ログルの記録領域
帰還門は、ログルが守った記録を要求した。
神様の端末ではなく、コヨリの記録者として。
ログルの宝石が、帰還門の前で小さく鳴った。鈴に似ているのに、胸の奥がざらつく音だ。白い扉には新しい表示が出る。
【記録領域確認】
【対象:解析神獣ログル】
【旧登録:主神端末】
【現登録:未確定】
「未確定、燃やそう」
「燃やすと、ぼくの登録欄も燃える可能性があります」
「じゃあ丁寧に訂正しよう。燃やすのは神様の欄だけ」
アドミニスは、ログルを元端末と呼びかけた。
「元ではありません」
ログルが静かに言う。
「ぼくは、今も記録者です。ただし、あなたの端末ではありません」
コヨリは茶化そうとして失敗した。喉に何かが詰まる。ベルが端末所有権破棄の書類を叩きつけ、ネムは【相棒記録】と票に書く。
「ログル、無理しなくていい」
「無理はしています」
「正直!」
「でも、ここで記録を切る方が嫌です。ぼくは勇者様が死んだことだけを記録してきたわけではありません。怖がったこと、怒ったこと、宝箱を見て目が泳いだこと、帰ると壁に書いたこと。そういうものも残っています」
「宝箱の目泳ぎは消して」
「重要な判断材料です」
帰還門は、神様側の死亡ログではなく、ログルがコヨリ側へ保存した記録を鍵として求めている。アドミニスが旧命令の危険を説明すると、コヨリはログルを抱き上げた。小さな体が熱い。
「逃げる」
「逃げると記録線が切れます」
「切れないように抱えて逃げる」
「壺を抱えたままモンスターハウスを抜けるようなものです」
「例えが嫌すぎる!」
選べるのは一手。ログル本体を守るか、記録線を守るか、旧命令を切るか。全部やりたい。手は二本しかない。
「勇者様、ぼくの宝石ではなく線を見てください」
「でも、ログルが熱い!」
「ぼくは少しくらい熱くても残ります。記録線が切れると、帰還門は勇者様の生きた記録を読めません」
「言い方がずるい!」
コヨリは記録線へ手を伸ばした。その隙に、返還ログの白い波が押し寄せた。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1018回 → 1019回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:ログルの記録線を守ろうとして、返還ログの反動に弾かれた】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
ログルを抱えたまま戻ったコヨリは、まず宝石の熱を確かめた。熱い。けれど割れてはいない。停止カウンターより先にログルを見るあたり、自分の中で大事な順番がはっきりしてきた気がした。
「ログル、残ってる?」
「残っています」
「神様側には?」
「送信していません。ぼくが保存しました」
「ならいい。死んだのはよくないけど、そこだけは本当にいい」
アドミニスはログルを端末と呼び直さなかった。その一回の沈黙が、謝罪よりも少しだけ信用できる気がして、コヨリは余計に腹が立った。
帰還門の白い枠から、細い線がログルへ伸びた。
【記録領域照合】
【対象:神様側端末ログル】
「違います」
ログルの声は静かだった。静かすぎて、コヨリは逆に背筋を伸ばした。
「ぼくは、神様側端末として作られました」
「ログル」
「けれど、現在の記録権限は勇者様と拠点側にあります。ぼくは、あなたの端末ではありません」
アドミニスは、すぐに謝らなかった。驚いたようにログルを見ている。その間が、コヨリには少し長く感じた。
「......そうだね。君は、もう僕の端末ではない」
「はい」
「記録者として、協力してほしい」
「協力はします。ただし、記録の所有者は勇者様です」
ベルがうなずき、契約紙に一行を足す。
【ログル記録領域:主神所有権なし】
「ベル、その一行、額に入れたい」
「複製を作れます」
「作って。拠点の玄関に飾る」
「玄関が法務事務所になります」
「神様避けになるならいい!」
ログルの宝石が熱を持ち始めた。帰還門は、コヨリの死亡ログだけでなく、ログルが拠点側へ守った記録も要求している。1000回分の死因、1000回分の相談、1000回分の「次はこうしよう」。それは重い。世界種ほど大きくはないが、小さな宝石に入れるには多すぎる。
「ログル、熱い?」
「処理可能範囲です」
「その言い方、だいたい限界近い時のやつ」
「処理可能範囲です」
「二回言うと余計怪しい!」
コヨリはログルを抱えようとした。ログルを守る一手と、記録線を切らない一手。どちらも必要で、同時にはできない。
ログルの記録線は、細いのに簡単には切れなかった。コヨリは『本体だけでなく線も守る』と書き、宝箱で目が泳いだ記録だけは消そうとして失敗した。
【今回の攻略メモ】
【相棒記録領域 Lv.1】
【ログルは端末ではなく記録者】
【生きた記録の所有権を渡さない】
コヨリはログルを抱き上げた。
小さい。あまりにも小さい。こんな小さな宝石に、千回分の死亡ログと、相談と、ツッコミと、泣き言と、反省会が詰まっている。そう思うと、重さが急に変わる。
「ログル、無理しないで」
「無理ではありません」
「その言い方は、無理してる時のやつ」
「勇者様も、よく似た言い方をします」
「うっ」
「記録者は、対象から学びます」
「嫌なところ学ばないで!」
アドミニスは、少し離れて立っている。
「ログルを、僕は端末として設計した」
「聞きたくないような、聞かなきゃいけないような話だね」
「記録を取るための存在だった。感情は、補助反応のつもりだった」
「補助反応で、ここまで一緒に死因ツッコミしてくれたの?」
「そうなるとは、想定していなかった」
「想定してなかったことばっかりだね」
「うん。僕の仕様書は、きみたちに何度も破られている」
ログルが、小さく言った。
「破られたのではありません。更新されました」
「ログル......」
「ぼくは、勇者様の記録者です。帰還門がその記録を必要とするなら、渡します。ただし、所有権は渡しません」
「かっこいい! 相棒が法務まで覚えた!」
ベルが横で深くうなずいた。
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
記録線の光が収まると、足元に小さな記録板が残った。コヨリは『ログルの記録領域』と書き、下へ『所有権は渡さない』を加える。ログルはその行を見て、耳を少しだけ動かした。
「ログルの所有権を額に入れる話、冗談だからね?」
「半分は本気でした」
「ログル!?」
「勇者様が安心するなら、掲示も検討します」
「相棒が健気すぎて心が痛い!」
「痛みも記録します」
「そこは記録しなくていい!」
「神様」
「うん」
「ログルを端末って呼ばなかったのは、ちょっとだけまし」
「ありがとう、でいいのかな」
「違う。今後もそうして、って意味」
「分かった」
「ベル、念のため契約書」
「用意済みです」
ログルの宝石が淡く光る。コヨリはその光を見て、帰還門に必要なのは死んだ記録だけではないのだと、もう一度思った。
【登場人物紹介】
コヨリ:ログルの記録領域で帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1018回 → 1019回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止/ログルの記録領域後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号12
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【神様失敗ログ読解 Lv.1】【帰還門拡張案 Lv.1】【死亡扱い差し戻し Lv.1】【相棒記録領域 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【相棒記録領域 Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
預けた装備・相棒・重要ログを守るか、自分の足場を守るかという選択の変換です。落とした盾を拾う一手、保存壺を回収する一手、復活草を壺から出す一手が死因になります。今回はログル本体ではなく記録線を守る判断が、帰還門攻略の鍵になりました。
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