表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
248/340

母親フロア――ごはんできてるよ

家の台所に、温かい匂いがありました。

帰りたい子に、ごはんの罠は強すぎます。

でも、食べる前には聞きましょう。

 次のフロアは、台所だった。


 換気扇の低い音がして、鍋の湯気が白く上がっている。まな板に包丁が置かれ、食卓には小さな茶碗と箸が並んでいた。異世界の拠点厨房とは違う、知っている匂いがする。


「......ごはんの匂い」

「勇者様、食べないでください」

「まだ何もしてない」

「目が食べていました」

「ログル、目で食べても太らないし死なないよ」

「このフロアでは、断言できません」


 台所の奥から、声がした。


「こより、ごはんできてるよ」


 母親に似た声だった。似ている、では足りない。寝ぼけた朝に聞いた声。宿題を後回しにした時に呼ばれた声。ゲームをやめるタイミングで聞こえてきた、少し呆れた声。


「ログル」

「はい」

「声、似てる」

「......はい」


 ログルは、今度も否定しなかった。


 食卓の上の料理は、湯気だけがやけに本物だった。味噌汁に見えるもの。焼き魚に見えるもの。白いごはんに見えるもの。どれも、コヨリの記憶から引き出された形をしている。


【未識別料理:母声みそ汁】

【効果候補:満腹度回復/座標固定/記憶酔い/捕食】


「候補に捕食入ってる!」

「食べないほうがよいです」

「知ってた!」


 コヨリは泣きそうな顔で、椅子から一歩離れた。その時、湯気の向こうの声が、少しだけ変わった。


「食べないの?」


 責めている。優しい声なのに、責めている。


「本物なら、わたしがこんな顔してたら、先に聞くもん」

「何をですか」

「どうしたのって。食べなさいだけじゃなくて、どうしたのって言うもん」


 湯気が割れた。母親に似た人影の口が、耳まで開く。食卓の料理が一斉に手を伸ばし、箸が虫の足みたいに動いた。


「勇者様、左へ!」

「ごはんが襲ってくるなああああああああああああああ!」


 コヨリは左へ逃げた。だが、床に落ちた白い米粒がワープ罠だった。踏んだ瞬間、椅子の前へ戻される。味噌汁の腕が伸び、コヨリを湯気ごと飲み込んだ。


【死亡ログ】

【総死亡回数:1031 → 1033】

【死因:母親のごはんに見える未識別料理を食べなかったが、米粒ワープを踏んだ】

【評価:食べませんでした。踏みました】

【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】


 拠点で戻ったコヨリは、反省会テーブルに大きく書いた。


【米粒も床】


「ログル」

「はい」

「これ、料理人クラスの注意?」

「地図師と料理人の合同注意です」

「現実世界の食卓に、ローグライク混ぜないでほしい!」


【新規獲得:母声ごはん警戒 Lv.1】


 拠点に戻ったあとも、コヨリの鼻には台所の匂いが残っていた。煮物に似ている。焼けたパンにも似ている。だけど、どちらでもない。脳が「知っている」と決めつけたがる匂いだった。


 リュシアが拠点酒場のカウンターから、温かいスープを差し出す。


「ちび勇者ちゃん、先にこっち飲みな。神様製の母さん風ごはんより、あたしのスープのほうが安全よ」

「安全って言われる食べ物、ありがたすぎる......」

「ちゃんとログ坊に味見させたわ」

「ログル、味見したの?」

「毒性、呪い、記憶誘導、座標固定、すべて陰性でした。ただし、リュシア様の酒場成分が少し高いです」

「幼女用スープに酒場成分を入れないで!」

「香りだけよ、香りだけ」


 コヨリはスープを飲み、やっと肩の力を抜いた。けれど、さっきの台所の景色は頭から消えない。テーブルの椅子の位置、食器の並び、呼ばれた時の声。全部が、本物に近かった。


「ログル」

「はい」

「ごはんの匂いって、ずるいね」

「はい。視覚よりも先に、記憶へ届きます」

「難しい言い方しないで。お腹がだまされるってことでしょ」

「その理解で合っています」


 再突入した台所では、母親に似た影が鍋の前に立っていた。顔は逆光で見えない。見えないからこそ、脳が勝手に補おうとする。


「こより、ごはんできてるよ」


 コヨリは両手をぎゅっと握った。すぐ返事をしない。テーブルに近づかない。まず、床。台所の床には、木目に見せかけた細いマス目が走っている。椅子の足元だけ、ほんの少し色が濃い。


