記憶力ゼロの賢者、効果不明の魔法を唱える
迷宮で賢者と出会います。
詠唱は完璧です。
効果は本人も覚えていません。
属性迷宮の一階を越えた時点で、わたしは魔法に対する信頼を半分失っていた。
いや、便利ではある。火球は敵に届く。離れて戦える。勇者っぽい。
でも油床で自分も燃えた。
これが問題だ。
「ログル、魔法って全部あんな感じ?」
「少なくとも、この迷宮では床、壁、射線、属性の影響を強く受けます」
「剣より考えること多い!」
「考えずに振ると死ぬのは、剣も魔法も同じです」
「正論が痛い!」
二階へ続く階段の横で、誰かが倒れていた。
紫色のローブ。長い帽子。大きな本。
いかにも賢者。いかにも魔法使い。
ただし、床にうつ伏せで寝ている。
「ログル。人?」
「生命反応あり。魔力反応、大きめです」
「賢者っぽい」
「賢者っぽい倒れ方ではありません」
わたしが近づくと、ローブの人がむくっと起きた。
年齢はお姉さんくらいに見える。眼鏡の奥の目はきらきらしている。
「おお。勇者様ですね。私は賢者ルーメ。すごい魔法を思い出しました」
「すごい魔法!」
「何の魔法でしたっけ?」
「思い出してないじゃん!」
ルーメは胸を張った。
「詠唱は完璧です」
「効果は?」
「不明です」
「一番大事なところ!」
ログルが、わたしの肩で耳を伏せた。
「勇者様。この方、危険です」
「うん。見た目よりだいぶ危険」
「魔力は本物ですが、記憶が穴だらけです」
「穴だらけの賢者って何!?」
その時、奥の通路からスライムが三匹現れた。
青い床の上を、ぷるぷると近づいてくる。
わたしは杖を構えた。
「ころころ火球は床確認してから」
「はい。青い床は水属性です。火は弱まる可能性があります」
「じゃあ使いにくい!」
ルーメが本を開いた。
「大丈夫です。部屋全体を払う魔法を思い出しました」
「効果覚えてる?」
「部屋全体です」
「部屋全体に何が起きるの?」
「何が起きるのでしょう」
「唱えるなああああ!」
ルーメはもう詠唱を始めていた。
「天より降り、床より響き、部屋に満ちる雷の歌よ......」
「ログル! 長い!」
「複数ターン詠唱です。敵が接近します」
「ルーメさん、止まって!」
「詠唱は途中停止すると、くしゃみみたいになります」
「魔法をくしゃみにしないで!」
一ターン。スライムが近づく。
二ターン。さらに近づく。
三ターン。わたしの足元が青く光る。
「ログル、これ水床?」
「はい。雷が伝わりやすいです」
「嫌な予感しかない!」
ルーメが杖を掲げた。
「部屋鳴り雷!」
部屋全体が、白い光で弾けた。
スライムが崩れる。床が鳴る。壁までびりびり震える。
そして、わたしの体もびりびり震えた。
「わたしも部屋にいるううううううううう!」
「部屋範囲です」
「敵だけじゃないの!?」
「部屋範囲です」
「二回言わないで!」
体がしびれて動けない。
ルーメも床に転がっている。
「成功です。敵は倒れました」
「わたしたちも倒れてる!」
通路の奥から、鈍足スライムが一匹、ぺち、ぺち、と近づいてきた。
「ログル。あれ遅いよね」
「鈍足です。二ターンに一回行動します」
「こっちは?」
「しびれで行動不能です」
「つまり?」
「ゆっくり負けます」
「一番いやなやつ!」
ぺち。
HPが減る。
ぺち。
また減る。
「待って! 鈍足に負けるの、心がつらい! せめて速くして! 神様ァ! 死ぬ時までテンポ管理してええええええええ!」
ぺち。
視界が白く弾けた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
【死亡ログ】
死亡回数:23回目
死因:【部屋鳴り雷で自分もしびれて動けなかった】
評価:【部屋範囲は味方も部屋内です】
新規獲得:【部屋鳴り雷 Lv.1】
新規獲得:【範囲魔法警戒 Lv.1】
白い拠点で、わたしは床に大の字になった。
「ログル」
「はい」
「部屋範囲って、部屋全体なんだね」
「はい」
「言葉通りすぎるの、逆に罠じゃない?」
「言葉通りだからこそ確認が必要です」
リュシアが果実水を置いた。
「今度は雷?」
「うん。わたし、部屋の一部だった」
「そりゃそうね」
「そこ、否定してほしかった!」
ログルは死因図鑑へ新しいページを追加した。
【部屋範囲魔法】
敵だけではなく、使用者、味方、床、罠にも影響する。
「魔法って、もしかして名前をちゃんと聞かないとだめ?」
「かなり重要です」
「食材も名前が分からないと死んだ。魔法も名前が分からないと死ぬ」
「学びはつながっています」
「つながり方が命がけ!」
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
再挑戦で、わたしはルーメに条件を出した。
「ルーメさん」
「はい。すごい魔法を思い出しました」
「唱える前にログルへ確認」
「詠唱は完璧です」
「効果確認!」
「効果は不明です」
「そこを覚えてえええええええ!」
ルーメは真剣にうなずいた。
「では、不明な時は不明と言います」
「言えてえらい。でも唱えないで」
今度は、部屋鳴り雷を水床に直接撃たない。
スライムを通路へ誘導し、わたしは部屋の外へ一歩下がる。ルーメは詠唱を短く切り、雷を壁の水晶へ流した。
びり、と小さな雷が走り、スライムだけがしびれる。
「できた!」
「部屋範囲を部屋外から使う判断、成功です」
「魔法、やっとちょっと魔法っぽい!」
ルーメは胸を張った。
「やはり私は賢者ですね」
「効果を覚えたら、もっと賢者だよ!」
迷宮の奥へ続く扉が開いた。
【今回の死亡ログ】
死亡時レベル:Lv1
死亡時HP:0/15
死亡時満腹度:58/100
今回の死因:【部屋鳴り雷で自分もしびれて動けなかった】
評価:【部屋範囲は味方も部屋内です】
ロスト:【未登録探索成果】
新規獲得:【部屋鳴り雷 Lv.1】【範囲魔法警戒 Lv.1】
【今回の勇者ステータス】
現在シード:シード019
次回開始:Lv1/HP15
死亡回数:23回
クラス:勇者
クラス適性:魔法使い適性 発現
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済みスキル】
【危険察知 Lv.2】
【足元確認 Lv.2】
【未識別警戒 Lv.3】
【食材識別 Lv.2】
【満腹度節約 Lv.1】
【スープ回復 Lv.1】
【詠唱前確認 Lv.1】
【魔法誤爆警戒 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【部屋鳴り雷 Lv.1】
新規獲得:【範囲魔法警戒 Lv.1】
仲間記録:【記憶力ゼロの賢者ルーメ】仮登録
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