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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第24章 神様の究極1000フロアダンジョン――強くても、外れたら死ぬ

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209/340

930F、Lv86でも死ぬ幼女勇者

千回死亡条件の奥から、神様の1000Fダンジョンが開く。

何度も挑み、何度も戻され、930Fでコヨリはまた死ぬ。

千回死亡条件せんかいしぼうじょうけんの奥から、神様の1000Fダンジョンが開く。

何度も挑み、何度も戻され、930Fでコヨリはまた死ぬ。


 死亡対象名石板しぼうたいしょうめいせきばんの前で、コヨリは羽ペンを握ったまま固まっていた。


 石板(せきばん)には、まだ白い文字が残っている。


千回死亡条件せんかいしぼうじょうけん未確定(みかくてい)

死亡対象(しぼうたいしょう)勇者(ゆうしゃ)コヨリ】

上書き候補(うわがきこうほ)千回死亡条件せんかいしぼうじょうけん

確定タイミング(かくていタイミング)第1000死亡判定だいせんしぼうはんてい直前】


 それは、ただの表示(・・・・・)ではなかった。近づくほど床の下から階段(かいだん)の匂いがする。石と紙と、神様の管理画面(かんりがめん)を煮詰めたような、あの嫌な匂いだ。コヨリは羽ペンの先で【死亡対象(しぼうたいしょう)】の文字をつつき、すぐに手を引っ込めた。つついただけで、指先に小さな白い数字がまとわりつく。


「ログル――これ、書き換える(・・・・・)場所じゃなくて、入口になってない?」

「なっています。かなり悪趣味な入口です」

石板(せきばん)なのに階段(かいだん)契約書(けいやくしょ)なのにダンジョン。神様、物の役割を混ぜすぎ」

勇者(ゆうしゃ)様を死亡対象(しぼうたいしょう)に固定したまま、1000回目の判定まで運ぶ構造です。たぶん(・・・)、ここを通らない限り、対象名の確定欄に触れません」


 反省会(はんせいかい)テーブルにいたベルが、無言で眼鏡を押し上げた。ネムは受付票(うけつけひょう)の束を抱えたまま、いつもの眠そうな顔を少しだけしかめる。ゼルドは腕を組み、白い階段(かいだん)が床下から一段ずつ生える様子を見下ろしていた。


 階段(かいだん)の一段目に、主神(しゅしん)の字が浮かぶ。


【|神様の究極1000フロアダンジョン《かみさまのきゅうきょくせんフロアダンジョン》】

踏破条件(とうはじょうけん):1000F到達】

【到達時処理(しょり)第1000死亡判定だいせんしぼうはんてい

初期死亡対象しょきしぼうたいしょう勇者(ゆうしゃ)コヨリ】


「待って――名前がもう嫌。究極って付ければ許されると思うなよ」

「床の奥から、過去死亡ログ(しぼうログ)の反応があります」

「過去死亡ログ(しぼうログ)って、わたしの死因図鑑(しいんずかん)のやつ?」

「はい。1Fから950F付近まで、勇者(ゆうしゃ)様が今まで死んで覚えたものを、神様側がフロアとして再配置(さいはいち)しています」

「わたしの死に方でダンジョン作るなああああああああああああ!」


 叫び終える前に、コヨリは口を押さえた。大声は行動判定(こうどうはんてい)になることがある。こんな時までターン制は律儀だ。腹立たしいほど律儀だ。


 アドミニスの白い窓は出なかった。代わりに、階段(かいだん)の手すりへ小さな案内札(あんないふだ)がぶら下がる。


【千回目を止めたい方はこちら】

【なお、到達できなかった場合は通常(つうじょう)どおり処理(しょり)されます】


 ベルが案内札(あんないふだ)を読み、書類ごと握りつぶしかけた。魔王(まおう)ゼルドが低い声で「通常(つうじょう)どおり、という言葉を今すぐ禁句にしたい」と言う。ネムは受付票(うけつけひょう)の端へ【通常(つうじょう)どおり禁止】と書いた。ログルだけが、階段(かいだん)の暗がりをじっと見ている。


