帰還門の鍵はクリア報酬ではない
宝箱が出た。
だからこそ、開けてはいけなかった。
金色の宝箱は、いかにも報酬ですという顔で通路の中央に置かれていた。箱の上には【帰還門の鍵】。コヨリは一歩近づき、すぐ両手を後ろへ回した。自分の手が信用できない。
「ログル、わたしの手、押さえて」
「了解しました」
「即答!?」
「この距離の宝箱は危険です。勇者様の理性より、宝箱の吸引力が強い」
「わたしの理性を弱い磁石みたいに言うな!」
アドミニスまで慌てて止める。
「それは報酬ではない。試験だ」
「報酬箱の顔で試験するな! ミミックはまだ噛む気が顔に出てる!」
箱の蓋に文字が浮かぶ。
【持ち帰り候補】
【名前】【記憶】【ログルとの記録】【消えた世界種】【魔王ログ】【帰還座標】
【持ち帰り枠:三】
「三って何。命より大事なものが三枠で足りるわけないじゃん」
「帰還門は軽い方が安定する」
「軽くするために誰かを落とすのは却下」
ベルが箱を回り込み、鍵穴ではなく契約欄を見つけた。
「持ち帰りではなく、接続登録に変えましょう」
「ベル、好き。今すごく好き」
「ありがとうございます。ただし作業は面倒です」
「好きがちょっと減った」
「神様よりは信用できます」
「また増えた!」
ベルは【手荷物登録】を【接続登録】へ、【廃棄】を【拠点保管】へ読み替える紙を貼った。アドミニスは目を丸くする。
「そんな抜け道が」
「抜け道ではありません。仕様の読み替えです」
それでも箱は甘い声を出した。
【帰り道、入っています】
「うそでしょ」
「勇者様、手」
「手が! 手が勝手に!」
「手を敵扱いします」
ログルが止めたが一拍遅い。コヨリの指が蓋に触れ、金色の箱が満面の報酬顔で開いた。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1021回 → 1023回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:報酬箱だと思った鍵箱を少し開け、持ち帰り枠不足で圧縮された】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
箱に押し潰されたあと、コヨリはしばらく両手を見張っていた。指は無事だ。だが、総死亡回数は無事ではない。停止カウンターは進まないのに、帰還門の報酬箱はしっかり一敗を刻んでいた。
「宝箱に負けた」
「報酬箱ではなく選択試験箱です」
「箱の種類が増えても負けは負け!」
「神様側へは送信していません。接続持ち帰り事故として保存しています」
「保存するなら、せめて『宝箱に勝ちかけた』にして」
「事実と異なります」
「事実が冷たい!」
アドミニスは箱を閉じようとせず、ベルの読み替えを待った。神様が仕様を押し通さず、誰かの抜け道を待つ。奇妙な光景だった。
宝箱には、宝石も巻物も入っていない。
蓋の隙間から見えたのは、選択肢だった。
【持ち帰るものを選んでください】
【名前】
【記憶】
【ログルとの記録】
【消えた世界種】
【魔王ログ】
【帰還座標】
「全部!」
「その選択肢はありません」
「作って!」
「報酬箱に命令しないでください」
アドミニスが珍しく強い声で止めた。
「それは報酬ではない。試験だ」
「報酬箱の顔で試験するな! 宝箱なら宝箱らしく、金貨とか巻物とか、分かりやすい中身でいて!」
「帰還門は、持ち帰るものを絞ろうとする。絞らないと、元世界へ抜けられない」
「また軽くする話?」
「そうだ」
「ほんとにその発想、何回出すの!」
ベルは箱を見つめ、唇を引き結んだ。
「持ち帰りではなく、接続登録にしましょう」
「またそれ?」
「はい。物として持つから枠が足りません。扉に紐づけ、帰還後も参照できる状態へ移します」
「帰る時にクラウド保存、二回目」
「くらうどが何かは分かりませんが、便利そうなので採用します」
「ベルが異世界クラウドを発明し始めた!」
ログルは箱の縁を調べる。
「勇者様、蓋を開けないでください。見るだけでも選択処理が始まります」
「見たら始まる宝箱、最悪」
「神様仕様の宝箱です」
「全部その一言で説明しようとするな!」
アドミニスは箱へ手を伸ばさない。伸ばしたらコヨリに怒られると分かっているのだろう。その学習だけは早い。
