親友フロア――本物ならそんなこと言わない
親友に似た声が、やさしく呼びます。
やさしい言葉ほど、罠の匂いがします。
ログルを置いていけと言う親友は、親友ではありません。
教室の扉が開いた。
コヨリは入る前に、小石を一つ転がした。小石は床を三マス進み、机の脚に当たって止まる。爆発しない。床も抜けない。壁も笑わない。
「安全?」
「今の範囲では、です」
「言い方が全然安心させる気ない」
教室の中は、コヨリの記憶より少しだけ広かった。机の数が多い。黒板の文字はぼやけているのに、窓際の一席だけははっきり見える。そこに、親友に似た女の子が座っていた。
「こよりちゃん。やっと来た」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。姿はぼんやりしている。けれど、笑い方だけが妙に鮮明だった。何度も一緒に笑った記憶が、勝手に形を与えてしまう。
「ログル」
「はい」
「似てる」
「分かります」
ログルは、否定しなかった。そこが逆に痛かった。
親友に似た子は、椅子から立ち上がらず、両手を広げた。
「もう大丈夫だよ。こっちにおいで」
「......」
「がんばらなくていいよ。もう死ななくていいよ」
「......」
「その変な動物も、神様も、ぜんぶ忘れていいよ」
コヨリの顔が、すっと変わった。
「ログルを?」
「うん。だって、こよりちゃんの世界にはいない子でしょ。帰るなら、置いていかなきゃ」
ログルの宝石が、小さく震えた。
コヨリは、一歩も動かなかった。
「違う」
「こよりちゃん?」
「本物なら、そんなこと言わない」
机の並びが、ぎしりと鳴った。親友に似た子の笑顔が、少しだけ横に伸びる。
「どうして?」
「わたしの友達なら、知らない子でも、わたしが大事にしてたら、置いていけなんて言わない」
「でも、帰りたいんでしょ?」
「帰りたい。でも、それとログルを捨てるのは別」
親友に似た子の目が黒くなった。
「こっちにおいで」
声が変わった。優しさの皮の下から、冷たい命令がにじむ。
「後ろへ。机の間は罠です」
「うん!」
コヨリは後ろへ下がろうとした。だが、教室の床に浮かぶマス目が、一瞬だけ親友の笑顔に重なった。帰りたいという気持ちが、足を鈍らせる。
ほんの半歩。それだけ遅れた。
親友に似たものの腕が、机をすり抜けて伸びた。抱きつくように見えて、触れた場所から体温を吸い出す。コヨリの指先が冷たくなり、視界の端でログルが叫んだ。
「勇者様!」
「......本物なら、こんな抱き方しない」
言い切ったところで、白い光が落ちた。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1029 → 1031】
【死因:親友の声に近づいたら抱きつかれて吸われた】
【評価:優しい言葉に敵意が混ざっていました】
【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】
拠点で戻ったコヨリは、しばらく起き上がらなかった。反省会テーブルの上に、ログルが黙って温かい飲み物を置く。
「ログル」
「はい」
「わたし、本物の友達にも会いたい」
「はい」
「でも、偽物に会うの、きつい」
「......はい」
白い窓の中で、アドミニスが何かを言おうとしてやめた。
【新規獲得:親友擬態識別 Lv.1】
「ログル」
「はい」
「スキル名がつらい」
「ぼくも、少し嫌です」
反省会テーブルでは、ログルが親友擬態の台詞を書き出していた。
【もうがんばらなくていい】
【その変な動物も忘れていい】
【帰るなら置いていかなきゃ】
コヨリは三つ目の文字を指でつつき、むっと頬をふくらませた。
「ここ。ここが偽物ポイント」
「はい。勇者様の判断は正しいです」
「でも、最初の二つはずるい。すごくずるい」
「はい」
ログルは、いつものように即座に説明を足さなかった。コヨリは湯気の立つカップを両手で包む。リュシアが置いていった甘い飲み物は、喉を通る時だけ少し現実に似ていた。
「わたし、がんばりたくない時あるよ」
「知っています」
「もう死ななくていいよって言われたら、そっち行きたくなる」
「それでも、止まりました」
「死んだけどね」
「止まったあと、半歩遅れただけです」
「半歩で死ぬゲーム、教育によくない」
ネムが死因図鑑室の扉から顔だけ出した。
「半歩死亡は、既に六件あります」
