帰還門仮起動
扉は開きかけた。
けれど、開くためには拠点との接続を切るかもしれなかった。
仮起動の表示は、祝福より先に警告を連れてきた。帰還門の輪郭に取っ手が生まれ、蝶番が光り、向こう側に元世界らしい夜の色が揺れる。だが次に浮かんだ文字で、コヨリの息は止まった。
【帰還門:仮起動】
【安定因子:名前/記憶/縁/扉】
【不足因子:座標/時間】
【警告:帰還時、拠点接続が切断される可能性あり】
「拠点接続が、切断」
「可能性です」
「可能性、嫌いになりそう」
「ぼくも、あまり好きではありません」
アドミニスが言う。
「拠点接続を切れば、帰還成功率は上がる」
刃物みたいにまっすぐな言葉だった。コヨリは怒鳴る前に、ログルを見た。ネム、ゼルド、ベル、返還ログ倉庫、死因図鑑室、停止した千回カウンターを見る。全部が拠点の床にある。
「それ、置いていけってこと?」
「選択肢の一つだ」
「今の言い方、嫌い」
「分かっている。でも隠す方がもっと悪い」
「それはそう。だから余計に腹立つ」
ベルが警告文の下へ紙を貼る。
【拠点接続切断:拒否】
【代替案:細線接続/分割参照/帰還後再接続】
「ベル、ありがとう。文字があるだけで息ができる」
「選択肢は神様に出されるものではありません。こちらで増やすものです」
ネムは受付票を置き、ゼルドは影を扉の下へ流す。コヨリは羽ペンで警告の横へ書き足した。
【置いていかない】
「難しくなる」とアドミニス。
「知ってる」
「帰還成功率は下がる」
「それも知ってる」
「それでも?」
「帰りたい。でも、置いていきたくない。どっちかだけ本当ってことにしない」
仮起動の熱が強くなる。近づきすぎれば焼かれる。コヨリは一歩下がるつもりだった。だが床の警告が反転する。
【拠点接続確認】
【接続線に触れますか?】
「触れません!」
「声だけでは入力になりません」
「拒否ボタンを足元に出すなあああああ!」
拒否ボタンを踏むための一歩が、熱の縁へ引っかかった。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1023回 → 1024回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:仮起動した帰還門の熱に近づきすぎ、拠点接続警告ごと焼かれた】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
仮起動の白い熱から戻ると、コヨリはすぐに拠点の床を触った。ある。まだつながっている。停止カウンターは黒いまま、帰還門だけが奥で低く鳴っていた。
「拠点、まだある?」
「あります」
「ログルも?」
「ここにいます」
「ネムもベルも魔王さんも?」
「全員、接続確認中です」
「よかった......死んだけど、そこはよかった」
アドミニスは成功率の話を続けなかった。言えば正しいかもしれない。でも、正しいだけの言葉で何度も傷つけたことを、ようやく覚え始めている。
仮起動の表示は、まるで成績表のように冷たかった。
【帰還門:仮起動】
【安定因子:名前/記憶/縁/扉】
【不足因子:座標/時間】
【警告:帰還時、拠点接続が切断される可能性あり】
「最後の一行、見なかったことにしていい?」
「できません」とログル。
「だよね! 見えちゃったもんね!」
アドミニスは、しばらく黙っていた。言うべきかどうか迷っている顔だった。コヨリはその迷いに気づき、先に言う。
「隠したら怒る」
「拠点接続を切れば、帰還成功率は上がる」
「ほら怒るやつ!」
ベルの羽ペンが折れそうな音を立てた。ネムは受付票を伏せ、ゼルドは低く唸る。ログルだけが、コヨリを見ている。コヨリはすぐに怒鳴れなかった。怒鳴るには、言葉の中身が重すぎた。
「拠点接続を切るって、ログルは?」
「保証できない」
「ネムは」
「保証できない」
「ゼルドさんやベルは」
「保証できない」
「消えたシードのログは」
「......保証できない」
コヨリは拳を握った。
「保証できないこと、多すぎ」
「だから、帰還成功率だけを見れば」
「だけを見れば、って言い方がもう嫌」
帰りたい。玄関を見た。声も聞いた。胸がまだ痛い。帰りたいのは本当だ。ずっと本当だった。