「僕は昔、この箱で選ばせた」
「誰に」
「帰ろうとした勇者たちに」
「その子たちは?」
「選べなかった子もいる。選んで、失った子もいる」
「......そういう話、先にして」
コヨリは箱から一歩離れた。離れたのに、蓋が勝手に少し開く。
報酬箱の蓋には、ログルが赤い紐を巻いた。コヨリは『箱が開いても手を出さない』と書いたあと、自分の手にも同じことを書きたくなった。
【今回の攻略メモ】
【接続持ち帰り Lv.1】
【報酬箱の顔をした試験箱に注意】
【持ち帰り枠ではなく接続登録で抜ける】
報酬箱の中には、選択肢の奥にさらに小さな注釈があった。
【ひとつ選ぶと、他は薄くなります】
【複数選ぶと、持ち帰り枠が破裂します】
【選ばない場合、箱が選びます】
「箱が選ぶな! 勝手に人生の断捨離するな!」
「以前は、箱に選ばせたこともある」とアドミニス。
「今すぐその箱を正座させて」
「箱に膝はない」
「神様は黙って!」
ベルは箱の周囲を歩き、光の縁に爪を当てる。
「選択肢を選ぶ形式そのものが罠です」
「じゃあ、どうするの?」
「選ばず、分類を変えます。持ち帰る、捨てる、ではなく、本人に紐づける」
「また接続!」
「はい。帰還門側に、勇者様の縁として登録します」
「わたし、だんだん人間じゃなくてネットワークみたいになってない?」
「人間だから、つなぐ意味があります」
「ベルがたまに情緒で殴ってくる!」
ログルは箱の底を読む。
「勇者様。蓋に手をかけると、選択処理が始まります」
「触らない。絶対触らない。わたしは宝箱を見ても触らない幼女」
「その宣言は、過去ログと矛盾します」
「今からのわたしを見て!」
その時、箱の方から少しだけ蓋が開いた。
「宝箱が誘惑してきた! こっちが我慢してるのに、向こうから開くの反則!」
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
宝箱の金粉が、出口近くで板の形に固まった。コヨリは『帰還門の鍵はクリア報酬ではない』と書き、蓋の絵を描いてから黒く塗りつぶす。手が勝手に開けないよう、自分に見せるためだった。
「宝箱を我慢したのに宝箱から開いた件、納得いかない」
「誘惑側が能動的になった記録です」
「ログル、罠が成長してるみたいに言わないで」
「実際、帰還門側も勇者様に適応しています」
「ダンジョンに学習能力を持たせるなああ!」
「神様仕様です」
「便利な最悪ワード!」
「神様」
「うん」
「選ばせる箱は嫌い」
「知っている」
「なら、次は箱じゃなくて説明を出して」
「努力する」
「また努力。ログル、要監視」
「記録しました」
コヨリは宝箱から一歩離れた。開けたい気持ちを一歩ぶん押し戻せたなら、それも攻略だ。
【登場人物紹介】
コヨリ:帰還門の鍵はクリア報酬ではないで帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1021回 → 1023回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止/帰還門の鍵はクリア報酬ではない後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号14
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【死亡扱い差し戻し Lv.1】【相棒記録領域 Lv.1】【神様協力ログ Lv.1】【接続持ち帰り Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【接続持ち帰り Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
報酬箱・ミミック・持ち帰り選択のあるあるです。クリア報酬に見える箱ほど開けたいが、ミミックや罠箱、枠不足、選択式報酬で事故ります。今回は【帰還門の鍵】を宝箱として置き、名前・記憶・ログルの記録・世界種を三枠に入れろという無茶な持ち帰り問題にしました。
報酬箱すら信用できない帰還門ダンジョンですが、楽しめたらブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援してください!