「数えないで! わたしの半歩を統計にしないで!」
再戦の前に、ベルが一枚の紙を差し出した。魔王軍式の確認表だった。
「勇者様、親しい相手に見える敵ほど、言葉の中身を確認してください。見た目、声、泣き方ではなく、要求内容です」
「要求内容」
「はい。『こちらへ来てください』『仲間を捨ててください』『記憶を忘れてください』など、契約上かなり危険な文言が含まれます」
「親友擬態、契約書みたいな怖さある」
「主神様よりは読みやすいです」
白い窓の中でアドミニスが傷ついた顔をしたが、誰も慰めなかった。
教室へ戻ると、親友に似た子は窓際の席で待っていた。前よりも本物らしい。机に置かれたノートには、コヨリが元世界で書いた落書きに似た丸い絵まで再現されている。胸が痛む。偽物だと分かっていても、記憶の欠片は本物だからだ。
「こよりちゃん。今度こそ、こっちにおいで」
「行かない」
「どうして。わたし、待ってたのに」
「本物なら、わたしが怖がってたら、まず『大丈夫?』って聞く」
「大丈夫だよ」
「遅い。今、言われたから言ったでしょ」
親友擬態の笑顔が、ほんの少し固まった。
「その子、邪魔だよ」
「ログルは邪魔じゃない」
「帰れなくなるよ」
「ログルがいても帰る」
「そんなの無理だよ」
コヨリはそこで、一歩も動かずに笑った。泣きそうなのを、笑いに変えた。
「無理って言う親友は、わたしの親友じゃない。わたしの親友なら、『じゃあ作戦立てよ』って言う」
ログルの宝石が、淡く光る。
「勇者様、右後方に逃げ道。机の影に落とし穴が一つあります」
「見えてる」
「左前の椅子は噛みます」
「椅子が噛む学校、校長先生に言いつけたい」
親友擬態が机を蹴った。教室中の椅子が、一斉に口を開ける。コヨリは泣きながら笑い、右へ一マス。椅子の歯が制服の裾をかすめた。
「ログル、次!」
「黒板消しを投げてください。粉で視線が切れます」
「学校備品の正しい使い方じゃない!」
黒板消しを投げると、白い粉が舞った。親友擬態の輪郭がにじむ。その奥で、本物によく似た声だけが残った。
「こよりちゃん」
今度は、答えない。答えたら、その声を本物だと認めてしまう気がした。コヨリは奥歯を噛みしめ、出口へ走る。背中に刺さる声は痛かったけれど、ログルの足音も一緒に聞こえた。
それだけで、今は十分だった。
教室の出口を抜けたあと、コヨリは廊下の壁にもたれた。親友擬態は追ってこない。けれど、耳の奥にはまだ声が残っている。
「ログル、わたし、ちょっと怒ってる」
「はい」
「友達の言い方をまねるなら、ちゃんと友達の優しさまでまねてほしい」
「敵なので、優しさの形だけ使っているのでしょう」
「形だけって、一番いや」
コヨリは黒板消しの粉で白くなった手を見て、指でこすった。粉は落ちた。でも、胸のざらざらは残る。
「帰ったら、親友に言う。変な異世界で、あなたの偽物に会ったって」
「信じてもらえるでしょうか」
「ゲームの話だと思われるかも」
「かなり長いゲームです」
「ほんとだよ!!――マジでえええええええ長すぎるよ!」
【今回の勇者ステータス】
現在シード:帰還座標シード
クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現
総死亡回数:1031回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【一フレームの神様 Lv.3】
【死亡対象上書き Lv.1】
【千回死亡条件破壊 Lv.1】
【死亡ログ返還 Lv.1】
【ログ差し戻し Lv.3】
【手招き警戒 Lv.1】
【返事保留 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【親友擬態識別 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ
親友の姿をした敵に刺されながらも、ログルを置いていけという違和感を掴んだ。
ログル
自分を置いていけと言われて、いつもより少し静かになった相棒。
アドミニス
説明しようとして言葉を飲み込んだ主神。今回ばかりは軽口を出しにくい。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマーク登録や評価、コメント、レビューで応援していただけると嬉しいです!




