たぶん救済の巻物
白い巻物に「たぶん救済」と書いてある。
たぶん、の時点でだいぶ嫌です。
960Fの通路には、白い巻物が落ちていた。
紙はきれいで、汚れも破れもない。巻物の端には金色の紐が結ばれ、いかにも神様からの救済品です、という顔をしている。コヨリは近づく前に、小石を投げた。小石は巻物の手前で止まり、床に小さな文字が浮かぶ。
【たぶん救済の巻物】
「たぶん」
「たぶんですね」
「救済に、たぶんをつけるな」
「同意します」
階段は遠い。敵は少ないが、通路の先に白い霧がある。霧の中では、神様仕様の札が読みづらくなる。巻物を読めば、霧が晴れるかもしれない。帰還門の反応が出るかもしれない。千回目が少し安定するかもしれない。
全部、かもしれない。
コヨリは巻物を拾わず、まず周囲を見た。読むなら階段上。あるいは、後ろが通路で、前方に敵がいない場所。ミネルなら識別を勧めるだろう。ベルなら「たぶん」と書かれた契約文を破るだろう。ネムなら受付不可の判子を用意する。
ログルは、巻物を見つめていた。
「勇者様。文字の端に、送信線があります」
「読んだら神様に何か送る?」
「可能性があります」
「救済って言いながら、こっちのログを取るやつ?」
「はい。かなり、それです」
コヨリは巻物を拾わず、白紙巻物を取り出した。自分で書けるなら、神様の巻物に頼らなくていい。そう思った瞬間、床文字が増えた。
【ここは安全地帯です】
赤いマスの上に。
「安全地帯が自称してる!」
「床が嘘をついています」
「床が嘘つく世界、いやすぎる!」
コヨリは赤いマスを避ける。だが、巻物が勝手にほどけ始めた。拾っていない。読んでいない。なのに、向こうから読ませにくる。文字が空中に浮き、目に入りそうになる。
目を閉じるか。閉じると足元が見えない。読むか。読むと送信される。白紙巻物で上書きするか。発動に一手かかる。
コヨリは白紙巻物を掲げた。
「ログル、文!」
「【救済未同意】」
「短い!」
「長いと読まされます」
書く。文字が光る。たぶん救済の巻物が一瞬だけ止まった。だが、向こうも神様仕様だ。金色の紐がほどけ、床の赤いマスが一歩広がる。コヨリは退く。退いた先に、さっき小石が止まった場所がある。
小石の下に、薄い罠があった。
【死亡ログ】
【死因:たぶん救済の巻物を拒否したあと、小石で隠れた罠を踏んだ】
【評価:拒否成功後の足元確認】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点で、コヨリは【たぶん】という文字を大きくバツで消した。
「たぶん帰れる。たぶん救える。たぶん大丈夫」
「アドミニス様がよく使う系統です」
「たぶんは敵」
「敵ではありませんが、契約文には不向きです」
ベルがうなずき、【たぶん禁止】の札を仕様書保管棚へ貼った。ミネルは何か言いたそうだったが、ベルの札を見てそっと黙った。
コヨリは白紙巻物の残り煤を指でこすり、壁に書く。
【救済は、読ませるものじゃない】
【死亡回数:981回 → 984回】
【新規獲得:神様仕様仮名づけ Lv.1】
【たぶん】禁止の札は、思ったより存在感を持った。アドミニスの窓が遠くで開きかけた瞬間、ベルが無言でその札を持ち上げる。窓は少しだけ閉じた。神様にも効く札だった。
「たぶんって、便利な言葉だよね」
「便利ですが、責任を薄めます」
「わたしも使ってる?」
「使っています」
「うわ」
「たぶん大丈夫、と言ったあとに死んだ記録が複数あります」
「自分にも刺さった!」
コヨリは、たぶん禁止を神様への文句だけにしないことにした。自分の作戦にも貼る。たぶん行ける、たぶん間に合う、たぶん罠じゃない。深層では、そういう言葉ほど白く光って足元に落ちる。
白紙巻物へ【救済未同意】と書けたことは、大きな成果だった。神様側の巻物を読むだけではなく、こちらの言葉で拒否できる。けれど、拒否したあと罠を踏んだのも事実だ。勝ちかけた瞬間こそ、床を見る。
ログルが、台帳の最後に小さく書いた。
【拒否成功は、まだ帰還ではない】
コヨリはその一文を見て、深くうなずいた。厳しい。でも、今ほしい厳しさだった。
【登場人物紹介】
コヨリ:たぶん救済の巻物を読まされそうになり、自前の白紙巻物で【救済未同意】と拒否した。拒否は成功したが、小石で隠れた罠を踏むあたり油断できない。
ログル:巻物に送信線があることを見抜き、短い拒否文を提示。長文説明ではなく、発動に間に合う一語へ削った。
ベル:たぶん禁止の札を仕様書棚へ貼った。曖昧な契約文を許さない有能秘書。
ミネル:説明したそうだったが、今回はベルの札に押されて黙った。説明過多が少しだけ抑制された。
たぶん救済の巻物:救済顔でログを取ろうとする白い巻物。拾わなくても読ませにくるのでかなり悪質。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:981回 → 984回
到達階層:960F
使用道具:白紙巻物による拒否文作成
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
識別・仕様系:【高速識別整理 Lv.1】【未識別警戒 Lv.5】【仕様札識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
継続重要:【一フレームの神様 Lv.2】【ログ差し戻し Lv.2】【死亡対象ずらし Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【神様仕様仮名づけ Lv.1】
内部登録:【たぶん禁止】が仕様書保管棚へ追加
【ローグライクあるあるネタ】
未識別巻物は、読む場所を選ぶだけでなく、そもそも読むべきかの判断が重要です。店価格や過去メモで候補を絞っても、危険な効果なら読まない選択があります。今回は「救済」と名乗る未識別巻物を、神様仕様の曖昧な救済に重ねました。
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