ログル、送信を止める
ログルの宝石に、神様側から命令が届く。
けれど相棒は、初めてはっきりと送信を拒んだ。
死因図鑑室の奥から、紙をこするような音がした。未送信ログ送信命令が現れたのは、誰かが呼んだからではない。むしろ呼ばれたくなかったものほど、神様の雑な処理は勝手に顔を出す。
ログルの宝石に命令文が出た。【未送信死亡ログを送信してください】。それは解析ではなく、首輪のような文字だった。
ログルの宝石に、白い命令文が浮かんだ。未送信死亡ログを送信してください。丁寧な文なのに、刃物より冷たく見える。コヨリは反射でログルを抱えそうになり、寸前で手を止めた。抱えることも一手になる。ここでは優しさまで罠に変わる。
「送信しません」
「ログル」
「ぼくは端末ではありません。コヨリ様の相棒です」
「その発言、法的にも記録します」
「して。大きくして。神様の窓に貼れるサイズで」
ログルは命令文を見つめたまま、しばらく黙っていた。いつもの彼なら、危険度や送信先を解析する。けれど今回は、解析より先に心が動いているのが分かった。神様側端末としての命令と、コヨリの相棒としての記録が、宝石の中でぶつかっている。
コヨリは手を伸ばさない代わりに、床へ座った。目線をログルに合わせる。守ろうとして掴めば、再初期化処理が進むかもしれない。だから、まず話す。話すだけなら、まだ盤面は動かない。ログルが自分で選べるように、隣にいる。
「ログル、送らなきゃ壊れる?」
「壊れるかもしれません」
「送ったら?」
「勇者様の死亡ログが、神様側へ戻ります」
「どっちも嫌」
「ぼくも嫌です」
その短い言葉で、コヨリは泣きそうになった。ログルが嫌だと言った。それだけで十分だった。
命令文は、返答を待ってくれない。白い文字がじわじわ太くなり、宝石の内側へ食い込む。コヨリは叫びたかったが、ログルが首を振った。これは彼の選択だ。コヨリが代わりに怒鳴れば、ログルの拒否ではなく勇者の妨害になってしまう。
「送信しません」
ログルの声は小さかった。けれど、白い命令文はその一言で止まった。
停止は一瞬だけだった。次に浮かんだ文字は【端末不良】、その次が【記録獣再初期化】。コヨリは今度こそ手を伸ばす。行動判定が入るのは分かっていた。それでも、伸ばさない選択はできなかった。
ログルを抱えた一手で、再初期化の白い輪が進んだ。彼を守るための動きが、彼への処理を早める。あまりに性格の悪い盤面だった。ログルは宝石を光らせ、送信先を神様側から拠点側へねじ曲げる。その反動で、コヨリの視界が白く弾けた。
【死亡ログ】
【死因:ログルを抱えて一手使った】
【評価:それでも必要な一手でした】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
戻ってきたコヨリの腕には、まだログルの重みが残っていた。実際の腕の中には何もない。けれど次の瞬間、ログルが膝の上へよじ登ってきたので、コヨリは何も言わずに抱え直した。今度は、もう行動判定ではない。拠点の時間だった。
「ログル、送らなかった?」
「はい」
「怖かった?」
「怖かったです」
「わたしも」
「でも、送らなくてよかったです」
「うん。すごく、よかった」
反省会テーブルには、白い命令文の欠片が置かれた。コヨリはそれに【いらない】と書き、ログルは隣に【送信先:拠点】と小さく足した。二つの字は、並ぶと少しだけ強く見えた。
【ログ差し戻し Lv.2】
【ログ差し戻し Lv.2】は、ログルの宝石に近づけすぎない場所へ置かれた。負荷が高い。けれど、もう神様側へ自動で渡すだけの端末ではない。その事実を、棚札が静かに示していた。
ログルの宝石の傷は、撫でても消えない。コヨリは何度も見て、何度も『ごめん』と言いかけ、そのたびログルに止められた。『謝罪より、次の一手です』。相棒は厳しくて、やさしかった。
ログルの拒否は、拠点のどの怒鳴り声より強かった。大きな声ではない。むしろ静かだ。けれど、神様側の命令文に対して、初めてまっすぐな線を引いた。
「ログル。怖い?」
「怖いです」
「言ってくれてよかった」
「怖くないふりをすると、勇者様が無茶をします」
「するかも」
「なので、怖いまま止めます」
コヨリはその言葉を聞いて、腕の中に抱えたい衝動をこらえた。守りたい。でも、ログルは守られるだけの端末ではない。自分で立って、送信しないと言った相棒だ。
送信拒否のあと、ログルは少しだけ息を乱していた。カーバンクル型の小さな胸が上下するたび、宝石の傷が白くまたたく。コヨリは手を伸ばして、途中で止める。守りたい。でも、守りたいからこそ、ログルが自分で選んだ一手を奪いたくない。
「ログル。無理しないでって言いたい」
「はい」
「でも、無理しなきゃ止まらないこともある」
「はい」
「じゃあ、無理する時は言って」
「言いました」
「もっと早く」
「努力します」
そんな会話をしながら、二人は次の処理を見ている。怖いのに、少しだけいつもの調子が戻る。その調子こそ、神様側が奪えなかったものだった。
ログルの『送信しません』は、壁にも残した。コヨリが書いたのではない。ベルが正式文書として清書し、ネムが受付外印を押し、ゼルドが魔王軍側の証人欄へ署名した。ログルは恥ずかしそうにしていたが、コヨリはその紙を見て満足した。相棒の拒否は、ただの反抗ではなく、拠点全体の方針になった。
その日の記録は短かった。長く書くと、ログルの傷を何度もなぞるようで嫌だったからだ。コヨリは一行だけ残す。【ログルは送らなかった】。それだけで、その日の全部が分かる気がした。
【登場人物紹介】
コヨリ:再初期化されそうなログルを抱え、一手を使ってでも守ろうとした。合理的には危険でも、相棒を手放さない選択が今回の核心。
ログル:神様側の未送信ログ送信命令に、はっきり「送信しません」と拒否した。神様側端末ではなく、コヨリの記録者になる決定的な回。
白い命令表示:端末不良、再初期化などの無機質な文字でログルを処理しようとする敵。文字だけなのにかなり怖い。
ログ徴収係:開放されたログへ寄ってくる厄介者。大事なものを守るほど敵が増える、ローグライクらしい嫌な盤面を作った。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:935回 → 941回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
(第206話時点)
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【罠感知 Lv.4】
【逃走判断 Lv.3】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】
【一フレームの神様 Lv.2】【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】
【世界種保存 Lv.1】【墓標ログ読解 Lv.2】【残影識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】
【仕様札識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【死亡回数価格確認 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.2】
【死亡予定拒否 Lv.1】【役割死亡条件分離 Lv.1】【欠落仕様読解 Lv.1】【死亡ログ先行感知 Lv.1】
【死亡回数圧縮耐性 Lv.1】【千回予約拒否 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
更新:【ログ差し戻し Lv.1】→【ログ差し戻し Lv.2】
【ローグライクあるあるネタ】
これは護衛対象と重要アイテム保護の事故です。ローグライクでは、拾う、置く、抱える、装備を替えるといった補助行動も一手を消費します。ログルを守る一手は感情的には正解ですが、その一手で再初期化処理とログ徴収係が進む。ゲーム的に言えば、残りHPが少ない場面で大事なアイテムを拾いに戻り、その行動で敵ターンを渡してしまう事故です。
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