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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第26章 帰還座標シード――ただいまの声は罠

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友達フロア――名前を呼ばれたら返事をしてしまう

学校の昇降口に、知っている顔が並んでいます。

名前を呼ばれたら、返事をしたくなる。

でも、返事も一手です。

 次に開いた帰還門(きかんもん)の先は、学校の昇降口だった。


 床には砂が少し残っていて、下駄箱には白い名札が並んでいる。窓から入る光はやわらかく、誰かの上履きがきゅっと鳴ったような音まで聞こえた。けれど、天井の蛍光灯は点滅するたび、青白いマス目を床に浮かべている。


「学校、だよね」

「学校に似ています」

「ログル、そこ言い直さないで。心がすりむく」

「すりむいても確認は必要です」


 昇降口の奥から、何人もの子どもが顔を出した。クラスメイトに似た顔。よく一緒に帰った子に似た髪型。給食の時間に笑った声に似た声。


「こよりちゃん」

「おはよう」

「遅いよ」

「早く教室行こう」


 コヨリの喉が、反射で動いた。


「おは......」


 言いかけた瞬間、ログルが前足でコヨリの靴を叩いた。


「返事をしないでください」

「え?」

「ここでは、声も行動判定になる可能性があります」


 コヨリは口を両手で塞いだ。昇降口の空気が、ぴたりと止まる。靴箱の影から出てきた子たちの笑顔も、紙で貼ったみたいに固まった。足元に浮かんだマス目が、返事を待つように薄く明滅している。


 コヨリは心の中で叫んだ。


 返事できない学校、いやすぎる。


 アドミニスの白い窓が、昇降口の壁に小さく開いた。


「勇者ちゃん、返事をすると相手の認識に引っ張られるかも」

「それを先に言う! 名前呼ばれた後じゃなくて、呼ばれる前に言う!」

「今は心の声だから、たぶん一手じゃない」

「たぶんで児童の命を運用するな!」


 子どもたちの中の一人が、少しだけ首をかしげた。


「こよりちゃん、無視するの?」


 その声は、ずるかった。責めるみたいで、寂しそうで、でも一番奥に冷たいものが混ざっている。


「......ごめん。でも、わたしの友達は、返事しないだけで床を殺しにこない」


 その瞬間、昇降口の床が波打った。返事を引き出せなかった記憶擬態(きおくぎたい)たちが、いっせいに笑顔を剥がす。顔の下に、黒い空洞が見えた。


「勇者様、右の下駄箱の裏へ」

「右って、上履き入れるとこ!?」

「はい。今だけ安全マスです」

「学校で下駄箱に避難する日が来ると思わなかった!」


 コヨリは右へ一マス跳んだ。世界が動き出す。子どもたちの腕が伸び、さっきまでコヨリが立っていた場所をつかんだ。爪の先が、黒板消しみたいな音を立てて床を削る。


 廊下の向こうから、もう一度声がした。


「こよりちゃん」


 今度の声は、さっきより近い。コヨリは返事をしなかった。しなかったのに、目だけがそちらを見てしまった。視線が合った瞬間、足元のマス目が勝手に一つ進む。


「視線も!?」

「認識反応です。まずいです」


 子どもの姿をしたものが、倍速で二歩進んだ。


「ずるいずるいずるい! 見るだけで一手扱いは、学校生活が詰む!」


 逃げようとして、コヨリは下駄箱の端に足を引っかけた。転び慣れで体勢は立て直したが、その一手が遅れになる。黒い腕が、背中に触れた。


【死亡ログ】

【総死亡回数:1027 → 1029】

【死因:名前を呼ばれて返事をしかけ、視線で認識された】

【評価:礼儀正しい子ほど危険】

【拠点側保存:本人死亡ログ/座標因子反動ログ】


 拠点で目を覚ましたコヨリは、床に突っ伏したまま言った。


「学校であいさつ禁止とか、道徳の授業が泣くよ......」

「新規獲得です。【返事保留 Lv.1】」

「そんなスキル、現実で使いたくない!」


 死因図鑑室には、その日のうちに新しい札が増えた。


【返事は一手】


 コヨリはその札を見て、両手でほっぺたを押さえた。


「礼儀を死因にしないでほしい」

「勇者様の元世界では、名前を呼ばれたら返事をするのが普通なのですね」

「うん。普通。先生にも怒られる」

「このフロアでは、先生も敵になる可能性があります」

「学校生活の信頼を根こそぎ奪わないで」


 ログルは反省会テーブルの上に、三枚の札を並べた。声、視線、足元。それぞれに丸と×がついている。声は×、視線は△、足元は最優先。子どもの安全教室というより、暗殺者養成講座だった。


