魔王ログは帰還門を通れない
帰還門は勇者用だった。
だから魔王のログを、扉は異物として噛んだ。
魔王ログ検査口は、見た目からして人を不快にさせる門だった。白い扉の中央に【勇者専用】、その下に小さく【魔王ログは異物扱い】。ゼルドの影が濃くなる。
「魔王さん、扉を殴る前に相談しよ」
「余はまだ殴っておらぬ」
「影がもう殴ってる」
「影は正直なのでな」
アドミニスが説明する。古い帰還門は勇者専用で、魔王ログは想定外だった、と。ゼルドの声が低く響いた。
「勇者の物語に魔王が含まれぬと、誰が決めた。余は魔王である。だが、貴様らの便利な最終試験官ではない」
「魔王さん、今のかっこいい」
「余は常にかっこよい」
「戻ってきた。よかった、いつもの魔王さんだ」
ベルは扉の縁を調べて顔をしかめる。
「弾くというより、噛みます。魔王ログを入れると、役割裁断機が動きます」
「帰還門に裁断機つけるな! 事務用品みたいな殺意!」
ネムは黒いログ札を見分ける。これは死んだログではなく、役割として処理されたログだと言った。コヨリはその束の中に、魔王軍の勤務表やベルの抗議文を見つける。帰るためには関係ないようで、ここまでの自分には確かに関係していた。
「改造しよう」
「帰還門を?」とアドミニス。
「うん。勇者専用とか古い。わたし、魔王さん抜きで帰る気ない」
「連れて帰るという意味では」
「まずは置いていかないって意味」
ベルが即座に申請書を書き始めた。
【帰還門拡張申請】
【対象:魔王ログ/魔王軍関係記録/役割被害ログ】
「ベル、書類早すぎ」
「主神様が口を挟む前に形にします」
コヨリは黒いログ札を扉の横の溝へ差し込もうとした。ログルが尻尾で手首を止める。
「勇者様、それは差し込み口ではありません」
「え」
「裁断口です」
「郵便ポストみたいな顔するなあああああ!」
扉が、がちりと噛んだ。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1014回 → 1016回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:魔王ログを裁断口へ差し込み、帰還門の役割裁断機に噛まれた】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
役割裁断機に噛まれたコヨリは、拠点の床で歯を食いしばって起き上がった。停止カウンターは動かない。魔王ログを助けようとして死んだ分まで、神様の点数にならないことだけが救いだった。
「扉に噛まれた。帰還門なのに歯がある」
「扉の歯ではなく、役割裁断機です」
「言い換えても怖いものは怖い!」
「拠点側に保存済み。魔王ログ拡張事故として分類します」
「魔王さんの尊厳とわたしの手首を、同じ事故名にしないで!」
アドミニスは魔王ログの排出表示を消そうとして、ゼルドの視線で手を止めた。都合の悪い表示を消す前に読む。これもまた、神様に必要な訓練だった。
検査口の上に、腹立たしいほど丁寧な表示が出る。
【帰還門:勇者専用】
【魔王ログ:異物判定】
【処理:排出】
「排出って何!? 人をトイレみたいに扱うな!」
「魔王は人ではない」
「アドミニス、今のは本当に最悪寄り」
「訂正する。魔王も、役割だけではない」
ゼルドは笑わなかった。黒いマントの裾が床を焦がす。コヨリはその横顔を見て、ふざけた言葉を一度飲み込んだ。
「勇者専用だったのは、なぜ?」
「帰還門は、召喚された勇者を元世界へ返すための扉として作られた。魔王や拠点住民、シードの記録を通す想定はなかった」
「想定外って便利だね」
「便利に使ってきた。だから、今、刺さっている」
「刺されて当然」
ベルが検査口の横に立ち、即席の改修申請書を広げる。
「帰還門を、勇者専用から勇者接続型へ変更します」
「違いは?」
「勇者本人だけを通すのではなく、勇者が持つ縁と記録を接続対象に含めます」
「ベル、すごい。言葉は難しいけど、なんか希望がある」
「難しい言葉は、神様に逃げ道を作らせないためです」
「やっぱり法務が強い!」
ゼルドは一歩前へ出た。
「余のログを通せ。勇者の物語に魔王が含まれぬと、誰が決めた」
「扉が噛む可能性があります」とログル。
「噛んだら噛み返す」
「魔王さん、扉相手に物理で勝とうとしないで!」
