レベル稼ぎの沼
強くなれば勝てる。
そう思ったコヨリは、低層で稼ぎすぎて飢える。
1Fの空気は、930Fよりずっと軽かった。
床も壁もきれいで、敵は弱く、宝箱も小さい。ここだけ見れば、|神様の究極1000フロアダンジョン《かみさまのきゅうきょくせんフロアダンジョン》なんて名前は嘘みたいだ。コヨリは木の短剣を握り、HP15の自分を見下ろした。さっきまでLv86だった手は、また小さく頼りない。
【死亡処理】
【Lv86 → Lv1】
【HP947 → HP15】
【シード内装備:消失】
【保存:死因ログ/識別メモ/装備外し深層警戒】
「レベル返して――いや、返してっていうか、せめて分割払いで返して!」
「返りません」
「せめて小盾だけ」
「930Fにあります」
「言い方が遺品!」
怒っても腹は減る。動けば満腹度が減り、敵を倒せば経験値が入る。最初の方針は分かりやすかった。低層で稼ぐ。経験値を稼ぎ、装備を鍛え、食料も集める。930FでLv86まで育てて死んだのなら、次はLv90で行けばいい。
コヨリはそう思った。
ログルは、少し嫌な顔をした。カーバンクル型の小さな顔なので、嫌な顔をしてもかわいい。かわいいが、言うことは刺さる。
「勇者様。全探索は安全確認ではありますが、食料を消費します」
「でも――アイテム落ちてるかもしれない」
「落ちています。ただし、歩くたびに腹が減ります」
「じゃあ拾えばいいじゃん。食料も落ちてるでしょ」
「その考えで、前回はおにぎりを形見扱いしました」
「形見って言わないで! まだ食べる予定だったの!」
10F、20F、40F。コヨリは丁寧に部屋を回った。敵を倒してレベルを上げ、未識別の草は階段上で試し、巻物は安全そうな通路で読む。経験値は入る。装備も少し強くなる。だけど、満腹度の数字は思ったより早く減っていく。
60Fを越えたあたりで、ログルの宝石が黄色く光った。
「満腹度18です」
「まだある」
「階段は左上の部屋です」
「でも右の部屋、未探索」
「未探索です」
「食料があるかも」
「爆裂草かもしれません」
「でも――おにぎりかも」
「勇者様。今の声は、宝箱を二度見した時の声です」
コヨリはむっとした。事実なので言い返せない。
右の部屋へ行く。弱い敵が三体いた。倒せる。余裕で倒せる。倒した。経験値が入った。Lv19になる。最大HPが伸びた。少し回復もした。嬉しい。嬉しくて、足元を確認するのが半拍遅れた。
部屋の奥にあった壺は、保存壺ではなかった。
【空腹壺】と表示された瞬間、腹の音が床に響いた。満腹度がごっそり減り、コヨリの視界が揺れる。ログルが何か言っているが、言葉が遠い。階段は左上。遠い。遠いけど見えている。見えているのに、体が重い。
「おにぎり......」
「ありません。さっき、満腹度が70の時に食べるべきでした」
「だって、まだもったいなかった......」
「命のほうが高価です」
「正論でお腹はふくれない!」
コヨリは階段へ向かった。敵は弱い。だが、満腹度0の一歩はHPを削る。HPは多い。さっきまでよりは多い。けれど、距離も長い。通路の曲がり角で、眠り粉コウモリが待っていた。
眠らされた。
腹は減り続ける。敵は弱い。弱い敵なのに、眠っている間はどうしようもない。
【死亡ログ】
【死因:低層で全探索しすぎて飢えた】
【評価:経験値より、おにぎりの賞味期限】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点の反省会テーブルに、コヨリはおにぎりの絵を描いた。食べる前に死んだおにぎりの絵である。丸いのに腹が立つ。
「稼ぎ、だめ?」
「だめではありません。稼ぎすぎがだめです」
「じゃあ――どこまで稼ぐの」
「階段までの距離、食料、杖の残数、敵の強さで変わります」
「答えが毎回変わるの、ゲームとして性格悪くない?」
「ローグライクです」
「神様ァ! ジャンル名を免罪符にするな!」
ログルは低層地図に赤い線を引いた。全部屋を回る線と、階段へ直行する線。前者は経験値が多い。後者は満腹度が残る。どちらが正しいかではなく、いつ捨てるかが大事だった。
壁に新しいメモが増える。
【全探索は勇気じゃない。食費】
【死亡回数:953回 → 956回】
【新規獲得:稼ぎ切り上げ判断 Lv.1】
そのあと、コヨリは低層の地図をもう一枚広げた。今までなら、空白の部屋が残っているだけで背中がむずむずした。何か見落としているかもしれない。食料があるかもしれない。強い腕輪があるかもしれない。その「かもしれない」は、ひどく甘い声をしている。
「ログル、空白が気持ち悪い」
「はい。攻略者の習性です」
「でも――全部塗ると飢える」
「今回は、それをかなり分かりやすく死にました」
「分かりやすさが痛い!」
コヨリは赤い線で、低層の回り道を一つずつ消した。消すたびに、そこに落ちていたかもしれないアイテムの幻が浮かぶ。白紙巻物、復活草、腹減らずの腕輪。全部、欲しい。でも、欲しいものを拾うために歩いた結果、命を落としたのだ。
最後に、コヨリは地図の端へ小さく書いた。
【拾えなかった道具より、残った満腹度】
書いたあとで、かなり大人っぽい反省をした気がして少し胸を張った。ログルはそれを見て「よい反省です」と言ったあと、同じ紙の下に【ただし、おにぎりは早めに食べる】と追記した。胸を張った分だけ、コヨリの肩がしゅんと落ちた。
【登場人物紹介】
コヨリ:Lv86死亡の反省から、次はもっと強くなればいいと考えて低層全探索へ走った。経験値は稼げたが、食料管理に負けて飢えるあたり、かなりローグライク主人公らしい失敗。
ログル:稼ぎすぎの危険を早めに警告。食料と階段距離を同じ盤面で見るよう促したが、コヨリのおにぎり温存癖には勝てなかった。
眠り粉コウモリ:低層では弱いが、満腹度0と組むと急に殺意が上がる敵。弱敵でも状況次第で死因になる。
空腹壺:保存壺に見せかけて満腹度を吸う嫌な壺。コヨリの「壺は便利」という信仰をまた少し削った。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:953回 → 956回
主な到達階層:低層〜中層手前
代表死亡時:Lv19/満腹度0
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
継続中:【死因学習 Lv.3】【未識別警戒 Lv.5】【足元確認 Lv.5】【罠感知 Lv.4】【逃走判断 Lv.3】
神様仕様対策:【死亡条件識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【ログ差し戻し Lv.2】【死亡対象ずらし Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【稼ぎ切り上げ判断 Lv.1】
内部登録:【おにぎり温存しすぎ警戒】
【ローグライクあるあるネタ】
もっと不思議系ダンジョンでは、低層で稼ぐほどレベルや装備は整いますが、歩数が増えれば満腹度も減ります。全探索は安全確認にもなりますが、食料が薄い時はその確認自体が死因になります。今回は「強くなれば勝てる」という考えを、低層の飢え死にで折る回です。
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