アドミニス、案内役になる
帰還門の入口には、なぜかアドミニスの案内板が立っていた。
コヨリは案内役の名前を見ただけで警戒する。
帰還門建設予定地の床は、勝手に受付窓口みたいな形へ変わっていた。
白い階段の横には、案内板があった。
【帰還門ダンジョン入口】
【案内役:主神アドミニス】
【信頼度:要確認】
「信頼度が自己申告じゃないところだけは褒める」
「褒められている気がしないな」
「褒めてないからね!」
白い窓の中でアドミニスが肩をすくめた。いつもの軽い笑みはある。けれど、目の奥には疲れが残っていた。コヨリはそれを見て、少しだけ言葉を選びかけた。選びかけて、やめた。疲れているからといって、説明なしで千回殺していい理由にはならない。
「で、何。神様が今さら案内役? 道案内アプリに低評価つけられすぎて、本人が出てきたの?」
「旧式の帰還門ロックは、僕の権限がないと開かない」
「最初から出せばよかったじゃん」
「出せなかった。説明すると、帰還門が拒否反応を起こす仕様があって」
「はい出た、仕様。神様の言い訳界の便利な壺」
「便利な壺ではないよ。割ると、だいたい僕が痛い」
「痛いならなおさら、最初に言って!」
ベルが椅子を引いた。座るためではない。羽ペンと契約紙を置くためだ。
「案内役としての責任範囲を明文化してください。危険情報の隠蔽、旧式ロック解除失敗、誤誘導、|たぶん発言による損害、すべて条項に入れます」
「ベルさん、僕を訴える準備が早いね」
「準備ではありません。すでに始まっています」
「うわあ、神様が法務に刺されてる。絵面だけでちょっと元気出る」
ネムは受付票へ【案内役死亡責任】と書きかけ、途中で首をかしげた。
「案内役さんが死ぬ場合、受付はこちらですか」
「僕は死なないよ」
「そういう人ほど、だいたい書類が死にます」
「書類が死ぬという概念を、僕は今日知った」
ゼルドは鼻で笑い、白い階段を指さした。
「案内役を名乗るなら、まず罠の場所を言え」
「入口すぐの床に、同意床がある」
「あるんかい! しかも入口すぐ! 神様ァ、玄関マットに地雷を混ぜるな!」
コヨリが一歩下がった瞬間、床文字が光った。
【この説明を読んだ時点で同意しました】
「読んでない! 今、読まされた!」
「勇者様――足元、判定が来ます」
「同意してないって叫ぶのは行動?」
「大声は微妙です」
「微妙な仕様で幼女を試すなああああ!」
床が反転し、コヨリの足元だけが白い穴になった。
次の一手で、コヨリは読み違えた。
アドミニス、案内役になるの最後で、コヨリは判断を一拍だけ遅らせた。油断とは少し違う。進むための正解に見える一手が、別の角度から死因へ変わる。帰還門の白い光が足首をさらい、さっきまで読めていた盤面を裏返した。
【死亡ログ】
【総死亡回数:1001回 → 1002回】
【|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止】
【神様側送信:遮断】
【拠点側保存:実行】
【死因:アドミニス、案内役になるの攻略中、帰還門仕様の罠を踏んだ】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点に戻ると、停止カウンターは相変わらず黒いままだった。アドミニス、案内役になるで死んでも、千回条件の針は動かない。けれど総死亡回数だけは律儀に増え、コヨリの機嫌を一段だけ削った。
「増えた」
「はい」
「神様ポイントには入ってない?」
「送信は遮断されています。現在、神様側ポイントカードは停止しています」
「わたしが言うのはいいけど、ログルが正式名称みたいに言うと急に腹立つ!」
「正式名称ではありません。勇者様の比喩を、処理状況に合わせて引用しました」
「その冷静な引用がいちばん腹立つ!」
「なら、まあ......いや、死んでるから全然よくない! わたし、何回死ねばいいの!?」
「帰還門が開くまでです」
「事務回答やめて!」
アドミニスは何かを言おうとして、今度は少し待った。その待ち方だけは、前よりましだった。コヨリは濡れた髪を払うように頭を振り、床へ新しいメモを書き足す。
階段へ入る前に、ベルは本当に契約書を作った。
【案内役アドミニスに関する暫定契約】
【一、危険を知っている場合は黙らない】
【二、たぶんを使う場合は根拠も添える】
【三、勇者を試験材料にしない】
【四、隠し事がある場合は、隠している事実だけでも申告する】
「ベル、四番がすでに不穏」
「完全開示を期待できない相手への最低限の首輪です」
「首輪って言った。神様に首輪って言った」
「必要なら鎖も付けます」
「法務が魔王より怖い!」
アドミニスは文面を眺め、苦笑した。だが、拒否はしない。そこがまた、コヨリにはむずむずした。反省しているのか、追い詰められているだけなのか、まだ識別できない。
「きみたちは、僕を信用していない」
