死亡受付と契約書の990F
死神は受付を閉めたい。
秘書は契約書を直したい。
コヨリは書類で死にたくない。
990Fは、役所だった。
白い窓口が横一列に並び、番号札が空中を飛んでいる。床には矢印。壁には申請書。奥のカウンターには、ネムがいた。眠そうな顔のまま、受付窓口を半分だけ閉めている。
「ネム、ここダンジョンだよね?」
「死亡受付の臨時窓口にされた」
「神様、ダンジョンに役所を入れるなあああああ」
「ぼくも帰りたい」
窓口の前には、白い札が列を作っている。
【死亡予定】
【死亡相当】
【死亡扱い】
【死亡してほしい】
コヨリは最後の札を見て、顔をしかめた。
「最後、願望じゃん」
「受付不可」
ネムは判子を押した。札が煙になる。だが、別の札がすぐ並ぶ。死亡していないものを死亡にしたい神様仕様が、窓口を埋めようとしている。
ベルは隣の机で契約書を広げていた。死亡対象名の書き換え文。魔王条件切り離しの文。ログ所有権の返還文。どれも一文字違えば別処理になる。
「勇者様、ここで正式文面を絞ります」
「今? 敵が並んでるけど」
「並んでいるからです。受付と契約が同時に開いている今しか、対象欄に触れません」
「書類の都合で命がけになるの、すごく嫌!」
コヨリはベルの横に立つ。ネムは札をさばく。ログルは番号札の動きを見る。死亡予定票がこちらへ流れてくるたび、ネムが判子で弾く。ベルの羽ペンは速い。速いが、焦っていない。
候補文が並ぶ。
【千回死亡条件】
【千回死亡処理】
【千回死亡仕様】
【|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】
「長い!」
「正式名に近いほど安全です」
「長いと間に合わない!」
「だから削ります。削りすぎれば誤爆します」
「契約書、ラスボスより怖い!」
「ラスボスより怖いものを相手にしております」
ネムの窓口が揺れた。【死亡してほしい】の束が、判子を避けて流れ込む。コヨリは白紙巻物で受けようとする。ベルは文面の読点を打つ。ログルが止めた。
「その読点、対象が分かれます」
「え」
読点一つで、【千回死亡条件】と【世界切替処理】が別扱いになる。別扱いになれば、片方だけ死んで片方が残る。神様仕様が逃げる。
ベルが書き直す。その一瞬、コヨリが死亡予定票の束を体で受けた。紙なのに重い。願望のくせに、圧がある。
【死亡ログ】
【死因:死亡してほしい票を止めながら、死亡対象名の読点を見失った】
【評価:書類戦でも足元と句読点】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点の反省会テーブルは、書類でいっぱいになった。コヨリは紙の山に埋もれ、顔だけ出している。
「書類で死にたくない」
「死にました」
「過去形やめて」
ネムは【死亡予定拒否 Lv.2】の札を置いた。ベルは正式文面を一行だけ残す。長い説明を削り、対象名を逃がさない形にする。
【死亡対象:|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】
コヨリはそれを見て、深く息を吐いた。
「長いけど、これなんだ」
「はい。殺すべき仕様の名前です」
【死亡回数:990回 → 993回】
【更新:死亡予定拒否 Lv.1 → Lv.2】
【新規獲得:対象名精査 Lv.1】
990Fの書類は、拠点へ戻ってからも机を占領した。コヨリは紙の山を見て、深層モンスターより圧があると本気で思った。紙は噛まない。走らない。だが、読み間違えると死ぬ。そういう意味では、かなり強い敵だ。
「ベルさん、これ全部いる?」
「全部は不要です。不要なものを除くために、全部確認します」
「哲学みたいな嫌さ!」
ネムは、死亡してほしい票を小箱に詰めた。箱には【願望】と書かれている。死亡予定でも、死亡相当でもない。ただの願望。そう分類されるだけで、札の力は少し弱くなった。
「ネム、分類って強いね」
「名前を間違えないの、大事」
「わたしも、死亡対象名を間違えないようにしないと」
「うん。死神的にも、そのほうが助かる」
コヨリは正式文面を何度も読んだ。
【|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】
長い。舌を噛みそうだ。けれど、この長さは逃げ道を塞ぐための長さだ。神様仕様が「それは別処理です」と逃げないようにするための檻。
壁には、ベルの字でこう書かれた。
【短くするのは、正確にしてから】
コヨリはその下に、自分の字で小さく足した。
【あせって略さない】
【登場人物紹介】
コヨリ:死亡予定票を体で止めながら、正式対象名の読点問題に巻き込まれた。紙で死にたくないと言いながら、書類戦の中心に立つ。
ネム:死亡受付の臨時窓口を半分閉め、死んでいないものを死亡として扱う票を拒否した。無気力なのに熱い回。
ベル:死亡対象名の正式文面を絞り込み、読点一つで仕様が逃げる危険を見抜いた。ラスボスより怖い契約書を作っている。
ログル:読点による対象分割を警告。解析がなければ、最後の上書き対象がずれていた。
死亡してほしい票:もはや事実ですらない願望札。ネムに最も嫌われた。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:990回 → 993回
到達階層:990F
主な成果:正式対象名の確定候補を取得
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
契約・受付系:【死亡予定拒否 Lv.2】【対象名精査 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【魔王条件切り離し Lv.1】
神様仕様対策:【一フレームの神様 Lv.2】【ログ差し戻し Lv.2】【死亡対象ずらし Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
レベルアップ:【死亡予定拒否 Lv.1】→【死亡予定拒否 Lv.2】
新規獲得:【対象名精査 Lv.1】
正式候補:【|千回死亡条件による世界切替処理《せんかいしぼうじょうけんによるせかいきりかえしょり》】
【ローグライクあるあるネタ】
名前や対象指定を間違える事故は、白紙巻物や杖の対象ミスに近いものです。強い効果ほど、どの敵・どの範囲・どの条件へ当てるかが重要になります。今回は読点ひとつで対象が分裂する、神様仕様の白紙巻物ミスとして処理しました。
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