ネム、死んだことにされたログを返す
ネムは眠そうなまま、死を仕分ける。
死んだものと、死んだことにされたものは違う。
死亡扱い仕分け場は、ネムのために作られたような静けさを持っていた。白い机にログ札が山ほど積まれている。【死亡】【死亡相当】【死亡扱い】【死亡予定】【書類死亡】。最後の札だけ、意味が分からない。
「ネム。書類死亡って何」
「書類が死んでいます」
「書類って死ぬの!?」
「神様の書類は、よく死にます」
ネムは一枚ずつ仕分ける。
「これは死んだ」
「これは死にかけた」
「これは死んでいない」
「これは神様が死んだ扱いにした」
「これは書類が死んでいます」
声は眠そうなのに、迷いがない。アドミニスが小さく言い訳する。
「当時は、区別できなかったんだ。シードが崩れる直前だと、生存と死亡の境界が」
「区別できないものを、死として扱わないでください」
ネムは怒鳴らない。だから場が静かになる。
「わたしも手伝う」
「押印は危険です」
「でも、わたしのログも混ざってるんでしょ」
「はい」
「なら見る。神様にまとめて死んだ扱いされたままなの、嫌だもん」
ベルが説明書を読む。差し戻し印は対象を間違えると自分に返る。壺に入れる道具を間違えるのと同じで、押印ミスは取り返しがつかない。
「ログル、向き」
「印面は下。赤い三角をログ札の名前欄へ」
「名前欄、名前欄......あれ、これ誰の?」
「勇者様の袖です」
「袖!?」
「印が近いです」
「袖だけ異世界配送されるの!?」
慌てた手が滑った。印面が、コヨリの手首へぺたりと触れる。
【死亡扱い差し戻し】
「いま、わたしに押した?」
「押しました」
「冷静に認定しないでええええええええ!」
差し戻し箱が開き、返還ログの渦がコヨリを吸い込んだ。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1016回 → 1018回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:差し戻し印を自分に押し、死亡扱いログの渦へ返送された】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
差し戻し箱から吐き出されたあと、コヨリは自分の手首を見た。印は消えている。停止カウンターは黙っている。けれど、総死亡回数は、事務処理みたいな顔で増えていた。
「受付印で死ぬの、さすがに事務事故すぎる」
「死亡扱い差し戻し事故です」
「分類名まで事務! もっと冒険者っぽくならない?」
「印面確認を怠った結果です」
「説教まで事務!」
アドミニスは票の山へ手を出さなかった。ネムの領域では、神様の速さより、受付の正確さが優先される。コヨリはその順番が少し好きだった。
ネムは、いつもと同じ眠そうな顔だった。
けれど、受付台に座った瞬間、空気が変わった。白い票、黒い票、半透明の票が流れてくる。ネムはそれを一枚ずつ見て、右、左、奥の箱へ分ける。
「これは死んだ」
「これは死んでない」
「これは死にかけた」
「これは神様が死んだ扱いにした」
「これは書類が死んでます」
「最後なに?」
「書類が死んでます」
「書類も死ぬ世界、嫌すぎる!」
アドミニスは票の山を見て、声を落とした。
「当時は、区別できなかった」
「区別できないものを、死として扱わないでください」
「......はい」
ネムの声は小さい。怒鳴っていない。だから、逃げ場がない。コヨリはその横で、受付印を持つ係を任された。単純作業に見えたが、票の文字は油断すると変わる。
【死亡扱い】
【死亡予定】
【死亡希望】
【死亡相当】
【死亡っぽい】
「ぽいで殺すな! 死に“ぽい”をつけるな!」
ログルが票を押さえる。
「勇者様、印を押す前に三秒確認してください」
「三秒はターン消費?」
「ここは受付領域なので、思考時間は消費しません」
「ありがたいけど、受付だけ優しいの腹立つ!」
ネムが一枚の票を差し出した。
【勇者コヨリ:死亡扱い差し戻し】
「これ、わたし?」
「死んでいますが、神様側の扱いは差し戻しです」
「ややこしい!」
「死はややこしいです」
「ネムが言うと説得力が重い!」
コヨリは印を押そうとして、票の裏を見た。裏には【押した者を一時死亡扱い】と小さく書いてある。
「小さい字ィ!」
気づいた時には、指が沈んでいた。
受付台の端に、ネムが『未確認は死ではない』と小さく書いた。コヨリはその隣へ『印は袖に押さない』と書き足し、ログルに静かに見られた。
【今回の攻略メモ】
【死亡扱い差し戻し Lv.1】
【押印前に裏面と向きを見る】
【神様判断の死亡扱いは必ず差し戻し確認】
コヨリは受付印を両手で持った。
「ネム先生、どう押せばいいですか」
「まず、読んでください」
「はい」
「次に、疑ってください」
「はい」
「最後に、押してから後悔しないでください」
「最後だけ急に人生訓!」
ネムは眠そうな目で、票の山を見ている。小さな手つきなのに、迷いがない。一枚ずつ、確実に死と死でないものを分ける。
アドミニスは、それを見てぽつりと言った。
「僕は、この作業を省略した」
「省略しちゃだめなやつだよね」
「うん」
「どうして省略したの」
「時間がなかった。世界の崩壊が近かった。大量のログを処理する必要があった」
「理由は分かる。でも、だめ」
「......うん」
ネムが一枚の票をアドミニスへ向けた。
【死亡扱い:神様判断】
【実態:未確認】
「これを、死として扱ったのですか」
「扱った」
「では、返します」
「どこへ」
「死んでいないところへ」
その言葉に、コヨリはぞくりとした。ネムは眠そうで、淡々としている。けれど、死の境界を守る時だけ、誰よりも強い。
「ネム、かっこいい」
「眠いです」
「かっこいい眠い!」
そしてコヨリは、かっこよさに見とれて自分の印の裏面を見落とした。
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
仕分け場の出口で、古い受付票が石板に変わった。コヨリは『ネム、死んだことにされたログを返す』と書き、横に『印の裏を見る』を足す。二度と袖に押さないための戒めだった。
「受付印ミスで死ぬの、事務事故すぎない?」
「事務事故も死亡ログです」
「ログル、死因の幅が広すぎる!」
「千回を超えたため、分類幅も拡張されています」
「拡張しなくていい!」
「帰還門攻略には必要です」
「何でも必要って言えば通ると思うな!」
「神様」
「うん」
「区別できないなら、死にしない」
「覚えた」
「ネムの前で雑な死亡扱いしたら、わたしより先に受付票が刺さるよ」
「それは、かなり怖い」
「怖がっていいやつ」
ネムは眠そうにうなずき、差し戻し箱を閉じた。コヨリはその音を、死亡ログより大事な音として覚えた。
【登場人物紹介】
コヨリ:ネム、死んだことにされたログを返すで帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1016回 → 1018回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止/ネム、死んだことにされたログを返す後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号11
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【帰還門共鳴 Lv.1】【神様失敗ログ読解 Lv.1】【帰還門拡張案 Lv.1】【死亡扱い差し戻し Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【死亡扱い差し戻し Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
おはらい・識別・印押しミスの変換です。呪い装備を外そうとして対象を間違える、壺へ入れる道具を間違える、巻物を読む相手を間違えると取り返しがつきません。今回はネムの差し戻し印を自分へ押してしまい、死亡扱いログとして返送される事務事故にしています。
死んだことにされたログまで拾う旅です。面白かったら、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援していただけると励みになります!




