1】
【抱擁距離警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【遊び誘導警戒 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
公園のかわいい声に囲まれて死亡。懐かしさと通路封鎖に弱い。
ログル
倍速小型敵と遊具擬態を解析。子ども相手でも容赦なく危険判定を出す。
遊び誘導型の記憶擬態
かわいい声で通路を塞ぐ敵。鬼ごっこの皮をかぶった詰み配置。
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