縁の倉庫――持ち帰り枠が足りない
帰るために必要なものほど、倉庫に入りきらない。
持ち帰り枠は、コヨリの情緒に対して小さすぎた。
縁の倉庫は、倉庫というより引っ越し前日の部屋だった。
倉庫の床には、光の紐が山積みになっていた。
ログルとの記録は小さな宝石の線。ネムとの縁は眠そうな銀色の糸。ベルのものは契約紙のリボンみたいで、ゼルドのものは黒い炎の輪に見える。消えたシードの世界種は、抱えるには大きすぎる透明な種だった。
「全部持つ」
「無理です」
「言う前に否定しないで!」
「勇者様の腕は二本、持ち帰り枠は現在八枠です」
「命より大事なものが八枠で足りるわけないじゃん!」
アドミニスが、少し離れた場所で言った。
「帰還門は、軽い方が安定する。縁が多すぎると、元世界の座標へ引っかかる」
「それ、置いていけってこと?」
「違う。落とせと言っているわけじゃない。接続を減らすという意味で」
「言い方が全部捨てさせる側なんだよ!」
ベルが静かに割って入った。怒鳴らないぶん、声が鋭い。
「選別と廃棄は違います。持てないものを捨てるのではなく、帰還門へ接続登録する方法を探します」
「それ、わたしにも分かる言い方でお願い」
「手荷物に入れず、拠点側に保管し、扉を通じて参照させます」
「クラウド保存みたいなこと?」
「くらうど、は存じませんが、神様よりは信用できる保管方法にします」
「ベルの神様評価が地の底!」
コヨリは笑った。けれど、目の前に並ぶ縁ログを見ると、笑いだけでは通れない。どれも拾いたい。どれも置きたくない。役に立つかどうかではなく、ここまで自分が死んで覚えた道に、誰がいたかの記録だった。
試しにログルとの縁を抱える。軽い。ネムの糸を重ねる。まだ持てる。ゼルドの黒い輪を腕にかける。ちょっと重い。消えた世界種を胸に抱いた瞬間、膝が沈んだ。
「重っ! 世界、重っ!」
「世界ですので」
「説明が単純!」
アドミニスが手を伸ばしかけた。コヨリは首を振る。
「手伝わなくていい。捨てる提案しそうだから」
「今はしないよ」
「今は、が信用できない!」
縁ログの山が崩れた。コヨリは全部を守ろうとして、両腕を広げる。守れるはずがない。光の紐と世界種が雪崩れ込み、小さな体が倉庫の床へ沈んだ。
次の一手で、コヨリは読み違えた。
縁の倉庫――持ち帰り枠が足りないの最後で、コヨリは判断を一拍だけ遅らせた。油断とは少し違う。進むための正解に見える一手が、別の角度から死因へ変わる。帰還門の白い光が足首をさらい、さっきまで読めていた盤面を裏返した。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1006回 → 1008回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:縁の倉庫――持ち帰り枠が足りないの攻略中、帰還門仕様の罠を踏んだ】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
縁ログの山から吐き出されたあと、コヨリは床に大の字になった。停止カウンターはぴくりとも動かない。けれど、総死亡回数だけは、引っ越し荷物の段ボールみたいに一個増えていた。
「世界を抱えて圧死、って何」
「かなり重い死因です」
「物理的にも精神的にもね!」
「神様側へは送信されていません。拠点側の持ち帰り選別ログに分類されます」
「分類名が片付け下手の通知みたいで嫌!」
アドミニスは軽量化という言葉をもう一度使いかけ、ベルの羽ペンに刺されそうな顔でやめた。コヨリはそれを見逃さず、床へ新しいメモを書き足す。
ログルは縁ログを計量するみたいに、ひとつずつ床へ置いた。
「この宝石線は、ぼくとの記録です。軽いですが、切れると帰還後の死因学習に穴が開きます」
「絶対持つ」
「この銀色の票束は、ネムさんとの死亡受付ログです」
「持つ」
「この契約紙の束はベルさん」
「持つ」
「この黒炎輪はゼルドさん」
「持つ」
「この透明な種は、消えたシード群の世界種です」
「持......重っ! 世界、重い! 小学生のランドセルより重い!」
「比較対象が急に現実的ですね」
アドミニスは、その世界種を見て目を細めた。
「それは、本来なら帰還門から落とすべきものだった」
「本来なら、って言葉、だいたい嫌い」
「元世界へ戻る扉は、異世界側の重い記録を嫌う。だから、軽くしたかった」
「軽くするって、置いていくってことでしょ」
「......結果としては」
「言い換えてもバレるよ!」
ベルが一歩前に出た。