「次から、返事は心の中だけにしてください」

「心の中で『はい』って言えばいい?」

「はい。ただし、心を読む敵がいる場合は危険です」

「もう何を信じればいいの!」

「小石です」

「小石、万能説やめて!」


 再突入した昇降口では、友達に似た子たちが今度も並んでいた。上履きの匂い、廊下のワックス、遠くで鳴るチャイム。全部が本物に近い。だから、ひどい。


「こよりちゃん」

「ねえ、聞こえてる?」

「返事してよ」


 コヨリは口を閉じたまま、胸元のポケットから小さな紙を出した。拠点でログルと作った紙札だ。そこには大きく、子どもらしい字で書いてある。


【返事しません。床を見ます】


 友達擬態たちは、きょとんとした。ログルが小声で言う。


「勇者様、紙を見せる行動で一手進みました」

「えっ」


 廊下の奥から、黒い腕が一マス分だけ伸びる。コヨリは紙札を胸に戻し、上履き箱の影へ滑り込んだ。


「紙でも一手なの!? 世の中きびしい!」

「かなり丁寧に判定されています」

「親切じゃなくて陰湿!」


 友達擬態の一人が、頬を膨らませた。


「こよりちゃん、前はもっと返事してくれたのに」


 その言葉に、コヨリの指が止まる。前は。こっちへ来る前の、普通に学校へ行っていた日のことを言っているように聞こえた。でも、違う。これはコヨリの記憶を材料にした声だ。材料が本物でも、料理人が敵なら食べてはいけない。


「ログル」

「はい」

「本物の友達って、わたしが返事できなくても、理由を聞いてくれるよね」

「少なくとも、黒い腕は伸ばさないと思います」

「そこは絶対って言って」

「絶対です」

「よし」


 コヨリは息を整えた。右の下駄箱、二マス先の床、壁際の傘立て。傘立てに入っている傘のうち一本だけ、先端がぴくぴく動いている。敵だ。


「傘も敵?」

「記憶擬態の補助器官です」

「学校の備品にまで敵意がある!」


 コヨリは傘立てではなく、反対側の靴箱に向かって小石を投げた。小石が当たると、靴箱の扉がぱかっと開き、中から黒い手が出た。友達擬態たちは、そこへ一斉に視線を向ける。


「今!」


 ログルの声で、コヨリは一マス抜けた。返事はしない。謝らない。目を合わせない。胸の中だけで、ごめんね、と言う。本物に会えたら、ちゃんと声に出す。そのために、今は黙る。


 昇降口の出口にたどり着いた時、背中から一斉に声が重なった。


「こよりちゃん」


 コヨリは振り返らず、小さく舌を出した。


「返事は予約制です。偽物は対象外」


 ログルが珍しく、ほんの少し笑った。


 出口の手前で、チャイムが鳴った。反射的に急ぎたくなる音だった。遅刻、先生、みんなの視線。そんな記憶が足を押す。


「走らないでください」

「分かってる! でもチャイムが急かす!」

「音による行動誘導です」

「学校の音、全部敵に見えてきた!」


 コヨリはランドセルに似た黒い塊をまたぎ、昇降口の外へ出た。出るだけで息が切れる。学校へ行くだけの場所が、こんなに命がけになるなんて、元世界の自分に言ったら絶対信じない。


「ログル」

「はい」

「帰れたら、ちゃんと返事する」

「はい」

「でも今は、無視じゃなくて攻略」

「成功ログにそう書きます」


【今回の勇者ステータス】

現在シード:帰還座標シード

クラス:帰還者見習い/地図師適性再発現

総死亡回数:1029回

千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止

神様側死亡ログ送信:遮断維持

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】


【獲得済み主要スキル】

【一フレームの神様 Lv.3】

【死亡対象上書き Lv.1】

【千回死亡条件破壊 Lv.1】

【死亡ログ返還 Lv.1】

【ログ差し戻し Lv.3】

【死亡ログ所有権確認 Lv.2】

【千回後死亡ログ確認 Lv.1】

【手招き警戒 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【返事保留 Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ

名前を呼ばれると返事をしたくなる普通の子。普通の礼儀がダンジョンでは死因になる。


ログル

声、視線、足元を同時に警戒した相棒。返事まで止めるのは少しつらそう。


記憶擬態

友達の姿と声を借りる敵。本物ではないが、似せ方がかなりいやらしい。


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