コヨリは魔王ログの黒い輪を持った。重い。けれど、縁の倉庫で見た重さとは違う。これは役割として貼られた重さだ。
検査口へ近づけると、白い扉が口みたいに開いた。
「ほんとに噛むタイプじゃん!」
魔王ログ棚の仮ラベルを見て、ゼルドは不満そうに鼻を鳴らした。コヨリは棚の横へ『勇者専用を拡張する』と書き、裁断口には大きな×印をつける。
【今回の攻略メモ】
【帰還門拡張案 Lv.1】
【差し込み口に見えるものほど確認】
【魔王ログを異物扱いで捨てない】
ゼルドの魔王ログには、やたら失礼な項目が混ざっていた。
【魔王未討伐】
【魔王討伐済み】
【魔王役不足】
【勇者に優しいため不適合】
「最後の札、何!?」
「余に聞くな。余も不快だ」
「勇者に優しい魔王、最高じゃん! 不適合って誰の基準!?」
「神様側の物語条件だ」とアドミニス。
「物語条件で人格を減点するな!」
ゼルドは札を一枚つまみ、白い炎で焼こうとした。ログルが慌てて止める。
「燃やすと、帰還門の拡張材料も失われます」
「では、燃やさずに呪う」
「呪いも処理が面倒です」とベル。
「魔王の尊厳はどこへ置けばいい」
「こちらに専用棚を作ります」
「棚!?」
「魔王ログ棚です」
「余の尊厳が収納家具になったぞ!」
コヨリは笑いかけたが、すぐに真顔になる。魔王も、役割として使われていた。勇者と魔王をぶつけるための札として。ゼルドが怒るのは当然だった。
「帰還門、改造しよう」
「簡単に言うね」とアドミニス。
「簡単じゃないのは知ってる。でも、勇者専用のままだと、わたしが持って帰りたいものを全部弾く」
「持って帰る、ではなく接続する」
「そう。それ。接続する」
ベルが満足そうに羽ペンを鳴らした。
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
魔王ログ検査口の脇に、噛まれた跡つきの石板が落ちていた。コヨリは『魔王ログは帰還門を通れない』と書き、裁断口の絵に大きなバツをつける。ゼルドはその絵を見て、少しだけ満足そうだった。
「魔王ログ棚って、あとで見返したら絶対笑うやつだよね」
「笑える形で保管できるなら、破棄より安全です」
「ログル、笑いを倉庫術にするな」
「勇者様が普段から行っています」
「わたしの人生、倉庫術扱い!?」
「正確には死因整理術です」
「もっと嫌!」
「神様」
「うん」
「勇者専用って表示、もう信用しない」
「拡張する」
「魔王さんも、ネムも、ベルも、ログルも、勝手に弾かせない」
「その分、扉は難しくなる」
「難しい方を攻略するのが、今さら得意になっちゃったんだよ」
コヨリは裁断口へ大きな×印を足した。噛む扉には、まず口を閉じさせるところからだ。
【登場人物紹介】
コヨリ:魔王ログは帰還門を通れないで帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1014回 → 1016回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止/魔王ログは帰還門を通れない後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号10
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【帰還時間警戒 Lv.1】【帰還門共鳴 Lv.1】【神様失敗ログ読解 Lv.1】【帰還門拡張案 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【帰還門拡張案 Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
持ち込み不可・専用装備・種別違いで弾かれる事故の変換です。装備できない武器、入らない壺、通らない扉、店主判定など、分類ミスがそのまま死因になります。今回は勇者専用の帰還門が魔王ログを異物扱いし、差し込み口に見えた場所が裁断口だった、という識別ミスにしました。
魔王ログまで弾かれる帰還門ですが、続きを楽しみにしていただけたらブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援お願いします!




