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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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父親フロア――迎えに来たぞ

玄関の向こうから、迎えの声がします。

抱きしめる腕に見えても、射程は確認しましょう。

父性と触手は別物です。

 玄関のフロアは、夜の匂いがした。


 靴箱の上には鍵置きがあり、傘立てには見覚えのある色の傘が一本だけ刺さっている。ドアの向こうから、車のドアが閉まるような音がした。コヨリは思わず顔を上げる。


「......この音、知ってる」

「勇者様。足元を先に」

「分かってる」


 コヨリは小石を転がした。玄関マットに当たった小石は、ふかっと沈んだあと、何事もなかったように止まる。怪しい。何事もないのが一番怪しい。


 ドアの向こうから、低い声がした。


「こより。迎えに来たぞ」


 父親に似た声だった。


 ドアが開いた。外は暗いのに、そこに立つ影だけがはっきりしている。顔は見えない。大きな腕が、玄関の光の中へ伸びた。


「おいで」


 コヨリは、一歩だけ前に出かけた。その瞬間、腕が伸びた。人間の腕の長さではない。玄関から三マス先まで届く、黒い帯のような腕。抱きしめる形をしているのに、指先は鍵爪になっていた。


「リーチ長っ!」

「下がってください!」


 コヨリは後ろへ飛ぶ。玄関マットが口を開け、さっき小石を飲み込まなかった顔で牙を見せた。後退先も罠。いつものやつだ。


「後ろも罠!」

「右の傘立てへ」

「傘立てって安全地帯になるものなの!?」


 一手。


 コヨリは傘立ての横へ体を滑らせた。世界が動き、黒い腕が玄関マットごと床をえぐる。傘立ての傘が勝手に開き、盾のように爪を受けた。


「傘えらい!」

「長くはもちません」


 影が、もう一度言う。


「迎えに来たぞ」


 コヨリは傘の影で、息を吐いた。


「迎えに来たって言えば、わたしが行くと思った?」


 黒い影は答えない。


「本物なら、わたしが怖がってたら、玄関で待つ。腕を伸ばして捕まえたりしない」


 影の輪郭が歪んだ。父親の声に、別の獣のうなりが混ざる。


 コヨリは吹き飛ばしの杖を構えた。ログルが短く言う。


「斜めです。正面は反射壁」

「斜め、苦手!」

「失敗すると抱擁距離です」

「抱擁距離って言うなあああああ!」


 一手。


 杖の光が斜めに走った。父影ゴーレムの体が玄関の外へ弾かれ、反射壁ではなく靴箱の角にぶつかる。だが、腕だけが床を這って戻ってきた。


「腕だけ戻るの反則!」


 爪が足首をつかんだ。抱きしめられる直前、コヨリは叫ぶ。


「本物のお父さんなら、触手判定じゃないでしょおおおおおおおおおお!」


【死亡ログ】

【総死亡回数:1033 → 1035】

【死因:父親の迎えに見える拘束攻撃に入った】

【評価:父性ではなく射程三マスの拘束でした】

【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】


【新規獲得:抱擁距離警戒 Lv.1】


 父影ゴーレムの死因ログを見たゼルドは、額を押さえた。


「父親の姿で拘束攻撃か。余の魔王軍でも、家族の姿を使う作戦は倫理部門が止めるぞ」

「魔王軍に倫理部門あるの?」

「ある。ベルが作った。主に神々への抗議文を書く部署だ」

「魔王軍のほうが人間にやさしいの、どういう世界なの」


 ベルは、すでに書類を三枚作っていた。


「主神様。未成年勇者の家族記憶を用いた拘束型モンスター配置について、苦情を提出いたします。控えは三部です」

「ベル、仕事が早い」

「魔王軍は再発防止を重視しております」

「神様より運営がちゃんとしてる!」


 アドミニスは白い窓の中で小さくなっていた。


「いや、あれはフロアが自動生成した擬態で、僕が直接お父さん型にしたわけじゃ」

「自動生成に丸投げした神様が悪い!」

「はい」


 再突入した玄関前フロアでは、父親に似た影が門の前に立っていた。夕方の住宅街に、長い影が伸びている。大きい背中。手を上げる仕草。見たことがある気がするせいで、足がすくむ。