勇者(ゆうしゃ)様。これは、ただの深層(しんそう)ダンジョンではありません。上へ進むほど強くなるのではなく、下へ進むほど死に覚え(しにおぼえ)を試されます」

「じゃあ――強くなればいい?」

「それも試されます。たぶん(・・・)、最初は強さに頼らされます」

「最初は、って言い方」

「嫌な予測です」


 そして、嫌な予測は当たった。


 1Fから挑んだ最初の数回、コヨリは低層(ていそう)をすべて回った。経験値(けいけんち)を稼ぎ、装備を鍛え、保存壺(ほぞんつぼ)を埋め、満腹度(まんぷくど)を削りながら強くなった。70Fで飢え、188Fで未識別(みしきべつ)巻物(まきもの)を読んで部屋を広げすぎ、412Fで経験値(けいけんち)欲しさに深追いし、699Fで階段(かいだん)横の宝箱(たからばこ)へ目を向けた。死ぬたびにLvは1へ戻り、HPは15へ縮み、装備は床の向こう側へ消えた。


 けれど、死因ログだけは残った。どの階で稼ぎすぎたか。どの敵を無視すべきだったか。どの(つぼ)を信じすぎたか。どの階段(かいだん)前で欲張ったか。拠点(きょてん)の壁は、いつの間にか赤いメモで埋まっていた。


低層(ていそう)で全部屋を見ない】

深層(しんそう)で装備を拾いに戻らない(・・・・)

保存壺(ほぞんつぼ)に命は入らない】

階段(かいだん)前の草はだいたい神様の(わな)


 それでも――コヨリは挑んだ。


 何度目かの挑戦で、彼女は930Fへ立っていた。


 930Fの床は、白ではなく灰色だった。


 神様(かみさま)管理画面(かんりがめん)に似た光が、石畳の隙間から薄く漏れている。壁には見覚えのある死因が影絵のように流れ、天井近くでは黒い数字がゆっくり回っていた。ここまで来るのに、コヨリは何度も死んだ。いや、死んだという言い方では足りない。装備を鍛え、食料を抱え、(つぼ)を詰め、階段(かいだん)を降り、それでも深層(しんそう)の一手で全部を失ってきた。


【|神様の究極1000フロアダンジョン《かみさまのきゅうきょくせんフロアダンジョン》】

【現在階層(かいそう):930F】

勇者(ゆうしゃ)コヨリ:Lv86】

【HP:947/947】

満腹度(まんぷくど):63】

【装備:神銀の短剣(しんぎんのたんけん)+42/世界種の小盾(せかいしゅのこだて)+38/弾きよけの腕輪(はじきよけのうでわ)腹減らずの腕輪(はらへらずのうでわ)


 数字だけ見れば――勝っている。


 コヨリ自身も、ほんの少しそう思ってしまった。神銀の短剣(しんぎんのたんけん)は黒い敵を紙みたいに裂き、世界種の小盾(せかいしゅのこだて)深層狙撃鬼(しんそうそげきおに)()を一桁に抑えてくれる。保存壺(ほぞんつぼ)には白紙巻物(はくしのまきもの)身代わりの杖(みがわりのつえ)場所替えの杖(ばしょがえのつえ)復活草(ふっかつそう)。いまのコヨリは、低層(ていそう)で木の枝を握って泣いていたころとは違う。


 違う――はずだった。


「ログル――足元、白い文字がある」

「読めます。ただ、あまり信用したくありません」

「書いてあるのは?」

「【装備(そうび)確認】――と表示されています」

「確認なら、いいやつでは?」

勇者(ゆうしゃ)様。神様が書いた確認は、だいたい解除の前置きです」


 ログルの額の宝石が、赤く薄く光った。コヨリは足を止める。危険地帯では、思考と短い相談はターンを進めない。床のマス目が淡く浮かび、深層狙撃鬼(しんそうそげきおに)()が通る線、倍速ヤマネコ(ばいそくヤマネコ)の爪の届く範囲、白い床文字(ゆかもじ)の縁が重なって見えた。