でも、ログルを見る。ネムを見る。ゼルドを見る。ベルを見る。返還ログ倉庫の奥で眠る世界種を見る。全部が、ここで死んで覚えたものだった。
「帰りたい」
その言葉は、思ったより小さかった。
「でも、置いていきたくない」
帰還門が、その二つの言葉に反応した。白い波が床を走る。
警告文の横に、コヨリは『置いていかない』と書いた。ベルが代替案を並べ、ログルが接続線を数える。怒りではなく、選択肢を増やすためのメモだった。
【今回の攻略メモ】
【帰還門仮起動 Lv.1】
【拠点接続切断を即決しない】
【帰りたい気持ちと置いていきたくない気持ちを両方残す】
ログルは警告表示を三度読み直した。
「拠点接続が切断される可能性。可能性の大小は不明」
「神様、そこを不明にしないで」
「切るつもりで作った扉だからだ」とアドミニスが言う。
「今なんて?」
「元の設計では、帰還時に異世界側の接続を切る。そうしないと、元世界へ余計なものが流れ込む可能性があった」
「余計なものって、ログルたち?」
「そう扱っていた」
「はい、怒ります」
コヨリは怒る、と宣言してから怒った。叫びはしたが、踏み込まない。床が光っているからだ。怒りながら足元を見る。成長である。腹立つ成長である。
「余計なものじゃない! ログルは相棒! ネムは受付! ベルは法務! ゼルドさんは魔王だけど味方寄り! 消えたシードも、わたしが覚えてる!」
「うん」
「うんじゃない!」
「分かった、では足りないね」
「足りない! 接続を切らずに帰る方法を探して!」
「成功率は下がる」
「じゃあ、成功率を上げる攻略をする! わたし、確率のために誰かを落とすのは嫌!」
ベルが低い声で言った。
「それが、帰還門改修の基本方針です」
「法務、まとめがうまい」
「議事録へ記載します」
「議事録が熱い!」
帰還門の波が、コヨリの言葉に反応して強まった。
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
仮起動の警告文が消えたあとも、床には細い白線が残った。コヨリはそこへ『帰還門仮起動』と書き、続けて『置いていかない』を二度書いた。一度では足りなかった。
「置いていきたくないって言ったの、ログに残った?」
「残っています」
「うわ、残るんだ」
「帰還門の方針変更に必要な発言です」
「わたしのわがまま、仕様変更に使われるの?」
「はい」
「なら残して。わがまま採用で」
「神様」
「うん」
「成功率だけで話すの、もう禁止」
「分かった」
「帰りたい気持ちと、置いていきたくない気持ち、どっちも本物だから」
「......うん。どちらも本物だ」
「今のは、覚えて」
「覚える」
コヨリは扉の警告から目をそらさなかった。怖い表示でも、見ないまま選ぶよりはずっといい。
【登場人物紹介】
コヨリ:帰還門仮起動で帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1023回 → 1024回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止/帰還門仮起動後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号16
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【神様協力ログ Lv.1】【接続持ち帰り Lv.1】【帰還座標仮視認 Lv.1】【帰還門仮起動 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【帰還門仮起動 Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
脱出前の接続確認と帰還床事故です。帰還床に乗る前、持ち帰り品・装備・呪い・仲間・倉庫登録を確認しないと後悔します。今回は拠点接続を切れば成功率が上がるという神様の提案を、楽な脱出ルートに見えるが大事なものを落とす罠として処理しました。
帰還門は開きかけました。続きを追ってくださる方は、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援していただけると嬉しいです!




