前より弱く、前より深く
930Fへ戻ってきた。
前よりレベルは低い。でも、前より死ににくい。
930Fの灰色の床を、コヨリはもう一度踏んだ。
最初にここへ来た時、Lvは86、HPは947だった。神銀の短剣は+42。世界種の小盾は+38。腕輪も二つ。数字は強かった。だが、装備外しの罠で崩れ、盾を拾う一手で死んだ。
今は違う。
【現在階層:930F】
【勇者コヨリ:Lv46】
【HP:438/438】
【満腹度:52】
【装備:銀の短剣+14/小盾改+12/弾きよけの腕輪】
【手持ち:場所替えの杖 残り2回/吹き飛ばしの杖 残り1回/白紙巻物/復活草 手元】
前より弱い。
なのに、前より息がしやすかった。
「ログル」
「はい」
「数字、低いね」
「はい」
「でも――手元がきれい」
「はい。復活草は壺の奥ではありません。杖も分散しています。保存壺に空きもあります」
「前より弱いのに、前より生きてる感じがする」
「それが今回の強さです」
装備確認の白い文字は、まだ床にあった。コヨリはそこを踏まない。横の草も見ない。階段の位置は同じだ。前回、盾を拾おうとして死んだ場所に、小さな黒い跡が残っている。
コヨリは、そこで足を止めた。
怖い。装備が前より弱い分、矢は痛い。盾も頼りない。けれど、逃げる手は残っている。場所替えの杖、吹き飛ばしの杖、復活草。何より、拾わないと決めた記録がある。
深層狙撃鬼が弓を引く。倍速ヤマネコが角から顔を出す。床の白い文字が、確認という顔で光る。
コヨリは盾を見なかった。
盾は落ちていない。今回は落としていない。なのに、記憶の中では落ちている。拾いたい衝動がないわけではない。過去の自分が落としたものを、今の自分が取り返したくなる。でも、それは違う。
「場所替え、右の敵」
「成功率高いです。入れ替え先の床、青」
「振る」
杖を振る。敵と位置が入れ替わる。深層狙撃鬼の射線がずれ、倍速ヤマネコが空を切った。コヨリは階段へ一歩。次の一歩で、930Fを越える。
足元に、小さな札が浮いた。
【落とし物:世界種の小盾】
罠だ。
コヨリは、見なかった。
見なかったことにして、階段を降りた。
931Fの空気が、肺に入る。
しかし、安心した瞬間、階段の裏に隠れていた白い刃が足首に触れた。神様仕様の追撃。階段を降りた後の一手まで油断するなという、最悪の授業だった。
【死亡ログ】
【死因:930Fを越えた直後、安心して階段裏の白刃を見落とした】
【評価:越えた瞬間も、まだ深層です】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点に戻ったコヨリは、悔しそうなのに少し笑っていた。
「ログル――越えた」
「はい。930Fを越えました」
「死んだけど」
「はい」
「でも――盾を拾わなかった」
「はい。それは、とても大きいです」
失敗は失敗だ。だが、前と同じ失敗ではない。930Fで死んだのではなく、930Fを越えた直後に死んだ。神様仕様の追撃は腹立たしい。けれど、床に置かれた偽物の小盾を見なかったことは、ちゃんと勝ちだった。
壁に、新しい文が入る。
【前より弱く、前より深く】
【死亡回数:974回 → 977回】
【新規獲得:再到達油断警戒 Lv.1】
930F突破の成功ログは、死因図鑑室ではなく反省会テーブルの真ん中に置かれた。死亡ログと成功ログの境目にあるような記録だったからだ。死んだ。けれど、前回死んだ場所は越えた。死因は同じではない。そこに、コヨリは妙な希望を感じた。
「ログル――死んだけど成功って、変じゃない?」
「ローグライクでは珍しくありません」
「その言い方、なんかずるい」
「深層では、到達地点が伸びたこと自体が成果です」
「じゃあ――今回はちょっと勝ち?」
「はい。ちょっと勝ちです」
ちょっと勝ち。コヨリはその響きが気に入った。完全勝利ではない。大勝利でもない。神様を倒したわけでもない。でも、前回の自分より一マス先へ行った。その一マスが、1000Fまでの道になる。
壁の【前より弱く、前より深く】の下に、ログルが小さく追記した。
【数字ではなく、残った手数】
コヨリはそれを見て、頬をふくらませた。
「かっこいいこと書くじゃん」
「勇者様の言葉を整理しただけです」
「じゃあ――わたしもかっこいい?」
「少し」
「そこは大きく言って!」
【登場人物紹介】
コヨリ:Lv46、HP438という前より低い数字で930Fへ再到達。落とし物の誘惑を見ずに越えたが、突破直後の油断で死亡した。
ログル:今回は数字の弱さではなく、手持ちと判断の整い方を強さとして評価。930F突破をきちんと成功として扱った。
深層狙撃鬼:前回コヨリを殺した敵。今回は場所替えで射線をずらされ、ようやく攻略された。
偽の世界種の小盾:過去の後悔を床に投影した罠。拾えばまた死んでいた可能性が高い。
階段裏の白刃:突破後の安心を狙う神様仕様。勝利演出の裏に置かれる、だいぶ性格の悪い罠。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:974回 → 977回
到達階層:931F
再到達時:Lv46/HP438/438
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
深層攻略:【装備外し深層警戒 Lv.1】【装備はじき後退判断 Lv.1】【即時使用品配置 Lv.1】【未探索許容 Lv.1】【モンハウ離脱完了確認 Lv.1】
千回条件系:【一フレームの神様 Lv.2】【死亡対象ずらし Lv.1】【ログ差し戻し Lv.2】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【再到達油断警戒 Lv.1】
重要記録:【930F突破】が死因図鑑室に成功寄りログとして登録
【ローグライクあるあるネタ】
再到達時に前回の失敗地点を越えると、プレイヤー心理として一気に安心しがちです。ただ、階段を降りた直後や部屋を抜けた直後にも罠や敵はあります。今回は「前回死んだ場所を越えた喜び」と、「その直後の油断死」をセットにしました。
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