座標の迷路――神様の地図が信用できない
アドミニスが地図を出した。
一番信用してはいけない種類の親切だった。
座標の迷路では、壁そのものが方角を名乗っていた。右の壁には【東】、左の壁にも【東】、正面の床には【だいたい北】。コヨリは入口で三秒ほど固まり、それから両手で顔を覆った。
「帰る場所を探すダンジョンで、方角が自己申告制なの本当にやめて」
「勇者様――方角表示の三割は古い座標、五割は神様の推測、残り二割は罠です」
「合計が全部だめ!」
アドミニスは白い窓の中で古い地図を広げていた。青い点が七つある。どれかが元世界候補らしい。どれか、という時点で信用が死んでいる。
「たぶん、この道が一番近い」
その瞬間、ベルの羽ペンが止まり、ネムのまぶたが少し開き、ゼルドの影が床を押さえた。コヨリはゆっくりアドミニスを見る。
「今、たぶんって言った?」
「......言った」
「禁止語を帰還門ダンジョンに持ち込むなああああああああああ! 未識別の草に【たぶん回復】って名前をつけるくらい悪質!」
ログルは神様地図ではなく、床の反応を読んだ。宝石から伸びた線が、青い安全マスと赤い危険マスを分けていく。ローグライクでは、美しい近道ほど怪しい。階段横の宝箱、出口前の腕輪、通路の真ん中に置かれた壺。経験上、親切すぎる配置はだいたい牙を隠している。
「神様地図は?」
「参考資料です」
「信用は?」
「しません」
「言い切った!」
「記録に基づいています」
コヨリはログルの照合ルートへ足を向けた。だが、青い点の奥に一瞬だけ、夜の横断歩道とコンビニの光が見えた。足は止めたのに、帰りたい気持ちだけが一マス前へ出る。
「勇者様、視線を戻してください」
「見てない。あれは床の模様」
「床の模様に営業時間が出ています」
「家の近所っぽい情報を出すな!」
避けるために半歩ずれた。その半歩が、古い地図の近道と重なる。床が抜けた。
「神様ァ! 地図更新サボるなああああああああああ!」
【死亡ログ】
【総死亡回数:1008回 → 1010回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:座標の迷路で古い神様地図の近道を踏み、帰る家の影ごと床が抜けた】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
コヨリが拠点の床へ転がり出ると、停止カウンターは黒いまま黙っていた。代わりに、総死亡回数の数字だけがこつんと増える。神様地図を信用していないのに、古い近道に足を取られたのが悔しすぎて、起き上がる前から腹が立った。
「古い地図で死んだ!」
「正確には、古い地図の近道と帰還願望の視線誘導が重なった事故です」
「説明が精密だと余計に腹立つ!」
「送信は遮断。拠点側へ座標事故として保存しました」
「よし、神様の点数にはしない。わたしの黒歴史棚には入るけど!」
アドミニスは地図を畳みかけて、途中で止めた。隠すのではなく、古い情報として残す。そういう当たり前を、神様はようやく練習している。
アドミニスの地図は、見た目だけは美しかった。
白い線で描かれた世界の層。青い点が元世界候補、赤い点が異世界側の拠点、黒い点が消えたシードの墓場。問題は、青い点が七つもあったことだ。
「元世界候補、多くない?」
「座標が割れている。召喚時、きみの名前と役割名が混線した影響もある」
「神様のせいじゃん」
「一部は、そうだ」
「全部じゃないみたいな言い方で逃げようとした!」
「逃げてはいない。比率を」
「比率の話をすると怒りが細かくなるだけ!」
ベルが地図の端へ赤線を引く。
「この地図、作成年月日がありません」
「世界間地図に年月日という概念は」
「あります。契約では必要です」
「ベルさん、世界間にも書類を持ち込むね」
「書類がなければ、神様が誤差と言いますので」
ネムは地図の黒い点を見て、受付票を伏せた。ゼルドは青い点の一つを爪で押さえる。
「この候補は、勇者の帰る場所ではないな」
「分かるの?」
「魔王城の匂いがする」
「元世界候補に魔王城混ぜるな! 帰宅したら玄関に玉座あるの怖すぎる!」
アドミニスは咳払いをした。
「座標は揺れるんだ。世界と世界の間に、固定された住所はない。だから、完全な地図というものは存在しない」