「主神様。持ち帰り重量の問題を、廃棄で解決するのは下策です」
「代案があるのかい」
「あります。接続持ち帰りです」
「ベルさん、それは」
「荷物として持たず、拠点に保管し、帰還門から参照できるようにします。倉庫の壺ではなく、倉庫そのものを扉へ接続する発想です」
「法務、強っ!」
コヨリは世界種を抱えたまま、目を輝かせた。全部を手で持つ必要はない。全部を捨てない道はある。ローグライクで保存壺の空きが足りない時、床に置けば消えるものもある。けれど拠点はリセットされない。なら、拠点そのものを持ち帰り枠の外側に置けばいい。
アドミニスは驚いていた。神様が驚くのを見るのは、少し気分が良い。
「そんな使い方は想定していない」
「想定してないことをやるために、わたし千回以上死んでるんだよ」
「それを言われると、返す言葉がない」
「じゃあ黙って手伝って」
そしてコヨリは、黙って手伝わせる前に、世界種の山へ埋まった。
縁ログの山は、ベルの仕切りでようやく倉庫らしくなった。コヨリは『全部手で持とうとしない』と書いてから、小さく『でも捨てない』と足した。
【今回の攻略メモ】
【持ち帰り選別 Lv.1】
【手荷物と接続登録を分ける】
【大事なものを重さだけで判断しない】
縁ログに埋もれたコヨリを、ゼルドの影とログルの小さな体が引っ張り出した。
「重かった......」
「全部を抱える一手は、現状では詰みです」
「分かってる! 分かってるけど、置く時に心が痛い!」
「なら、置く場所を決めましょう」とベルが言う。
ベルは倉庫の床を四つに分けた。
【手で持つもの】
【拠点に預けるもの】
【帰還門へ接続するもの】
【今は触らないもの】
「最後の箱、何?」
「未識別の縁です。触ると増える可能性があります」
「縁が増えるのは良いことっぽいのに、触ると死ぬ気配がする!」
「良いものでも、今の持ち物欄を圧迫すれば死因です」
「ローグライクの人生観、厳しすぎる!」
アドミニスが世界種を見て、ぽつりと言った。
「きみは、捨てるのが下手だ」
「悪い?」
「いや。僕は、捨てるのがうますぎた」
「......それは、自慢じゃないね」
「うん。自慢じゃない」
その会話で、倉庫の空気が少しだけ変わった。
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
縁の倉庫の扉には、重量注意の札が残った。コヨリは『縁の倉庫――持ち帰り枠が足りない』と書き、下に『全部手で持とうとしない』を追加する。自分への注意書きとして、かなり切実だった。
「縁ログに埋もれた幼女って、絵面が完全に片付け下手では?」
「片付け下手ではなく、持ち帰り方の未確定です」
「ログル、フォローが事務的!」
「事務的ですが、少し優しめにしました」
「優しさ、どこ!?」
「片付け下手と言わなかった点です」
「言ったも同然!」
「神様」
「うん」
「捨てるのが上手すぎた、って言葉は覚えておく」
「うん」
「次に軽くしようって言ったら、ベルの倉庫へ放り込む」
「かなり怖いね」
「神様用の棚も作る?」
「遠慮するよ」
コヨリは笑い、重い世界種から手を離した。手放すのではなく、つなぎ直す。その違いを、少しだけ覚えた。
【登場人物紹介】
コヨリ:縁の倉庫――持ち帰り枠が足りないで帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1006回 → 1008回
千回死亡条件カウンター:1000/1000 停止/縁の倉庫――持ち帰り枠が足りない後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号05
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【神様案内警戒 Lv.1】【名前保持 Lv.1】【記憶ログ識別 Lv.1】【持ち帰り選別 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【持ち帰り選別 Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
クリア後の持ち帰り枠と倉庫圧迫のあるあるです。強い剣、合成素材、白紙の巻物、保存壺、復活草、全部持ち帰りたいのに枠が足りない。そこで何を捨てるか悩む感覚を、縁ログの選別へ変換しました。捨てるのではなく接続登録にする、というベルの抜け道が今回の打開策です。
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