999F、最後の準備部屋
999F。
敵より怖いのは、最後の確認ミスです。
999Fは、拠点に似ていた。
白い床。反省会テーブル。壁の【帰る】。死因図鑑室の棚。魔王相談窓口の小さな看板。ログ差し戻し台。全部が揃っている。けれど、ここは拠点ではない。|神様の究極1000フロアダンジョン《かみさまのきゅうきょくせんフロアダンジョン》の中に作られた、最後の準備部屋だった。
コヨリは入ってすぐ、足元を見た。
「罠は?」
「あります」
「拠点の顔して罠あるの、最悪」
「ここは拠点ではありません」
「似せるなあああああ!」
罠は、机の脚にあった。椅子の下にもある。壁の【帰る】の文字の横には、薄い白い札が貼られている。【帰ったつもり】。コヨリは見つけた瞬間、ものすごく嫌な顔をした。
最後の準備は、実物を並べて行うことになった。言葉だけで確認すると、神様仕様に別の意味を挟まれる。だから、ネムは判子を置く。ベルは正式文面を置く。ゼルドは魔王条件札の切れ端を置く。ミネルは欠けた仕様書の赤線部分だけを置く。ログルは、ひびの入った宝石からログ差し戻しの光を伸ばす。
コヨリの前には、白紙巻物が一枚。
「役割確認」
「ネムさん、死亡受付の対象欄を開く」
「開く。でも、死んでない人の名前では受けない」
「ベルさん、正式文面」
「【死亡対象:|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】です。読点なし、略称なし」
「魔王さん」
「魔王条件札は余が引き受ける。勇者の死亡条件へ戻させぬ」
「ミネルさん」
「正式名の欠落部分だけ読みます。全文説明は」
「しない」
「......しません」
「ログル」
「送信先を神様側から拠点側へ差し戻します」
最後に、全員がコヨリを見る。
コヨリは白紙巻物を握った。
「わたしは、第1000死亡判定の一フレームに手を伸ばす」
口にすると、怖さが現実になる。逃げたくなる。けれど、言わないまま1000Fへ行く方がもっと怖い。
確認は終わった。
終わったのに、コヨリはもう一度見た。判子。文面。札。仕様書。ログル。白紙巻物。足元。階段。もう一度。さらにもう一度。
「勇者様」
「分かってる。確認しすぎも危ない」
「はい」
「でも――最後だから」
「最後だからこそ、終える判断も必要です」
その時、机の上の【帰ったつもり】札が動いた。確認を繰り返すほど、準備部屋が拠点に見えてくる。拠点に見えると、気が緩む。気が緩むと、ここで眠りたくなる。
コヨリのまぶたが重くなった。
ログルが額をぶつけてくる。痛い。目が覚める。でも、一手遅れた。床の白い札が足に巻きつく。
【死亡ログ】
【死因:最後の確認を確認しすぎて、帰ったつもり札に眠らされた】
【評価:準備は終えて、階段へ】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点へ戻ったコヨリは、すぐに立った。泣かない。騒がない。もう、確認するものは分かっている。
「次、行く」
「はい」
「確認は一回。足元は見る。帰ったつもりにならない」
「はい」
反省会テーブルに、最後の札が置かれる。
【第1000死亡判定接触:条件達成】
ログルの宝石が、今までで一番静かに光った。
【死亡回数:998回 → 999回】
【条件達成:第1000死亡判定接触】
次の挑戦で999Fへ戻る前、コヨリは前髪を結び直した。戦闘力は上がらない。HPも増えない。けれど、視界が少しだけ広くなる。そういう小さな準備を、今のコヨリは馬鹿にしなかった。
「ログル、髪、邪魔じゃない?」
「大丈夫です。右目の視界が前回より広いです」
「それ、数値で出る?」
「出せますが、やめておきます」
「なんで」
「勇者様が数値に文句を言うからです」
「よく分かってる」
反省会テーブルには、最後の持ち物が並んだ。白紙巻物、手元の復活草、場所替えの杖、短い拒否文の札、正式対象名の札。壺は一つだけ。空きはある。詰め込みすぎない。
ベルが文面を読み、ネムが判子を確認し、ゼルドが魔王条件札を折りたたむ。ミネルは、説明したい顔をしながら赤線部分だけを差し出した。コヨリは、全員の顔を見た。
「次、1000Fだよね」
「はい」
「怖い」
「はい」
「でも――確認は一回」
「はい」
コヨリは深呼吸した。確認しすぎて眠るのは、もうやった。確認しなさすぎて死ぬのも、何度もやった。だから、今度は一回だけ見る。見たら進む。
壁の【帰る】の下に、最後の小さな文字を書いた。
【行ってくる】
それは作戦名ではなく、出発の挨拶だった。
【登場人物紹介】
コヨリ:999Fの準備部屋で全員の役割を確認したが、確認しすぎて帰ったつもり札に眠らされた。最後の最後まで一手の終え方を学んでいる。
ログル:確認しすぎるコヨリを止め、最後は額をぶつけて起こした。相棒としてかなり直接的な介入。
ネム:死亡受付の対象欄を開く役を確認。死んでいない人の名前では受けないという姿勢を維持した。
ベル:正式文面を読点なし、略称なしで固定。契約文の最終チェック担当。
ゼルド:魔王条件札を引き受け、勇者死亡条件へ戻させない役割を確認した。
ミネル:長い説明を我慢し、正式名の欠落部分だけ読むと約束した。かなり偉い。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:998回 → 999回
到達階層:999F
主な成果:第1000死亡判定へ接触する条件を達成
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
最終準備:【対象名精査 Lv.1】【死亡予定拒否 Lv.2】【魔王条件切り離し Lv.1】【死亡ログ返還 Lv.1】【一手前確認 Lv.1】
継続中核:【一フレームの神様 Lv.2】【ログ差し戻し Lv.3】【死亡対象ずらし Lv.1】【世界種保存 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
条件達成:【第1000死亡判定接触】
内部登録:【確認終了判断】が反省会テーブルへ追加
【ローグライクあるあるネタ】
最終盤では、アイテム確認・装備確認・識別メモ確認が重要ですが、確認に時間をかけすぎると満腹度や状況が悪化したり、気が緩んだりします。今回は「最後の準備部屋」を、拠点に似せた罠として描き、準備を終える判断そのものを攻略対象にしました。
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