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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第24章 神様の究極1000フロアダンジョン――強くても、外れたら死ぬ

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モンスターハウスは逃げる場所

倒せる敵でも、全部倒す必要はない。

階段(かいだん)まで生きているなら、それが勝ちです。


 601Fのモンスターハウスは、静かだった。


 それが逆に怖い。扉を開けた瞬間に叫んでくれる部屋は、まだ親切だ。今回は、部屋の中央におにぎりが一つ置かれ、その周りに敵が眠るように伏せている。床には(わな)の気配。壁には白い文字で【経験値(けいけんち)たくさん】。


 コヨリは扉の前で止まった。


「ログル」

「はい」

経験値(けいけんち)たくさんって書いてある」

死亡ログ(しぼうログ)もたくさんになりそうです」

「おにぎりもある」

「餌です」

「即答!」


 前なら、巻物(まきもの)を読んでいた。真空斬り、混乱、睡眠、何でもいい。敵を倒して経験値(けいけんち)を得ようとした。だが、今のコヨリは扉の敷居を見ている。入口。通路。逃げ道。右に二マス戻れば角。左には(わな)の匂い。敵の種類は、倍速二体、遠距離一体、保存壺(ほぞんつぼ)荒らし一体。


 勝つ必要はない。


 階段(かいだん)は、部屋の向こうではなく、手前の通路を戻った先にある。つまり、この部屋に入る理由はない。


「行かない」

「はい」

「おにぎり、見なかった」

「見ましたが、行かないなら問題ありません」

経験値(けいけんち)たくさんも見なかった」

「見ました」

「ログル、そこは優しく嘘ついて」

「嘘は死亡率を上げます」


 コヨリは後退した。世界が一手進む。部屋の中の敵が、遅れて起きる。扉の向こうから、ざわ、と音が押し寄せた。コヨリは通路へ下がる。敵は一列になる。ここなら一体ずつ処理(しょり)できる。処理(しょり)できるが、全部倒す必要はまだない。


 場所替えの杖(ばしょがえのつえ)を一本残している。高飛び草もある。通路の奥には階段(かいだん)。コヨリは最初の敵だけを眠らせ、二体目を鈍足にして、三体目の射線(しゃせん)から外れる。


 うまくいった。


 階段(かいだん)まであと二マス。


 その時、部屋の奥のおにぎりが転がってきた。自分で転がるおにぎり。もう食べ物ではない。完全に敵である。


「おにぎりが追ってくる!」

(わな)連動食料です」

「食料に追われる勇者(ゆうしゃ)、絵面が悲しい!」


 コヨリは笑ってしまった。笑った拍子に、一歩だけ階段(かいだん)と逆へ動く。小さなミス。だが、階段(かいだん)前では小さくない。鈍足にした敵のターンが噛み合い、通路の後ろを塞がれる。


 高飛び草を飲めば助かる。だが、未識別(みしきべつ)だった。コヨリは一瞬迷う。転がるおにぎりが足にぶつかり、腹が鳴った。


 飲んだ。


 高飛び草ではなく、倍速草だった。


死亡ログ(しぼうログ)

【死因:モンスターハウスから逃げた後、追ってくるおにぎりで笑って倍速草を飲んだ】

【評価:逃げ切るまでがモンスターハウスです】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 拠点(きょてん)に戻ったコヨリは、しばらくおにぎりを見たくないと言った。リュシアが代わりにスープを出してくれた。スープは追ってこない。ありがたい。


「でも――途中までは良かったよね」

「はい。入口停止、通路退避、倒さない判断は成功しています」

「最後のおにぎりが」

「おにぎりに笑ったのが原因です」

「笑いの(わな)、ずるい」


 反省会(はんせいかい)テーブルには、モンスターハウス対処の札が並ぶ。倒す札は一番端へ移動した。逃げる、止める、ずらす、階段(かいだん)へ向かう。この順番のほうが、今のコヨリには合っている。


 壁のメモは短い。


【逃げ切るまで、勝った顔をしない】


死亡回数(しぼうかいすう):971回 → 974回】

【新規獲得:モンハウ離脱完了確認 Lv.1】


 追ってくるおにぎりの件は、拠点(きょてん)酒場でしばらく笑い話になった。リュシアが丸いパンを転がし、コヨリが本気で椅子の上に逃げる。笑える。笑えるが、コヨリはパンが止まってから、机に戻って地図を見直した。


「途中までは、ほんとに良かったんだよね」

「はい。逃走ルート、敵処理(しょり)(つえ)の温存、どれも改善しています」

「最後に笑った」

「はい」

「笑うの禁止?」

「禁止ではありません。階段(かいだん)に足を置いてから笑いましょう」


 階段(かいだん)に足を置いてから笑う。変なルールだが、深層(しんそう)ではそれくらいでちょうどいい。コヨリはモンスターハウス対処表の最後に【笑う場所】という項目を足した。ベルが「契約書(けいやくしょ)には珍しい項目です」と言ったので、コヨリは少し得意になった。


 勝ち負けを決める場所は、敵を倒した瞬間ではない。部屋を出た瞬間でもない。階段(かいだん)を降り、次のフロアで足元を見て、それでも生きていると分かるまでだ。コヨリはその範囲を、赤い線で長めに引いた。長すぎる気もしたが、短すぎるよりはいい。短すぎる勝利宣言で何度も死んだのだから。



【登場人物紹介】

コヨリ:モンスターハウスを殲滅せず、入口停止と通路退避で逃げる判断を取った。途中までは大成功だったが、追ってくるおにぎりに笑って最後の一手を崩した。

ログル:敵配置、逃げ道、階段(かいだん)位置を見て「行かない」を支持。倒すより逃げる方針を支えた。

リュシア:拠点(きょてん)で追ってこないスープを出した。死亡後の食事係として、コヨリの心を地味に回復させる。

(わな)連動おにぎり:食料の顔で追ってくる謎の敵。おにぎりなのに食べたくないという、かなりひどい存在。


【今回の勇者(ゆうしゃ)ステータス】

死亡回数(しぼうかいすう):971回 → 974回

代表到達階層(とうたつかいそう):601F

攻略傾向:モンスターハウス殲滅から離脱優先へ

クラス:帰還者候補/死因学者(しいんがくしゃ)系統

基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

モンハウ関連:【モンハウ欲張り抑制 Lv.1】【高速識別整理 Lv.1】【逃走判断 Lv.3】【総合盤面確認そうごうばんめんかくにん Lv.2】

継続表示:【死因学習(しいんがくしゅう) Lv.3】【未探索許容 Lv.1】【ログ差し戻し(ログさしもどし) Lv.2】【死亡対象ずらししぼうたいしょうずらし Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【モンハウ離脱完了確認 Lv.1】

内部更新:【入口停止】が深層(しんそう)モンハウ対策へ統合候補


【ローグライクあるあるネタ】

モンスターハウスは通路に戻れば一体ずつ処理(しょり)できますが、(わな)、遠距離敵、倍速敵、逃走用アイテムの未識別(みしきべつ)が絡むと簡単には終わりません。大事なのは「倒した」ではなく「離脱完了」まで油断しないこと。今回は逃げ方は良かったのに、出口直前の笑いで判断を崩す形にしました。


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