識別は速く、雑にはしない
未識別品を全部試す時間はない。
でも、雑に試すとだいたい床が笑う。
420Fで、コヨリは店に入った。
店といっても、白い棚が三つ並び、奥に無表情な札が浮いているだけだ。店主はいない。代わりに、床に【価格は神様の気分です】と書いてあった。コヨリはその一文を見て、すぐ出ようとした。
「ログル――帰ろう」
「店識別だけはしていきましょう」
「神様の気分価格だよ?」
「だからこそ、気分の偏りを記録します」
「ログル、神様の情緒までデータにするの?」
「使えるものは使います」
棚には腕輪、巻物、壺がある。買う金は少ない。全部は持てない。試す場所も限られる。前のコヨリなら、まず拾って、名前をつけて、うっかり装備して呪われるところまでセットだった。
今は違う。
まず値段を見る。似た価格帯の候補を二つまで絞る。巻物は階段上か、逃げ道のある通路で読む。壺は入口に近い場所で押す。腕輪は装備前に呪いの気配を見る。ログルの宝石が小さく光るたび、コヨリはメモを増やしていった。
「この腕輪、遠投っぽい」
「価格と重さは近いです」
「装備する?」
「まず、投げる予定のない場所で」
「遠投の腕輪で回復薬を敵に投げた時の話、まだする?」
「必要なら何度でも」
「やめて。心に刺さった薬草が抜けない」
識別は早くなった。だが、早くなった分、油断も早く来る。
コヨリは壺を一つ手に取った。価格から見て保存壺か識別壺。押すなら通路出口。部屋中央では押さない。分かっている。
分かっているのに、床の札が言った。
【ここで押すと時短】
「時短......」
「勇者様」
「分かってる。時短って言うやつ、だいたい後で時間取られる」
「その理解は正確です」
コヨリは通路へ移動した。そこまでは良かった。壺を押す。中から白い煙が出る。煙の中に、過去に見たことのある道具名が並んだ。
【保存壺】
【識別壺】
【合成壺】
【死亡回数圧縮の壺】
「最後だけ違う!」
壺は、識別結果を圧縮して投げ返してきた。候補名が一気に頭へ流れ込み、コヨリは一瞬だけ混乱する。足元には見えている罠。混乱中の一歩は、だいたいそれを踏む。
踏んだ。
【死亡ログ】
【死因:壺の候補名を浴びて混乱し、見えている罠を踏んだ】
【評価:識別は速く、脳内表示は少なめに】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点の鑑定机に、コヨリは【候補は二つまで】と書いた紙を貼った。
「全部分かるのも危ないんだね」
「情報量が多すぎると、行動が乱れます」
「識別したのに罠踏むの、悲しくない?」
「とても悲しいです」
「ログルが素直!」
店識別メモは、前よりずっと整った。壺の押し場所、腕輪の試し方、巻物を読む位置。コヨリは過去の死因を横に書き、同じ失敗を避けるための小さな矢印を足した。
速くする。ただし、雑にはしない。
それが、1000Fへ向かう新しい識別方針になった。
【死亡回数:968回 → 971回】
【新規獲得:高速識別整理 Lv.1】
識別台帳は、ページが増えすぎていた。草、巻物、腕輪、壺、杖。名前の横には値段、使った場所、死因、ログルの評価、コヨリの文句まで書かれている。情報としては有用だが、深層で全部を読む時間はない。
「これ、試験範囲広すぎない?」
「勇者様が死ぬたびに増えています」
「わたしのせい!?」
「主に神様のせいです。ただし、一部は勇者様の欲です」
「割合を出さないでね。怖いから」
コヨリは、台帳に色をつけることにした。絶対に読む項目。余裕があれば見る項目。もう覚えたので見なくていい項目。ベルが分類名を整え、ミネルが説明を足そうとして、コヨリがそっと赤線だけ残した。
最終的に、深層用の小さな札ができた。
【巻物:読む場所】
【壺:押す場所】
【腕輪:装備前】
【草:飲む理由】
たった四枚。けれど、それで十分だった。全部覚えようとして混乱するより、行動直前に見るべきことだけを残す。コヨリは四枚の札を腰の内側にしまい、少しだけ顔を引き締めた。
「これ、かっこいい?」
「実用的です」
「かっこいいって言って」
「かなり実用的で、少しかっこいいです」
「妥協された!」
【登場人物紹介】
コヨリ:店価格や試す場所を使って識別速度を上げたが、候補名を一気に浴びて混乱し、見えている罠を踏んだ。成長しているのに、成長したからこそ新しい事故が出る。
ログル:価格、重さ、過去メモを組み合わせて候補を絞る役。情報量が多すぎると危ないと、今回はかなり人間寄りの感想も出した。
神様の店札:価格は神様の気分などと書いてくる迷惑な店員代わり。信用できないが、偏りまで記録される。
候補名の煙:識別結果を親切そうに出すが、出しすぎて混乱させる。情報過多も罠である。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:968回 → 971回
代表到達階層:420F
攻略傾向:店価格・位置・過去メモによる識別高速化
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
識別関連:【未識別警戒 Lv.5】【仕様札識別 Lv.1】【神様仕様仮名づけ 兆候】【死亡回数圧縮耐性 Lv.1】
攻略継続:【未探索許容 Lv.1】【稼ぎ切り上げ判断 Lv.1】【死亡対象ずらし Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【高速識別整理 Lv.1】
内部更新:【店価格メモ】が識別台帳へ追加
【ローグライクあるあるネタ】
未識別アイテムは、使う・読む・装備するだけでなく、店の価格、売値、重さ、過去のメモなどで候補を絞ることがあります。ただし、候補を抱えすぎると判断が遅れたり、試す場所を間違えたりします。今回は識別の高速化を、情報過多で罠を踏む事故へ変換しました。
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