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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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親友フロア――本物ならそんなこと言わない

親友に似た声が、やさしく呼びます。

やさしい言葉ほど、罠の匂いがします。

ログルを置いていけと言う親友は、親友ではありません。


 教室の扉が開いた。


 コヨリは入る前に、小石を一つ転がした。小石は床を三マス進み、机の脚に当たって止まる。爆発しない。床も抜けない。壁も笑わない。


「安全?」

「今の範囲では、です」

「言い方が全然安心させる気ない」


 教室の中は、コヨリの記憶より少しだけ広かった。机の数が多い。黒板の文字はぼやけているのに、窓際の一席だけははっきり見える。そこに、親友に似た女の子が座っていた。


「こよりちゃん。やっと来た」


 胸の奥が、きゅっと縮んだ。姿はぼんやりしている。けれど、笑い方だけが妙に鮮明だった。何度も一緒に笑った記憶が、勝手に形を与えてしまう。


「ログル」

「はい」

「似てる」

「分かります」


 ログルは、否定しなかった。そこが逆に痛かった。


 親友に似た子は、椅子から立ち上がらず、両手を広げた。


「もう大丈夫だよ。こっちにおいで」

「......」

「がんばらなくていいよ。もう死ななくていいよ」

「......」

「その変な動物も、神様も、ぜんぶ忘れていいよ」


 コヨリの顔が、すっと変わった。


「ログルを?」

「うん。だって、こよりちゃんの世界にはいない子でしょ。帰るなら、置いていかなきゃ」


 ログルの宝石が、小さく震えた。


 コヨリは、一歩も動かなかった。


「違う」

「こよりちゃん?」

「本物なら、そんなこと言わない」


 机の並びが、ぎしりと鳴った。親友に似た子の笑顔が、少しだけ横に伸びる。


「どうして?」

「わたしの友達なら、知らない子でも、わたしが大事にしてたら、置いていけなんて言わない」

「でも、帰りたいんでしょ?」

「帰りたい。でも、それとログルを捨てるのは別」


 親友に似た子の目が黒くなった。


「こっちにおいで」


 声が変わった。優しさの皮の下から、冷たい命令がにじむ。


「後ろへ。机の間は罠です」

「うん!」


 コヨリは後ろへ下がろうとした。だが、教室の床に浮かぶマス目が、一瞬だけ親友の笑顔に重なった。帰りたいという気持ちが、足を鈍らせる。


 ほんの半歩。それだけ遅れた。


 親友に似たものの腕が、机をすり抜けて伸びた。抱きつくように見えて、触れた場所から体温を吸い出す。コヨリの指先が冷たくなり、視界の端でログルが叫んだ。


「勇者様!」

「......本物なら、こんな抱き方しない」


 言い切ったところで、白い光が落ちた。


【死亡ログ】

【総死亡回数:1029 → 1031】

【死因:親友の声に近づいたら抱きつかれて吸われた】

【評価:優しい言葉に敵意が混ざっていました】

【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】


 拠点で戻ったコヨリは、しばらく起き上がらなかった。反省会テーブルの上に、ログルが黙って温かい飲み物を置く。


「ログル」

「はい」

「わたし、本物の友達にも会いたい」

「はい」

「でも、偽物に会うの、きつい」

「......はい」


 白い窓の中で、アドミニスが何かを言おうとしてやめた。


【新規獲得:親友擬態識別 Lv.1】


「ログル」

「はい」

「スキル名がつらい」

「ぼくも、少し嫌です」


 反省会テーブルでは、ログルが親友擬態の台詞を書き出していた。


【もうがんばらなくていい】

【その変な動物も忘れていい】

【帰るなら置いていかなきゃ】


 コヨリは三つ目の文字を指でつつき、むっと頬をふくらませた。


「ここ。ここが偽物ポイント」

「はい。勇者様の判断は正しいです」

「でも、最初の二つはずるい。すごくずるい」

「はい」


 ログルは、いつものように即座に説明を足さなかった。コヨリは湯気の立つカップを両手で包む。リュシアが置いていった甘い飲み物は、喉を通る時だけ少し現実に似ていた。


「わたし、がんばりたくない時あるよ」

「知っています」

「もう死ななくていいよって言われたら、そっち行きたくなる」

