ログル再初期化フロア
ログルに、神様側から命令が刺さる。
送信しない相棒は、もう端末ではない。
995Fで、ログルの宝石にひびが入った。
音は小さかった。硝子が冷えた時のような、細くて嫌な音。コヨリは反射でログルを抱き上げようとした。けれど、ログルが一歩下がる。
「勇者様。抱えないでください」
「なんで!」
「ぼくを抱えると、一手使います」
「使うよ! ログル守る!」
「その一手で、死亡ログが送信されます」
床に白い線が走った。ログルの宝石から伸び、天井の管理画面へつながっている。線の上には、冷たい文字。
【再初期化命令】
【未送信死亡ログを送信してください】
【端末状態を復元してください】
「端末じゃない!」
コヨリの声が、995Fの壁にぶつかった。今の叫びは行動判定にならない。ログルが宝石の光で、叫びを盤面外へ逃がしてくれたのだと分かった。
「勇者様。死亡ログの写しを、ログ差し戻し台へ」
「ログルは?」
「ぼくは、送信線を押さえます」
「ひび、増えてる」
「見えています」
「痛い?」
「痛い、という分類でいいと思います」
その言い方が、コヨリには一番つらかった。ログルは痛いと素直に言う練習をしている途中みたいだった。相棒なのに。もう端末じゃないのに。
ベルが書類を投げる。ネムが受付不可印を構える。ゼルドが黒い魔力で白い線を押し返す。だが、ログルの宝石へ刺さった命令は、本人が拒むしかない。
「送信しません」
ログルは言った。
「これは、ぼくの勇者の記録です。神様側の検証素材ではありません」
白い線が震えた。コヨリは写しをつかむ。ログ差し戻し台は、床の向こう。走れば一手。投げれば一手。ログルを抱えるのも一手。
手は二本しかない。
「幼女の標準装備、足りない!」
「勇者様、投げてください」
「ログを?」
「はい。ぼくを信じて」
コヨリは投げた。死亡ログの写しが白い線を越え、ログ差し戻し台へ滑る。ログルの宝石が強く光る。送信線が折り返され、神様側へ向かっていた記録が拠点へ戻り始める。
その反動で、床が割れた。
コヨリはログルを見た。ログルは立っている。なら、いい。そう思った瞬間、割れた床の白い光に飲まれた。
【死亡ログ】
【死因:ログ送信停止の反動に巻き込まれた】
【評価:それでも、送信しない一手でした】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点に戻ったログルは、しばらく何も言わなかった。コヨリは床に座り、ログルを膝に乗せる。今度は危険地帯ではない。抱えても一手にならない。
「痛い?」
「少し」
「少しじゃない顔」
「勇者様の死亡回数ほどではありません」
「比べ方が変!」
笑いながら、コヨリはログルの宝石のひびを指でなぞった。ひびは消えない。だが、宝石の奥で、神様側へ伸びていた白い線が細くなっている。
ログルはもう、送信端末ではない。
【死亡回数:993回 → 996回】
【更新:ログ差し戻し Lv.2 → Lv.3】
【新規獲得:死亡ログ返還 Lv.1】
ログルの宝石のひびは、死因図鑑室の光を受けると細く虹色に光った。きれいだった。だから余計に、コヨリは腹が立った。壊れかけているものをきれいに見せるな、と神様に言いたかった。
「ログル、次も無理したら怒る」
「怒られるより、送信する方が嫌です」
「返しが強い」
「学習しました」
コヨリはログルを両手で包んだ。小さな体温がある。神様側の端末なら、体温なんていらないはずだった。撫でると少し目を細める。その反応も、最初のころよりずっと相棒らしい。
「ぼくは、勇者様の記録を神様に渡すために作られました」
「うん」
「でも――いまは違います」
「うん」
「違う、と言ったので、次も違うままでいます」
言い方はぎこちない。けれど、コヨリには十分だった。
ベルが死亡ログ返還炉の設計図を広げ、ネムが受付印の位置を確認し、ゼルドが送信線を焼き切るための魔力を調整する。ログル一匹の問題ではない。神様側に向かっていた記録を、みんなで取り返す作業になっている。
コヨリは設計図の端へ書いた。
【ログルは端末じゃない】
字が少し強すぎて、紙が破れかけた。ベルに注意されたが、直す気はなかった。
【登場人物紹介】
コヨリ:ログルを抱えるか、死亡ログを差し戻すかの二択で苦しみ、ログルを信じてログを投げた。手が二本しかないことに本気で怒る。
ログル:神様側の再初期化命令を拒否し、「ぼくの勇者の記録」と言い切った。端末から相棒への転換がはっきり出る回。
ベル:書類で送信線の所有権を妨害。直接主役ではないが、裏で支えている。
ネム:死亡ログを未処理扱いにせず、正しい受付へ戻す準備をした。
ゼルド:魔王魔力で白い送信線を押し返した。神様仕様に対する共同戦線の一員。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:993回 → 996回
到達階層:995F
主な成果:ログルが再初期化命令を拒否、死亡ログ返還開始
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
ログ・相棒系:【ログ差し戻し Lv.3】【死亡ログ返還 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【ログ管理 Lv.2】
決戦準備:【対象名精査 Lv.1】【魔王条件切り離し Lv.1】【一フレームの神様 Lv.2】
【今回の新規獲得・更新】
レベルアップ:【ログ差し戻し Lv.2】→【ログ差し戻し Lv.3】
新規獲得:【死亡ログ返還 Lv.1】
重要状態:ログルの神様側送信線が弱体化
【ローグライクあるあるネタ】
アイテムや仲間を守る一手と、今すぐ打開する一手が競合する場面はローグライクらしい緊張です。今回は「相棒を抱える」と「ログを差し戻す」が同時にできない状況にし、一手一動の重さを感情面へ寄せました。便利な端末だったログルが、守るべき相棒になる回です。
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