「椅子が罠?」

「座ると拘束される可能性があります」

「食卓で拘束するな。しつけが強すぎる」


 母声ミミックは、振り返らないまま皿を置いた。


「冷めちゃうよ」

「ログル、匂い」

「未識別料理。満腹度回復量は大きいですが、座標酔い反応があります」

「座標酔い」

「食べると、帰る場所の認識が台所へ寄ります」

「ごはんで帰宅先をずらすなああああああああああ!」


 叫んだせいで、鍋の蓋が一手動いた。ぱかりと開き、中から白い湯気ではなく、細い手が何本も伸びる。コヨリは慌てて小石を投げた。小石は皿に当たり、料理がぷるんと震える。肉じゃがに見えたものの表面に、口が開いた。


「肉じゃがまでミミック!?」

「肉じゃがではありません。肉じゃが型の座標擬態です」

「言い直しても嫌さが増えただけ!」


 母親に似た影が、そこで初めてこちらを向いた。顔はまだ見えない。声だけが、やさしい。


「食べないの?」


 コヨリの目に、少しだけ涙がたまった。


「本物なら、わたしがこんな顔してたら、食べなさいの前に聞くもん。何があったのって。だいじょうぶって」


 影の手が止まった。ほんの一瞬だけ、台所の奥にノイズが走る。


「勇者様、今です」


 ログルが尻尾で示したのは、冷蔵庫の横の一マスだった。そこだけ、床の木目が普通に見える。コヨリは食卓を回り込む。鍋の手が伸び、椅子が足を絡めようとしたが、スープの温かさがまだお腹に残っていた。


「ごはんは好き!」


 コヨリは泣きながら、台所の出口へ走った。


「でも、食べる前に聞く! これはもう、わたしの家訓!」


 ログルが後ろで小さくうなずく。


「かなり良い家訓です」


 台所の出口を抜けると、廊下に小さな買い物メモが落ちていた。丸い字で、卵、牛乳、パン、と書かれている。最後に、コヨリの好きなお菓子の名前があった。


「拾わないでください」

「分かってる。拾う一手で死ぬやつ」

「はい。紙の裏に口があります」

「買い物メモまで食べるの!?」


 コヨリは小石でメモをつついた。紙がぱくんと閉じる。ログルは無言で記録した。


「ログル、今の死因候補名」

「【死因:買い物メモの裏を見ようとして食べられた】です」

「見たい気持ちは分かるけど、死因名が生活感ありすぎる!」


 母親の声が遠くなる。コヨリは振り返らなかった。振り返ると、また食べたくなるからだ。


 廊下の角を曲がると、壁に身長を測った跡があった。鉛筆の線に、こより、と書かれている。コヨリは触りかけて、手を止めた。


「触らないでください」

「分かってる。でも、これもずるい」

「はい」


 小石を当てると、鉛筆の線が細い口になってかちりと閉じた。


「成長記録まで噛むな!」

「記憶接触型の罠です」

「思い出を歯にするなあああああああ!」


 そのあと、コヨリは壁から一歩離れて、両手をぎゅっと握った。触りたいものほど、今は触らない。それも帰るための一手だった。

【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1033回

千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【死亡ログ返還 Lv.1】

【ログ差し戻し Lv.3】

【手招き警戒 Lv.1】

【返事保留 Lv.1】

【親友擬態識別 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【母声ごはん警戒 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

母親の声とごはんの匂いにかなり削られた。食べる前には止まれたが、米粒罠にやられた。


ログル

料理の鑑定を担当。候補に捕食が出ても冷静に伝える、嫌な意味で頼れる相棒。


母声ミミック

母親の声と食卓の匂いを使う擬態敵。本物ではない。


よろしければ、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただきありがとうございます。感想・評価・レビューお願いします!励みになります
少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

小説家になろう 勝手にランキング
ギルド酒場るすと公式サイト

異世界ゲームバー転生おじさん(42)
影森ゆらは今日も死ぬ
千回死亡幼女勇者 異世界Any%
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