魔王条件札の迷路
魔王を倒しても死ぬ。
倒さなくても死ぬ。
存在しても死ぬ。魔王さん、キレていい。
980Fの壁には、魔王ゼルドの名前がびっしり貼られていた。
本人が見たら胃を押さえそうな量である。いや、本人はすでにいた。黒いマントを整えながら、ゼルドは壁の札を読み、数秒で深いため息をついた。
「余の勤務表よりひどい」
「魔王さんの勤務表もひどいんだ」
「勇者よ、そこは掘り下げなくてよい」
札には、矛盾した条件が並ぶ。
【魔王討伐済みなら勇者帰還】
【魔王未討伐なら勇者死亡】
【魔王生存なら世界継続不可】
【魔王不在なら役割再配置】
【魔王代理がいる場合、代理を討伐対象にする】
コヨリは最後の札を見て、ゼルドの前に立った。
「代理、やらない」
「余もやらせぬ」
「魔王さん、今日はかっこいい」
「今日は、とは何だ」
ベルが札の端を確認し、ログルが通路のマス目を見る。魔王条件札は、床罠ではなく壁罠だった。視界に入るだけで、役割を押しつけてくる。勇者、魔王、代理、討伐済み、未討伐。札が人を名前ではなく役に変える。
コヨリはそれが嫌だった。
「魔王さんは、魔王だけど、札じゃない」
「余は魔王である」
「うん。でも、神様の処理札じゃない」
「......それは、その通りだ」
ゼルドはマントを翻し、壁の札へ手を伸ばした。魔王権限が黒い炎になり、【魔王討伐済み】の札を焼く。だが、焼いた隣から【魔王未討伐】が増える。さらに【魔王生存なら世界継続不可】が床へ落ち、コヨリの足元へ滑ってきた。
「勇者様、踏まないでください」
「踏みたくない!」
「右に逃げ道」
「右、魔王代理札!」
「左は討伐済み札です」
「どこも魔王だらけ!」
ゼルドが前に出る。札が彼のマントに貼りつく。ベルが剥がす。ネムが受付不可印を押す。だが、条件札は数で押してくる。コヨリは白紙巻物を出し、短く書いた。
【魔王条件を勇者死亡条件から切り離す】
文字は発動した。札の一部が剥がれ、勇者コヨリの名前から少し離れる。成功しかけた瞬間、壁の奥から別の札が飛び出した。
【魔王を守った勇者は魔王側】
「分類が雑!」
コヨリの足元に魔王代理札が貼りつく。ゼルドが手を伸ばしたが、一手遅い。
【死亡ログ】
【死因:魔王を札から守って、魔王代理札に任命された】
【評価:代理就任は本人確認をしてから】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点の魔王相談窓口で、ゼルドは真面目に怒っていた。
「勇者と魔王を殺し合わせる構図は、物語として分かりやすい。だが、それを処理札にして本人の意志を消すなら、余はその構図を拒む」
「魔王さん、やっぱり今日はかっこいい」
「今日は、を外せ」
ベルは【魔王条件切り離し】の書類をまとめた。コヨリは、魔王代理札の残骸に【勝手に就任させない】と書く。
この戦いは、コヨリだけのものではない。勇者を使い、魔王を使い、世界を切り替える神様仕様。その全部を、少しずつ切り離していく。
【死亡回数:987回 → 990回】
【新規獲得:魔王条件切り離し Lv.1】
魔王相談窓口の掲示板には、魔王条件札の残骸が貼られた。ゼルドはそれを見て、腕を組む。怒っているのに、どこかほっとしているようにも見えた。少なくとも、札にされて黙っているよりはずっと魔王らしい。
「余は魔王である。だが、魔王という役割に閉じ込められるために存在しているわけではない」
「魔王さん、やっぱり演説うまい」
「演説ではない。苦情だ」
「苦情が重厚」
ベルは、その苦情を正式文書に変え始めた。コヨリは横から覗き込み、漢字が多すぎてすぐ諦める。ログルは要点だけを宝石に映した。
【勇者と魔王を、世界切替処理の駒として扱わない】
短くなると、コヨリにも分かる。ゼルドにも、ベルにも、ログルにも、それぞれ言い方は違う。でも向かっている場所は同じだ。神様仕様が勝手に役割を貼ってくるなら、その札を剥がす。
コヨリは魔王代理札の残骸をつついた。札はまだ小さく震えている。
「勝手に代理にしないでね」
「勇者様、札に話しかけても」
「言っとかないと、またやるもん」
「その警戒は正しいです」
ゼルドが珍しく小さく笑った。笑われたのに、コヨリは嫌な気がしなかった。
【登場人物紹介】
コヨリ:魔王条件札に囲まれながら、ゼルドをただの処理札にしないために動いた。結果として魔王代理に任命されて死ぬが、条件切り離しの足がかりを得た。
ゼルド:魔王として、自分も勇者も神様仕様の札ではないと怒った。苦労人魔王から共闘者へかなり強く踏み出している。
ベル:魔王条件と勇者死亡条件を切り離す書類を整備。札を剥がす手際が完全に有能事務。
ログル:壁罠と床罠の違いを読み、視界に入るだけで役割を押しつける危険を示した。
魔王条件札:討伐しても未討伐でも死ぬ、存在してもしなくても詰む、神様仕様の矛盾札。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:987回 → 990回
到達階層:980F
主な成果:魔王条件と勇者死亡条件の切り離し開始
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
役割分離系:【役割死亡条件分離 Lv.1】【死亡対象ずらし Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【死亡条件識別 Lv.1】
深層攻略系:【ログ保存先確認 Lv.1】【怖さ保持確認 Lv.1】【逃走判断 Lv.3】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【魔王条件切り離し Lv.1】
内部更新:【魔王代理札拒否】が魔王相談窓口へ登録
【ローグライクあるあるネタ】
条件札や役割札は、ゲームでいうイベントフラグの押しつけに近いものです。条件を満たしても満たさなくても罠が起動する理不尽な分岐を、勇者と魔王の役割固定へ変換しました。魔王討伐が帰還条件に見えるほど、逆に疑うべきという流れです。
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