 進むなら右。左は()射線(しゃせん)。後ろには眠り粉コウモリ(ねむりこコウモリ)。足元の白い文字は、避けようと思えば避けられる。


 でも、右の通路には階段(かいだん)が見えた。


 階段(かいだん)の横に、未識別(みしきべつ)の小さな草が落ちている。深層(しんそう)まで来ると、物資ひとつの価値が重くなる。コヨリは知っている。深層(しんそう)の草は(わな)だ。知っているのに、目が一拍だけ吸われた。


勇者(ゆうしゃ)様、足を戻してください」

「分かってる。見てない(・・・・)。草なんて見てない(・・・・)。あれは床の模様」

「床の模様に名前が出ています」

「名前を出す床が悪い! 床なら床らしく、黙って沈んでろおおおおおおおおおおおおおお!」


 叫びたい声を噛み殺した時、右足が半歩だけ沈んだ。


 かちり、と音がした。


 装備確認の文字が裏返る。


【装備確認】

装備(そうび)解除】


「うそでしょ――いや、うそって言って。今だけ神様のこと信じるから、うそって言って!」


 神銀の短剣(しんぎんのたんけん)が床へ落ちた。世界種の小盾(せかいしゅのこだて)が腕から外れ、弾きよけの腕輪(はじきよけのうでわ)腹減らずの腕輪(はらへらずのうでわ)が同時に転がる。深層(しんそう)の空気が、一瞬で冷たくなった。さっきまで一桁だった()の威力が、本来の形に戻る。


「拾わないでください。拾う一手(・・・・)で詰みます」

「でも盾! 盾ないと()が!」

「だからこそ、拾いに行くと死にます」

世界種の小盾(せかいしゅのこだて)、ここまで一緒だったんだよ!?」

「盾を拾うより、勇者(ゆうしゃ)様が残るほうが優先です」


 ログルの声は震えていた。冷静な言葉なのに、震えているから余計に効いた。


 コヨリは階段(かいだん)を見る。二マス先。場所替えの杖(ばしょがえのつえ)保存壺(ほぞんつぼ)の中。(つぼ)を開けるには一手。盾を拾うにも一手。()は次のターンで飛ぶ。倍速ヤマネコ(ばいそくヤマネコ)は一歩で隣接する。選べる行動は、ひとつだけ――。


 コヨリは、盾に手を伸ばした。


 伸ばしてしまった。


 世界が――動く。深層狙撃鬼(しんそうそげきおに)()が白い線になり、盾のない胸元へまっすぐ入った。倍速ヤマネコ(ばいそくヤマネコ)の爪が遅れて届き、床の未識別(みしきべつ)草が小さく笑ったように揺れる。


死亡ログ(しぼうログ)

【死因:装備外し(そうびはずし)(わな)世界種の小盾(せかいしゅのこだて)を落とし、拾う一手(・・・・)深層(しんそう)に詰められた】

【評価:強い装備ほど、外れた瞬間(・・・・・)が怖い】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 拠点(きょてん)へ戻った時、コヨリの手はまだ盾を探していた。白い床の上には何もない。神銀の短剣(しんぎんのたんけん)も、世界種の小盾(せかいしゅのこだて)も、腕輪(うでわ)も、930Fの灰色の床に残ったままだ。


「Lv86でした」

「言わないで――今その数字を聞いたら、心のHPが先にゼロになる!」

「HP947でした」

「もっと言わないで――HP947から心だけLv1に戻るから!」

「装備補正込みでは、過去最高の防御値でした」

「追い打ちが正確すぎる! ログルの冷静さ、たまに矢より刺さるんだけど!?」


 叫んだあと、コヨリは反省会(はんせいかい)テーブルに額をつけた。泣きたい。悔しい。笑える死因にしたい。でも、今回は笑いだけで流すと、また同じ(わな)を見る気がした。


