1000F、千回目の死亡
1000F。
最後に死ぬのは、コヨリではない。
1000Fの床には、コヨリの名前が白く浮かんでいた。
【1000F】
【第1000死亡】
【死亡対象:勇者コヨリ】
【送信先:主神アドミニス】
【処理:千回死亡条件による世界切替】
広い部屋だった。敵はいない。宝箱もない。階段もない。床、壁、天井、全部が白い。神様の管理画面を、そのままダンジョン最深部にしたような場所だ。
コヨリは、怖かった。
怖い、と言葉にする必要もないくらい、手が震えている。白紙巻物を持つ指が冷たい。ここで失敗すれば、千回目の死亡対象は勇者コヨリで確定する。世界が切り替わる。死亡ログは神様側へ送られる。自分がどうなるのか、アドミニスは答えなかった。
逃げ道はない。
でも、一人ではない。
ネムが窓口を開く。ベルが正式文面を広げる。ゼルドが魔王条件札を黒い炎で押さえる。ミネルが欠けた仕様書の赤線部分だけを読む。ログルが、ひびの入った宝石を高く掲げる。
アドミニスの窓が開いた。
「勇者ちゃん」
「今は、ちゃん付けやめて」
「......コヨリ」
その声は、いつもの軽さを失っていた。
「世界を救うためだったんだ」
「うん」
「本当に、滅びないシードが必要だった」
「うん」
「でも」
「でも――説明しないで、わたしの死を使った」
アドミニスは黙った。
コヨリは泣きそうだった。怒っている。怖い。帰りたい。ログルを失いたくない。ネムにも、ベルにも、ゼルドにも、ここまで残った消えたシードの墓標にも、勝手に消えてほしくない。
「わたし、神様を死なせたいんじゃない」
白紙巻物の端が震える。
「仕様を、死なせたい」
死亡判定が落ちてくる。
攻撃ではない。矢でも爪でも魔法でもない。白い確定処理。名前を持った死が、コヨリの頭上からまっすぐ降りてくる。
【一フレームの神様 Lv.2】が、音を立てて割れた。
割れた中から、さらに細い光が走る。
【一フレームの神様 Lv.3】
世界が止まる。
いや、止まったのではない。確定する直前の、名前がまだ空欄でいる一瞬に、コヨリだけが手を伸ばしている。床の表示がほどけ、【死亡対象:勇者コヨリ】の文字が、白い空欄に戻る。
ベルの声。
「正式文面、今です!」
ミネルの声。
「欠落部分、補完済みです!」
ネムの声。
「対象欄、開けた」
ゼルドの声。
「魔王条件札、こちらで止める!」
ログルの声。
「送信先、拠点側へ差し戻します。勇者様、書いてください!」
コヨリは、白紙巻物に書いた。
【死亡対象:|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】
長い。間に合わないくらい長い。だが、ベルの文面が文字を支え、ミネルの正式名が欠落を埋め、ログルの光が送信線を折り返し、ネムの判子が対象欄を受け、ゼルドの魔力が魔王条件を切り離す。
22章で保存した世界種が、足元で光った。消えたシードの墓場から、名前のない墓標たちが一斉に白い粒を送ってくる。23章でずらしかけた死亡対象名が、今度は揺れるだけで終わらない。
確定する。
【第1000死亡】
【死亡対象:|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】
【死因:勇者コヨリに攻略された】
千回カウンターが、止まった。
音は派手ではなかった。カチリ、という、小さな鍵の音だけ。けれど、その瞬間、神様側へ流れていた死亡ログが逆流し、拠点の棚が一斉に光る。死因図鑑室のページがめくれ、墓標ログ分類台の黒い札が白く縁取られ、帰還門建設予定地に青い線が走った。
コヨリは床に座り込んだ。
死んでいない。
いや、死亡は発生した。第1000死亡は確定した。ただし、死んだのはコヨリではない。神様が作った、|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》。
ログルが、ふらふらとコヨリの膝へ落ちてきた。コヨリは今度こそ抱きしめる。ここはもう、1000Fの処理中ではない。抱きしめても一手ではない。
「ログル」
「はい」
「生きてる?」
「はい。勇者様も、ぼくも」
アドミニスの窓が、白く揺れた。彼は何か言おうとして、言葉を失っている。コヨリは涙を拭いた。勝ち誇るほど元気ではない。怒鳴るほど軽くもない。でも、最後に言うことは決めていた。
「神様ァ」
声は少し震えた。
「仕様、死んだよ」
【死亡回数:999回 → 1000回】
【第1000死亡:対象上書き完了】
【新規獲得:一フレームの神様 Lv.3】
【新規獲得:死亡対象上書き Lv.1】
【新規獲得:千回死亡条件破壊 Lv.1】
【登場人物紹介】
コヨリ:1000Fで第1000死亡判定に触れ、死亡対象を自分から【|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】へ上書きした。死ぬのが怖いまま、最後の一手を選んだ。
ログル:送信先を神様側から拠点側へ差し戻し、コヨリに最後の文を書く時間を作った。ひびだらけでも、完全に相棒として立った。
ネム:死亡受付の対象欄を開き、死んでいないコヨリではなく、正しい対象を受け付けた。死神としての筋を通した。
ベル:正式文面を支え、対象名が逃げないよう契約上の穴を塞いだ。最後の勝利に必要な法務の柱。
ゼルド:魔王条件札を引き受け、勇者と魔王を殺し合わせる処理から最終判定を切り離した。共闘魔王として大きな役目を果たした。
ミネル:正式仕様名の欠落部分を補完。長い説明を飲み込み、必要な一語だけを届けた。
アドミニス:世界救済のためにコヨリの死を使った主神。今回は本人ではなく、彼の作った仕様が敗北した。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:999回 → 1000回
到達階層:1000F
第1000死亡対象:【|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】
クラス:帰還者候補/死因学者系統/帰還者本登録候補
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
最終決戦時:【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【総合盤面確認 Lv.2】【世界種保存 Lv.1】
神様仕様攻略:【一フレームの神様 Lv.3】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ返還 Lv.1】【死亡対象ずらし Lv.1】【死亡対象上書き Lv.1】
所有権・条件系:【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【死亡予定拒否 Lv.2】【魔王条件切り離し Lv.1】【対象名精査 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
レベルアップ:【一フレームの神様 Lv.2】→【一フレームの神様 Lv.3】
新規獲得:【死亡対象上書き Lv.1】
新規獲得:【千回死亡条件破壊 Lv.1】
章末更新:【帰還者クラス:本登録候補】
拠点施設更新:【千回カウンター監視台】→【停止した千回カウンター】
拠点施設更新:【ログ差し戻し台】→【死亡ログ返還炉】
【ローグライクあるあるネタ】
最終フロアでは、強敵を倒すのではなく、条件・対象・持ち物・位置を正しく合わせることが勝利条件になる場合があります。今回は1000Fを「ボス撃破」ではなく、「死亡対象名の上書き」として処理しました。過去の死因ログ、識別、壺、装備外し、モンスターハウス、階段前誘惑、全部が最後の一手へ集約されています。
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