「そりゃそうでしょ」
「うん。信用されることを、僕は手順に入れていなかった」
「また言い訳?」
「反省のつもりだった」
「反省なら、『信用される努力をします』まで言って」
「信用される努力をする」
「棒読み! 神様、感情のチュートリアル受けて!」
ログルが小さく尾を揺らす。
「勇者様、案内役を完全排除すると、旧式ロックの解除に必要な情報が欠けます」
「つまり、使うしかない」
「はい。ただし、信用とは別です」
「道具扱い?」
「協力者扱いです。危険な協力者です」
「危険な協力者って、未識別の腕輪より怖いんだけど」
コヨリは契約書の最後に、自分で一行を書き足した。
【五、コヨリが怒った時、アドミニスは逃げない】
アドミニスはその文字を見て、ほんの少しだけ目を細めた。
「分かった。逃げない」
「今だけじゃないよ」
「今だけではない」
言質を取った瞬間、床の同意罠が発光した。神様仕様は、会話の良い空気を待っていたみたいに性格が悪かった。
そのメモは、攻略情報であり、怒りの置き場所でもあった。
【今回の攻略メモ】
【神様案内警戒 Lv.1】
【神様の案内は使う。ただし、信用とは別】
【帰るための因子は、捨てるのではなくつなぎ直す】
契約書に署名したあと、アドミニスは階段の一段目を指した。
「最初の区画は、名前だ」
「名前?」
「帰還門は、誰を帰すかを決めなければ開かない」
「そんな当たり前のこと、今まで決めてなかったの?」
「決めていた。勇者、という役割で」
「はい最悪。いま最悪の答え出た」
ログルの宝石が低く鳴った。怒りではなく、記録が反応した音だ。
「勇者様。召喚時ログに、名前欠落があります」
「え、わたしの名前、最初から雑に扱われてた?」
「雑というより、急いでいました」とアドミニス。
「急いで誘拐したってこと?」
「......言い換えが強い」
「弱く言ったら許されると思うな!」
階段の奥から、名前札が擦れる音がする。コヨリは深呼吸した。次の区画では、敵を殴るより、自分を自分だと言い張る方が大事になる。なんだそれ、と言いたい。でも、帰るためには避けられない。
帰還門の奥で、次の区画が静かに開いた。
区画の端に、今回の失敗を写す小さな石板があった。コヨリはそこへ、乱暴な字で「アドミニス、案内役になる」と書きつける。きれいな攻略名ではない。むしろ、怒りと焦りと、少しだけ残った笑いをそのまま押し込んだような字だ。
「これ、契約書の余白に残したら、あとで読み返して腹立つやつでは?」
「腹立ちも記録対象です」
「ログル、感情の保管方法が雑!」
「勇者様の怒りは、次回の罠回避に有用です」
「怒りを攻略資源にしないで!」
「すでに複数回、有効活用されています」
「実績で殴るな!」
アドミニスはそのやり取りを、今度は遮らずに待った。待てるなら最初から待ってほしかった、という文句は喉元まで来たが、コヨリは飲み込まない。ちゃんと言う。
「神様。今の待ち方は、少しだけまし。でも、最初からそうして」
「......うん。覚える」
「神様が今さら覚える側に回ってるの、変な感じ」
「君に攻略されたからね」
コヨリは返す言葉を探し、結局、鼻で笑った。
【登場人物紹介】
コヨリ:アドミニス、案内役になるで帰還門攻略に振り回される。ログル:盤面と記録を照合。アドミニス:案内しつつ言い訳を重ねる。ベル・ネム・ゼルド:それぞれ契約、死の扱い、役割の被害から神様仕様を刺す。
【今回の勇者ステータス】
総死亡回数:1001回 → 1002回
|千回死亡条件カウンター《せんかいしぼうじょうけんカウンター》:1000/1000 停止/アドミニス、案内役になる後も不動
神様側死亡ログ送信:遮断維持/拠点保存ログ確認番号02
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
神様仕様突破:【一フレームの神様 Lv.3】【死亡対象上書き Lv.1】【千回死亡条件破壊 Lv.1】
ログ・所有権:【死亡ログ返還 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
帰還門攻略:【千回後死亡ログ確認 Lv.1】【神様案内警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【神様案内警戒 Lv.1】
内部更新:帰還門ダンジョン攻略ログを拠点側へ保存。
【ローグライクあるあるネタ】
案内NPCや説明板を信用しすぎる事故の変換です。看板やチュートリアルが正しくても、読んだ後の一歩で罠を踏むことがあります。さらに同意床、店の出口、初見の床効果のように、文章より足元の方が危険な場面が多いので、アドミニスの案内役化を“信頼度:要確認”として処理しました。
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