「それでも、止まりました」

「死んだけどね」

「止まったあと、半歩遅れただけです」

「半歩で死ぬゲーム、教育によくない」


 ネムが死因図鑑室の扉から顔だけ出した。


「半歩死亡は、既に六件あります」

「数えないで! わたしの半歩を統計にしないで!」


 再戦の前に、ベルが一枚の紙を差し出した。魔王軍式の確認表だった。


「勇者様、親しい相手に見える敵ほど、言葉の中身を確認してください。見た目、声、泣き方ではなく、要求内容です」

「要求内容」

「はい。『こちらへ来てください』『仲間を捨ててください』『記憶を忘れてください』など、契約上かなり危険な文言が含まれます」

「親友擬態、契約書みたいな怖さある」

「主神様よりは読みやすいです」


 白い窓の中でアドミニスが傷ついた顔をしたが、誰も慰めなかった。


 教室へ戻ると、親友に似た子は窓際の席で待っていた。前よりも本物らしい。机に置かれたノートには、コヨリが元世界で書いた落書きに似た丸い絵まで再現されている。胸が痛む。偽物だと分かっていても、記憶の欠片は本物だからだ。


「こよりちゃん。今度こそ、こっちにおいで」

「行かない」

「どうして。わたし、待ってたのに」

「本物なら、わたしが怖がってたら、まず『大丈夫?』って聞く」

「大丈夫だよ」

「遅い。今、言われたから言ったでしょ」


 親友擬態の笑顔が、ほんの少し固まった。


「その子、邪魔だよ」

「ログルは邪魔じゃない」

「帰れなくなるよ」

「ログルがいても帰る」

「そんなの無理だよ」


 コヨリはそこで、一歩も動かずに笑った。泣きそうなのを、笑いに変えた。


「無理って言う親友は、わたしの親友じゃない。わたしの親友なら、『じゃあ作戦立てよ』って言う」


 ログルの宝石が、淡く光る。


「勇者様、右後方に逃げ道。机の影に落とし穴が一つあります」

「見えてる」

「左前の椅子は噛みます」

「椅子が噛む学校、校長先生に言いつけたい」


 親友擬態が机を蹴った。教室中の椅子が、一斉に口を開ける。コヨリは泣きながら笑い、右へ一マス。椅子の歯が制服の裾をかすめた。


「ログル、次!」

「黒板消しを投げてください。粉で視線が切れます」

「学校備品の正しい使い方じゃない!」


 黒板消しを投げると、白い粉が舞った。親友擬態の輪郭がにじむ。その奥で、本物によく似た声だけが残った。


「こよりちゃん」


 今度は、答えない。答えたら、その声を本物だと認めてしまう気がした。コヨリは奥歯を噛みしめ、出口へ走る。背中に刺さる声は痛かったけれど、ログルの足音も一緒に聞こえた。


 それだけで、今は十分だった。


 教室の出口を抜けたあと、コヨリは廊下の壁にもたれた。親友擬態は追ってこない。けれど、耳の奥にはまだ声が残っている。


「ログル、わたし、ちょっと怒ってる」

「はい」

「友達の言い方をまねるなら、ちゃんと友達の優しさまでまねてほしい」

「敵なので、優しさの形だけ使っているのでしょう」

「形だけって、一番いや」


 コヨリは黒板消しの粉で白くなった手を見て、指でこすった。粉は落ちた。でも、胸のざらざらは残る。


「帰ったら、親友に言う。変な異世界で、あなたの偽物に会ったって」

「信じてもらえるでしょうか」

「ゲームの話だと思われるかも」

「かなり長いゲームです」

「ほんとだよ!!――マジでえええええええ長すぎるよ!」


【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1031回

千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【死亡対象上書き Lv.1】

【千回死亡条件破壊 Lv.1】

【死亡ログ返還 Lv.1】

【ログ差し戻し Lv.3】

【手招き警戒 Lv.1】

【返事保留 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【親友擬態識別 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

親友の姿をした敵に刺されながらも、ログルを置いていけという違和感を掴んだ。


ログル

自分を置いていけと言われて、いつもより少し静かになった相棒。


アドミニス

説明しようとして言葉を飲み込んだ主神。今回ばかりは軽口を出しにくい。


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