「だから、たぶん?」
「......だから、たぶん」
「言った! 禁止語言った!」
ログルが宝石を光らせる。
「勇者様。神様地図は参考資料として扱い、足元の反応を優先します」
「地図を信じすぎない」
「はい。特に、神様が自信ありげに線を引いた道は、古い可能性があります」
「ログル、だいぶ辛辣になったね」
「記録に基づいています」
「それが一番強い」
コヨリは地図を折り、床の反応と照合した。アドミニスの線はきれいだった。けれど、きれいな線ほど罠に見える。
神様地図の余白に、ベルが『参考資料』の赤印を押した。コヨリはその下へ『綺麗な近道ほど疑う』と書き、横断歩道の絵を黒く塗りつぶす。
【今回の攻略メモ】
【帰還座標疑似視認 Lv.1】
【古い地図より足元反応】
【元世界っぽい景色ほど視線を戻す】
座標の迷路では、床の一部が元世界の道路に見えた。
白線。横断歩道。夜のコンビニの明かり。だが、一歩近づくと、それは砂地の通路へ変わる。コヨリは舌打ちした。
「思い出で釣ってくる迷路、性格悪い」
「座標は記憶に引かれます」とアドミニス。
「また引かれる系。帰還門、メンタル弱すぎない?」
「世界間の扉は、意志を無視できない」
「無視して千回殺した神様がそれ言う?」
「......言う資格は薄い」
「薄いじゃなくて、紙くらいぺらぺら!」
ログルが壁へ小さな印をつける。ベルは神様地図へ【参考資料】と大きく書いた。ネムは古い道を選んだ場合の死亡受付票を先に用意している。
「ネム、その票は?」
「落ちた時用です」
「準備がいい! 嫌な方向に!」
コヨリはアドミニスの地図ではなく、自分の足元の反応を選ぶ。前より少しだけ、自分の判断を信じられるようになっている。
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
迷路の壁際に、古い地図の切れ端が石板へ張りついた。コヨリは『座標の迷路――神様の地図が信用できない』と書き、アドミニスの線を全部点線にした。信用度の低さを絵で表すと、少しすっきりした。
「神様地図を疑う勇者って、後で読むと反抗期っぽくない?」
「反抗ではなく検証です」
「ログル、わたしの反抗期まで攻略用語にする気?」
「神様地図の誤差を見抜いた記録として保存します」
「反抗期よりかっこいい!」
「ではその名前で保存します」
「ちょっと待って、本当に保存しないで!」
「神様」
「うん」
「地図を出すなら、古いって最初に言って」
「分かった」
「あと、たぶん禁止」
「努力する」
「努力じゃなくて、言う前にログルへ確認」
「......それがよさそうだ」
コヨリは地図を畳み、ログルの印を上に重ねた。きれいな線より、死んで覚えた足元の方が信用できる。
【登場人物紹介】
コヨリ:座標の迷路――神様の地図が信用できないで帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1008回 → 1010回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止/座標の迷路――神様の地図が信用できない後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号06
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【名前保持 Lv.1】【記憶ログ識別 Lv.1】【持ち帰り選別 Lv.1】【帰還座標疑似視認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【帰還座標疑似視認 Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
未完成マップ、古い地図、ワープ床、近道詐欺の変換です。地図があっても未探索部屋、見えない罠、ワープ先の敵、階段横の誘惑で普通に死にます。今回はアドミニスの古い神様地図を、店価格で推測した未識別腕輪くらい信用ならない参考資料として扱いました。
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