時間の滝――一秒と一年を踏み間違える
帰る場所が見えても、帰る時刻がずれている。
アドミニスの“誤差”は、幼女に対して大きすぎる。
時間の滝は、水音ではなく秒針の音を立てていた。透明な流れの中を、【一秒】【三分】【明日】【一年後】という札が同じ顔で落ちていく。
「一秒と一年って、普通は見分けつくよね?」
「普通なら」
「普通じゃないんだね?」
「神様の時間管理区画です」
「はい有罪!」
アドミニスは元世界との時間差を説明した。場所だけ合っても、時刻がずれれば家には帰れない。召喚直後へ戻るのか、一日後なのか、何年後なのか。コヨリは滝の前で拳を握った。
「それを誤差って言った神様がいるんだけど」
「言い方が悪かった」
「言い方だけじゃない! 幼女の一年を誤差扱いするな! 夏休み一回ぶんでも大事件なのに!」
ネムは受付票へ時刻印を押し、ベルは契約紙の日付欄を太く囲む。ゼルドは、魔王軍の休暇申請ですら日付が要る、と真顔で言った。
ログルの宝石が赤く光る。
「右の【一秒】は安全そうに見えますが、下に【一年】が重なっています」
「罠の二重底みたいなことするな!」
「左の【三分】は本当に三分です。ただし、踏むと満腹度が三十減ります」
「三分でお腹減りすぎ! カップ麺より重い!」
アドミニスが声を落とした。前の勇者で、時間だけずれて帰った子がいる。家には戻った。でも、誰もその子を待っていなかった。
「だから、正確にしたかった。正確にしようとして、死因ログを時間の代わりに使おうとした」
「......それ、言い訳?」
「言い訳だね」
「聞く。でも許すかは別」
コヨリは小石を投げ、三分の足場を確認した。だが隣の【一秒】札がターンに合わせて横へずれ、下に隠れていた【一年】が足元へ滑り込む。
「床札までターン制で動くなああああああ!」
世界が一手進み、コヨリは秒針の滝へ落ちた。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1010回 → 1012回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:一秒札の下に一年札が重なっていて、時間の滝へ落ちた】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
秒針の滝から戻ると、コヨリは髪の先をつまんだ。老けていない。縮んでもいない。だが、総死亡回数は増えている。停止カウンターだけが、他人事みたいに黒く沈んでいた。
「一秒と一年を踏み間違えた幼女、語感がひどい」
「神様側送信は遮断。時間札事故として保存済みです」
「保存しなくていい恥ずかしさもある!」
「忘れるとまた踏みます」
「はい、保存してください!」
アドミニスは誤差という言葉を二度目には使わなかった。代わりに壊れた変換表を見せる。その不格好な正直さを、コヨリは渋々メモに残した。
滝の前で、アドミニスはまた言葉を間違えた。
「時間差は、ある程度なら誤差として扱える」
「幼女の一年を誤差って言うな!」
「一年とは限らない。一秒かもしれないし、一日かもしれない」
「幅が怖い! 帰ったら給食の時間か成人式か分からないってこと!?」
「成人式までは」
「否定が遅い!」
ネムが受付票を持ち上げる。
「死亡受付では、時刻は大事です」
「ネム、そうなの?」
「死んだ時刻がずれると、死因が変わります。落ちて死んだのか、落ちる前に死んだのか、書類が面倒です」
「理由は事務だけど、すごく正しい!」
ベルは滝の横に契約杭を打ち込んだ。
「帰還契約には、年月日、時刻、誤差許容範囲を入れます」
「世界間転送でそこまで指定できるとは限らない」
「指定できないなら、できないと書いてください」
「書類が、僕の曖昧さを許してくれない」
「わたしたちも許してないよ」
時間の滝には、足場がいくつも浮いている。【一秒】【一分】【一日】【一年】。ただし、字が時々入れ替わる。ログルは目を細め、コヨリの袖を噛むように引いた。
「勇者様、足場の名前ではなく、影を見てください」
「影?」
「一秒の影は短い。一年の影は、床の奥まで伸びています」
「ローグライクで影を見る日が来るとは」
コヨリは慎重に一秒の足場へ足を置いた。置いた瞬間、文字が裏返る。
【一年】
「詐欺! 時間詐欺! 消費者センター呼んで!」
「消費者センターは世界間管轄外です」
「管轄してえええええ!」
滝が横へ流れた。時間は上から下へ落ちるものだと思っていたのに、神様仕様は横にも落ちるらしい。
時間の滝の飛沫を避けながら、ログルは秒と年の影を写した。コヨリは『時間札は動く』と書き、怒りで三回下線を引いた。
【今回の攻略メモ】
【帰還時間警戒 Lv.1】
【足場の名前ではなく影を見る】
【一秒表示の下に一年がないか確認】
時間の滝のしぶきは、肌に当たると小さな記憶を見せた。
朝の眠さ。夕方のチャイム。ゲームのロード時間。ここで死んで拠点へ戻るまでの白い空白。全部が水滴になって、コヨリの頬に触れる。
「これ、濡れたらまずい?」
「長く浴びると、体感時間がずれます」とログル。
「お風呂より危険な滝!」
「神様側の帰還補正です」
「補正って言葉で何でも許すな!」
アドミニスは、滝の流れを見ながら言った。
「時間を完全に合わせるのは難しい。元世界とこの世界では、流れの単位が違う」
「単位が違うなら、変換表を出して」
「ない」
「作って!」
「作ろうとして、何度か失敗した」
「失敗したなら見せて。隠すよりまし」
「分かった」
アドミニスが指を動かすと、滝の奥に壊れた変換表が浮かんだ。そこには、召喚一秒後、翌日、数年後、存在しない時刻、という嫌な候補が並んでいる。
「存在しない時刻って何!?」
「帰っても、誰にも会えない時間だ」
「そんなところに帰すな!」
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
時間の滝の出口で、秒針の欠片が板になった。コヨリは『時間の滝――一秒と一年を踏み間違える』と書き、横に『誤差禁止』を大きく足す。アドミニスには見える位置に置いた。
「一秒と一年を間違えたログ、後世に残る?」
「残ります」
「消そう! 今すぐ時間の滝に流そう!」
「流すと、帰還時間警戒の獲得条件も流れます」
「スキルの人質!」
「勇者様が死亡から学ぶ構造上、避けられません」
「神様よりシステムが厳しい!」
「神様」
「うん」
「時間を誤差って言ったら、次は滝に突き落とす」
「言わない」
「よろしい」
「厳しい先生みたいだ」
「生徒が神様なの、授業料が高すぎるんだよ」
コヨリは秒針の欠片を靴先で避けた。時間も、帰り道も、雑に踏めば穴になる。
【登場人物紹介】
コヨリ:時間の滝――一秒と一年を踏み間違えるで帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1010回 → 1012回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止/時間の滝――一秒と一年を踏み間違える後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号07
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【記憶ログ識別 Lv.1】【持ち帰り選別 Lv.1】【帰還座標疑似視認 Lv.1】【帰還時間警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【帰還時間警戒 Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
倍速・鈍足・ターンずれの恐怖を時間の滝へ変換しました。敵が一ターンに二回動く、睡眠や混乱で一手がずれる、といった時間系事故はローグライクの定番です。今回は【一秒】に見える足場の下へ【一年】が重なる、表示と実処理がずれる罠にしています。
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