「迎えに来たぞ」


 コヨリは、ぐっと唇を結んだ。


「ログル、距離」

「五マスです。ただし、腕の射程は六マス」

「父性のリーチじゃない」

「触手判定です」

「言い方をやわらかくしてって前にも言った!」


 父影ゴーレムは、一歩も動かない。動かないのに、腕だけが少し長く見える。玄関のタイルはきれいに磨かれていて、安心できそうに見えた。だが、タイルの目地が細いマス目になっている。


「迎えに来たぞ」

「来なくていい」


 コヨリの声は震えた。でも、出した。今度は叫ばず、必要な分だけ。


「わたしが帰る」


 父影ゴーレムの肩が、ぴくりと動いた。迎える側として配置された敵は、帰る側の意思に少し弱いらしい。ログルの宝石が淡く光る。


「勇者様、左の植木鉢。中に【眠り玉】があります」

「植木鉢に打開アイテム入れないでほしい。家庭菜園の難易度が高い」


 コヨリは植木鉢へ一マス。土を掘る一手で、父影の腕が伸びる。眠り玉をつかむ一手で、腕はさらに近づいた。世界が丁寧に殺しに来る。


「残り三マス」

「分かってる!」

「投げるなら、今です」

「父親っぽい敵に眠り玉を投げるの、親不孝っぽくて嫌!」

「本物ではありません」

「分かってるけど、気分!」


 コヨリは泣きそうな顔で眠り玉を投げた。玉は玄関タイルで割れ、白い煙が広がる。父影ゴーレムの腕が、眠そうに垂れた。完全には止まらない。鈍足になっただけだ。


「寝ないの!?」

「父性擬態の耐性が高いです」

「お父さんっぽさを耐性に使うな!」


 それでも、鈍足なら間に合う。コヨリは玄関へ直進しなかった。右の細い路地へ回る。迎えの腕を避け、見た目だけ安全な玄関マットを踏まない。


 路地の先に、古い門柱があった。そこには表札がない。名前で誘う罠ではない。ただ、奥へ進む道だけがある。


「ログル」

「はい」

「迎えに来たって言われると、安心しそうになる」

「はい」

「でも、わたし、迎えられるだけじゃ帰れないんだね」

「自分で帰る道が、必要です」


 コヨリは小さくうなずき、眠ったふりをした父影ゴーレムから目を離さなかった。


 路地の壁には、古い自転車が立てかけてあった。前かごに、見覚えのあるようなタオルが入っている。父親が使っていたものに似ていた。


「触らないでください」

「分かってる。タオルも罠?」

「おそらく、抱擁距離延長アイテムです」

「タオルで距離を延ばすな!」


 コヨリは自転車を避け、路地の端へ進んだ。父影ゴーレムはまだ眠り玉の煙の中で揺れている。追ってこないのに、声だけが何度も届く。


「迎えに来たぞ」


「ログル」

「はい」

「本物なら、わたしが自分で歩くって言ったら、待ってくれるかな」

「たぶん、待ってくれると思います」

「たぶんじゃなくて」

「待ってくれます」

「うん」


 その返事を胸に入れて、コヨリは次の角を曲がった。


 路地の先で、郵便受けがかたりと鳴った。中には手紙が一通だけ入っている。宛名は、天野こより。字は父親のものに似ていた。


「ログル、手紙」

「封筒型ミミックです」

「家族フロア、郵便物まで信用できない!」


 小石を入れると、封筒が勢いよく閉じた。もし指を入れていたら、たぶん次の死因ログに載っていた。


「読まなくてよかった」

「はい。読んだら泣いて、その後噛まれます」

「二段構えがひどい!」

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1035回

千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【死亡ログ返還 Lv.1】

【神様案内警戒 Lv.1】

【母声ごはん警戒 Lv.1】

【親友擬態識別 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【抱擁距離警戒 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

父親に似た声で一瞬揺れたが、三マス拘束にキレた。


ログル

射程と反射壁を冷静に確認した。言い方が少しひどい。


父影ゴーレム

父親の声と迎えの言葉を使う大型擬態敵。抱擁ではなく拘束。


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