弾かれた腕輪を追うな
弾きよけの腕輪があれば安心。
ただし、その腕輪が弾かれた時の顔は安心ではない。
次の大きな失敗は、512Fで起きた。
低層の稼ぎすぎをやめ、コヨリは少しだけ早く潜れるようになった。全探索はしない。食料が薄い時は階段を優先する。未識別の腕輪は価格と効果の匂いで仮名をつける。ここまで来ると、Lvは72。HPは812。装備は前より少し弱いが、それでも十分に強い。
だから、コヨリはまた安心しかけた。
「今回、かなりいいよね」
「はい。保存壺に空きがあります。杖も残っています」
「弾きよけの腕輪もある」
「それは大きいです。装備はじき系への対策になります」
「前回の盾ぽろり事件、もうしない!」
「その言い方は軽いですが、方針は合っています」
512Fの通路は、妙に広かった。敵が一体ずつ来るには広すぎる。逃げるには曲がり角が少ない。壁際に置かれた白い像が、どれも剣を持っている。コヨリは嫌な予感を覚えた。
深層剣豪。
黒い鎧を着た敵が、通路の奥に立っていた。目はない。だが、こちらの装備だけを見ているような圧がある。コヨリは身代わりの杖を取り出した。距離は三マス。振れば間に合う。弾きよけの腕輪があるから、最悪、近づかれても一度は耐える。
「勇者様、封印の杖を優先してください」
「身代わりじゃなくて?」
「特技を封じた方が安定します」
「分かった。封印――」
壺から杖を出そうとした瞬間、床の白い像が動いた。
深層剣豪は一体ではなかった。像のひとつが斜めから踏み込み、コヨリの腕へ刃を当てる。斬られたのではない。触れられただけだ。だが、その一手で腕輪が外れた。
弾きよけの腕輪が、床を転がる。
「え」
「拾わないでください。今の盤面で拾う一手は、救出ではなく自殺予約です」
「でも――弾きよけ!」
「腕輪を拾う一手で、次の剣豪が盾を弾きます」
「じゃあ盾を守る!」
「腕輪を諦めれば、まだ場所替えがあります」
「諦めるって、ここまで守ってくれた腕輪を!?」
コヨリは知っている。拾いに行くな。知っている。知っているのに、弾きよけの腕輪は、これまでの安心そのものだった。それが床の上でくるくる回る。白い床の上で、小さな輪が光る。
深層剣豪の二体目が動く。盾が飛ぶ。三体目が武器を弾く。装備品が通路の向こうへ散る。
コヨリは腕輪へ手を伸ばした。今度も、伸ばしてしまった。
倍速ヤマネコが角から飛び出す。腕輪まで一マス。敵まで一マス。拾う、逃げる、杖を振る。選べるのはひとつだけ。コヨリは腕輪を拾った。
拾った瞬間、ヤマネコの二撃が入った。
【死亡ログ】
【死因:弾かれた腕輪を拾いに行って倍速敵に挟まれた】
【評価:対策装備も、拾い直す一手は別料金】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点に戻ったコヨリは、腕を抱えた。そこに腕輪はない。だが、外された時の軽さだけが残っている。
「ログル――対策って、外れたら対策じゃないんだね」
「はい。対策装備は、装備している間だけ対策です」
「すごく当たり前なのに、ひどい」
「深層では、当たり前が死因になります」
ベルが、弾かれた装備品の優先順位表を作った。武器。盾。腕輪。壺。復活草。どれを拾いに戻るか、どれを捨てるか。コヨリは表を見て、口を尖らせる。
「全部拾いたい」
「その意見は、死亡ログ側の意見です」
「ベルさんまでひどい」
「勇者様を生かすためです」
コヨリは壁に書いた。
【床の装備は、思い出じゃない。拾う前に生きる】
文字が少し曲がった。悔しさで手が震えていた。
【死亡回数:956回 → 959回】
【新規獲得:装備はじき後退判断 Lv.1】
弾かれた腕輪の記録片は、小さな輪の形をしていた。コヨリはそれを指でつまみ、反省会テーブルの上を転がしてみる。輪はまっすぐ転がらず、机の端でくるりと曲がった。あの時も、こんなふうに視線だけ持っていかれたのだと思うと、腹立たしいより先に少し怖くなった。
「これ、拾いに行かない練習できる?」
「できます」
「どうやって?」
「床に置きます。勇者様は見ます。拾わずに十秒待ちます」
「拷問では?」
「訓練です」
ログルは真顔だった。ネムが横から「拾ったら受付票」とだけ言ったので、訓練の圧が急に上がる。コヨリは腕輪を見た。光っている。便利そう。拾いたい。とても拾いたい。けれど、両手を膝の上に置いたまま我慢した。
十秒後、コヨリは大きく息を吐いた。
「拾わなかった!」
「はい。今の十秒は、深層の一手より価値があります」
「じゃあ褒めて」
「かなりえらいです」
その日の訓練名は【床装備見送り】になった。名前は地味だが、コヨリにとってはかなり強いスキルの種だった。
【登場人物紹介】
コヨリ:弾きよけの腕輪を手に入れたことで安心しかけたが、その腕輪が外れた瞬間に判断を崩した。装備への愛着と生存判断がぶつかった回。
ログル:封印の杖を優先するよう提案し、腕輪を拾いに行くなと二度止めた。止めたうえで死なれるので、相棒としてかなりつらい。
ベル:装備品の拾い直し優先順位表を作成。全部拾いたいというコヨリの感情を、きっちり死亡ログ側へ分類した。
深層剣豪:装備を外す・弾く・散らす嫌な敵。対策装備があっても、複数体や不意打ちで崩してくる。
倍速ヤマネコ:拾う一手を待っている深層の処刑役。落ちた装備に目を奪われた瞬間を狙う。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:956回 → 959回
代表到達階層:512F
死亡時目安:Lv72/HP812
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
継続主要:【死因学習 Lv.3】【逃走判断 Lv.3】【総合盤面確認 Lv.2】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
深層対策:【装備外し深層警戒 Lv.1】【稼ぎ切り上げ判断 Lv.1】【死亡対象ずらし Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【装備はじき後退判断 Lv.1】
内部統合候補:【装備外し深層警戒】+【装備はじき後退判断】→【装備ロスト判断】
【ローグライクあるあるネタ】
ケンゴウ系のような装備はじき敵は、武器・盾・腕輪を外したり飛ばしたりするため、強装備ほど被害が大きくなります。弾きよけの腕輪などで対策できますが、対策装備そのものが外れたり、複数敵に囲まれたりすると一気に事故ります。今回は「拾えば助かる」ように見える装備を追う一手が死因です。
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