「ログル」

「はい」

「わたし、強かったよね」

「はい」

「それでも、死んだね」

「......はい」


 その沈黙で、930Fの失敗がただの事故ではなくなった。


 強くなれば安全――。HPが多ければ大丈夫。装備が育てば、深層(しんそう)でも耐えられる。そういう考え方は、ローグライクの顔をした神様仕様(かみさましよう)には通じない。強いほど、外れた時の落差が大きい。拾い直したくなる。拾い直す一手が、死因になる。


 コヨリは壁に大きく書いた。


【装備は命。でも、命より先に拾わない】


 書き終えると、ログルが小さくうなずいた。ネムは受付票(うけつけひょう)の端に【高HPでも死亡】と書き足し、ベルは床文字(ゆかもじ)の写しに赤線を引く。


 千回カウンター(せんかいカウンター)は、静かに進む。


死亡回数(しぼうかいすう):950回 → 953回】

【新規獲得:装備外し深層警戒そうびはずししんそうけいかい Lv.1】


【登場人物紹介】

コヨリ:Lv86、HP947、強装備という過去最高の状態で930Fへ到達したが、装備外し(そうびはずし)(わな)から崩れて死亡。強さではなく一手の判断が命を決めることを、かなり痛い形で思い出した。

ログル:装備確認の文字を信用せず、盾を拾う一手(・・・・)が危険だと止めた。今回は正しい警告を出したのに、コヨリの執着が一拍だけ勝ってしまった。

ネム:高HPでも死ぬ受付票(うけつけひょう)を淡々と処理(しょり)。数字が大きくても死亡処理(しぼうしょり)は軽くならないという、地味に残酷な事務担当。

ベル:床文字(ゆかもじ)の【確認】と【解除】の差を契約文として保存。神様仕様(かみさましよう)の言葉遊びをかなり嫌がっている。

深層狙撃鬼(しんそうそげきおに):盾ありなら怖くないが、盾が外れた瞬間(・・・・・)に本性を出す遠距離敵。強装備依存を切り崩す深層(しんそう)らしい嫌な相手。


【今回の勇者(ゆうしゃ)ステータス】

死亡回数(しぼうかいすう):950回 → 953回

到達階層(とうたつかいそう):930F

最高到達時:Lv86/HP947/947

クラス:帰還者候補/死因学者(しいんがくしゃ)系統

基本スキル:【|基本ローグライクスキル《きほんローグライクスキル》:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

継続主要:【一フレームの神様いちフレームのかみさま Lv.2】【死亡対象ずらししぼうたいしょうずらし Lv.1】【ログ差し戻し(ログさしもどし) Lv.2】【死亡ログ所有権確認しぼうログしょゆうけんかくにん Lv.2】【死亡条件識別しぼうじょうけんしきべつ Lv.1】

攻略基礎:【死因学習(しいんがくしゅう) Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別(みしきべつ)警戒 Lv.5】【(わな)感知 Lv.4】【総合盤面確認そうごうばんめんかくにん Lv.2】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【装備外し深層警戒そうびはずししんそうけいかい Lv.1】

内部更新:【強装備依存警戒】が死因図鑑(しいんずかん)室へ登録


【ローグライクあるあるネタ】

装備外し(そうびはずし)(わな)は、装備中の武器・盾・腕輪(うでわ)を外すため、呪い装備を外せる利点がある一方、深層(しんそう)では防御計算が一気に崩れる危険もあります。ケンゴウ系の装備はじき(そうびはじき)も、武器や盾を強制的に飛ばす嫌な事故として有名です。今回は「高レベル・高HP・強装備でも、装備が外れた瞬間(・・・・・)深層(しんそう)()で死ぬ」という形へ変換しました。


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