ログ保存壺は口が悪い
死亡ログを保存壺に入れれば安全。
そんな発想を、壺は口を開けて待っていた。
970Fには、壺だけの店があった。
棚も床も壺。壁に埋まっているものまで壺。入口には、白い文字で【大切なログ、お預かりします】と書いてある。コヨリは読んだ瞬間、三歩下がった。
「預かるって書いてある」
「はい」
「返すとは書いてない」
「重要な読みです」
「わたし、成長した」
「かなり」
ここまでの深層で、死亡ログは神様側へ吸われかけている。以前ログ差し戻し台を作り、ログルが送信を止め、ベルが所有権を整理した。それでも、1000Fが近づくほど白い糸が伸びてくる。死亡ログを保存できるなら、試したい気持ちはある。
だが、壺である。
便利で、危険で、口がある。
ハコベエが、拠点から一時投影で顔を出した。店そのものがミミックの商人だけあって、壺への警戒は妙に強い。
「いらっしゃいませ、勇者様。口のある商売道具は、信用しすぎないのが商売の基本でございます」
「ハコベエが言うと説得力あるけど、同時に信用しにくい」
「噛みませんので」
「その自己紹介がもう噛む側!」
ログ保存壺は、棚の中央にあった。価格は高い。白い札には【死亡ログを安全に保管】とある。ベルが札の裏を見て、眉を寄せる。
「保管先が書いてありません」
「つまり?」
「勇者様側とは限りません」
「壺にも送り先表示義務をつけて!」
コヨリは直接入れない。まず、死亡ログの写しを一枚作る。写しの端に【偽物】と書き、壺の口へ近づける。壺は黙っている。黙っている壺は、逆に怖い。
ログルの宝石が赤く光った。
「口の奥に送信線があります」
「やっぱり!」
「神様側へつながっています」
「預かるじゃなくて横取り!」
壺が、そこで口を開いた。
「横取りではありません。安全な上位保管です」
「口答えした!」
コヨリは写しを引っ込めようとした。だが、壺の吸引が強い。紙の端が引かれる。ログルが宝石の光で押し返す。ベルが契約札を貼る。ハコベエが「同業者として口の使い方が下品」と壺に文句を言う。
壺が怒った。
棚の壺が一斉に揺れ、床へ落ちる。割れない。転がる。通路をふさぐ。コヨリは逃げ道を探すが、足元に小さな壺の欠片が散った。踏めば一手。避けても一手。
ログの写しを守るか、足元を見るか。
コヨリは写しを引いた。守れた。足元は見落とした。
壺の欠片が靴底に刺さり、白い送信線が足首を絡めた。
【死亡ログ】
【死因:ログ保存壺から写しを守って、足元の送信欠片を踏んだ】
【評価:保存先まで識別しましょう】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点に戻ると、コヨリの手には写しの端だけが残っていた。完全ではない。けれど、奪われきってもいない。
「ログル、持ち帰れた?」
「一部だけですが」
「一部でも、こっちのもの?」
「はい。壺に渡していない分は、拠点側です」
ベルは【保管先未記載は信用しない】と書いた。ハコベエはその横に【口のある保管具は面接必須】と足した。コヨリは笑いそうになり、でも少しだけ泣きそうになった。
死亡ログは、物ではない。壺にしまえば安全、という話ではない。誰が持つのか。どこへ送るのか。名前が残るのか。そこまで見ないと、保存ではなく譲渡になる。
【死亡回数:984回 → 987回】
【新規獲得:ログ保存先確認 Lv.1】
ログ保存壺の欠片は、拠点に持ち帰るとまだ小さく喋った。返却、保管、上位管理、安全化。どれもそれっぽい言葉だが、ベルが聞くたびに眉間のしわを深くする。ハコベエは欠片を箱の中へ入れ、蓋に【口答え注意】と書いた。
「壺って、便利なんだけどなあ」
「便利です」
「便利だから、信じたくなる」
「はい。信じたくなるものほど、保管先を見ます」
コヨリは、死亡ログの写しを棚へ置いた。一部だけ。端が欠けている。でも、神様側へ全部吸われるよりずっといい。ログルがその欠けた部分を見つめる目は、少し悔しそうだった。
「全部は戻せなかった」
「今回は一部です」
「次は?」
「返還炉ができれば、もう少し戻せます」
「炉。なんか強そう」
「死亡ログ返還炉、仮称です」
「名前、すでに重い」
帰還門建設予定地の端が、かすかに光った。死亡ログがこちらへ戻るほど、帰るための材料も戻ってくる。コヨリはその光を見て、壺の欠片から視線を外した。保存するのは過去だけではない。帰るための未来も、ここに少しずつ残している。
【登場人物紹介】
コヨリ:死亡ログの写しを壺へ入れる前に、保管先を確認しようとした。写しは一部守ったが、足元の送信欠片で死亡。
ログル:壺の奥に神様側への送信線を発見。ログ差し戻し台と連携し、写しの一部を拠点側に残した。
ベル:保管先が書かれていない壺を即座に疑った。法務担当として、保存と譲渡の違いを見抜く。
ハコベエ:同じ「口のある商売道具」としてログ保存壺に苦言を呈した。説得力と信用しにくさが同居している。
ログ保存壺:大切なログを預かる顔で神様側へ送る危険壺。壺なのに口が悪い。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:984回 → 987回
到達階層:970F
主な成果:死亡ログ写しの一部を拠点側へ保持
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
ログ系:【ログ管理 Lv.2】【ログ差し戻し Lv.2】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【死亡ログ先行感知 Lv.1】
深層継続:【神様仕様仮名づけ Lv.1】【高速識別整理 Lv.1】【再到達油断警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【ログ保存先確認 Lv.1】
内部更新:【保存と譲渡の区別】がベルの書類棚へ追加
【ローグライクあるあるネタ】
保存壺は便利ですが、壺の種類や使い方を間違えると、大事な道具を守るどころか事故につながります。入れる前に死ぬ、取り出せない、別の壺だった、という壺事故を、今回は死亡ログの所有権と保存先の問題に変換しました。保管先の確認は深層ほど大事です。
ログまで守りたいコヨリを応援していただける方は、ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!




