アドミニスの千回予約
アドミニスが、いつもの軽口を失って現れる。
千回目は止められない。その言葉の裏に、神様の焦りがにじむ。
千回予約札は、朝の白い拠点に似合わないほど黒く沈んでいた。コヨリは椅子の背を両手でつかみ、まず足元を見た。そこに赤いマス目が出ていないことを確認してから、ようやく顔を上げる。
アドミニスは笑おうとしたが、いつもの軽さが頬に乗らなかった。白い窓の縁には、千回予約札がゆっくり押し出されている。
白い窓が開いた時、コヨリはすぐに文句を言わなかった。アドミニスの笑顔が、いつもより下手だったからだ。軽口を言う準備だけして、喉の奥で引っかかっている顔。そんな神様を見るのは、腹立たしいのに少しだけ怖かった。
「千回目は、止められないよ」
「神様が作ったんでしょ。なら止めて」
「止められるなら、とっくに止めている」
「じゃあ、わたしが千回死んだら、わたしはどうなるの」
「......」
アドミニスは「千回目は止められない」と言った。「止めない」ではなく「止められない」。その違いを、コヨリは聞き逃さなかった。神様が逃げ道として選んだ言葉なのか、本当に仕様へ縛られているのか。どちらにしても、コヨリを使い潰していい理由にはならない。
床には【千回予約】の札が浮いていた。死亡回数が足りなくても、踏めば1000回目扱いにするための札。ログルは宝石を震わせ、ネムは受付票を閉じる。ベルはアドミニスの言葉を一つずつ書き留めていた。後で正式に殴るための書類だ。
「神様。わたしが千回死んだら、わたしはどうなるの」
「......可能性は、あるよ」
「何の」
「滅びないシードへ届く可能性」
「わたしは?」
そこで、アドミニスは答えなかった。軽い神様が黙ると、部屋の白さまで重くなる。
コヨリは怒っていた。けれど、その怒りはいつもの「仕様書出して!」だけでは足りない。アドミニスが世界を救いたかったとしても、そのために自分の終わりを曖昧にするなら、やっぱり間違っている。救うための仕様が誰かを消すなら、その仕様も攻略対象だ。
千回予約札が、白い窓の風に押されて一マス進んだ。コヨリは下がる。札も進む。逃げる床が、少しずつ狭くなる。
ログルが横へ飛び出し、宝石で札の角を受けた。音は小さい。けれど、コヨリにはそれがすごく痛そうに聞こえた。アドミニスの顔から、つくり笑いが完全に消える。
札は砕けなかった。角が曲がっただけで、予約処理は生きている。押し出された札の影がコヨリの足首へ触れた瞬間、未到達のはずの千回目が、遠くから爪を伸ばした。
【死亡ログ】
【死因:千回予約札に押し出された】
【評価:予約は本人確認をしてから】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
白い椅子に戻ると、コヨリはすぐログルを探した。いた。宝石の端が少し白く濁っている。アドミニスの窓は閉じていたが、部屋にはまだ言えなかった答えの重さが残っている。
「ログル、かばわなくてよかったのに」
「かばいました」
「そこ、堂々と言わないで」
「言います。ぼくが選びました」
「......じゃあ、次は一緒に逃げる」
「はい。逃げながら、拒否します」
反省会テーブルには、曲がった予約札の欠片が置かれた。ベルはその横に【本人確認なしの予約無効】と書く。ネムは【未受付】の判を押し、コヨリは【勝手に予約するな】と大きく足した。
【千回予約拒否 Lv.1】
【千回予約拒否 Lv.1】は、千回カウンター監視台の正面に貼られた。予約札が次に動いた時、踏む前に拒否するための札だ。アドミニスへの怒りも、そこに少し混じっている。
アドミニスの窓は、いつもより長く開いていた。コヨリは怒っている。許してはいない。それでも、神様が初めて沈黙で答えたことだけは、反省会テーブルの隅に置いておくことにした。役に立つかは、まだ分からない。
アドミニスが黙った時間は長かった。白い窓の向こうで、彼は何かを言おうとしてやめる。コヨリはその沈黙を、許しとは受け取らない。けれど、初めて神様が答えに詰まったことだけは見逃さなかった。
「神様。世界を救いたかったの?」
「うん」
「それなら、最初から言って」
「言えば、きみは来なかったかもしれない」
「それでも言うのが、ちゃんとした神様でしょ」
「......そうだね」
軽口のない返事は、ずるい。怒りを全部ぶつけるには弱すぎて、同情するには遅すぎる。だからコヨリは、許すかわりに攻略することにした。
千回予約札は、見た目だけならただの白い紙だった。けれど、押し出されるたびに床のほうが逃げ場を減らしていく。自分から踏んでいないのに、いつの間にか踏まされる。神様の仕様は、そういう形をしている。
「神様。これ、あなたが押してないって言っても、あなたの仕様なんだよ」
「分かっている」
「分かってるなら、見て」
「見ている」
「目をそらしたら、もっと怒る」
「そらさない」
アドミニスの声は弱かった。コヨリはその弱さに油断しない。弱い声でも、仕様は強い。だから、神様ではなく仕様を攻略する。その線を、ここで引かなければならなかった。
千回予約札の白い端は、反省会テーブルでまだ動こうとしていた。ベルが文鎮で押さえ、ゼルドがその上に胃薬の瓶を置く。コヨリはそれを見て、少し笑った。ひどい処理も、拠点に持ち帰れば妙な日用品に押さえられる。怖さを完全には消せない。でも、みんなで囲めば、札一枚ぶんくらいは小さくできる。
その夜、コヨリは壁の【帰る】を長く見ていた。神様が答えなかった問いが、胸に残る。だから彼女は下に一行だけ書いた。【答えないなら、わたしが決める】。
【登場人物紹介】
コヨリ:アドミニスに千回目の行き先を問い詰め、即答できない沈黙を引き出した。怒りながらも、神様本人ではなく仕様を止めたいという軸はまだ失っていない。
アドミニス:いつもの軽口を保てず、千回目は止められないと告げた。完全悪ではないが、最悪の実装をした責任者として追い詰められている。
ログル:千回予約札が押し出される瞬間にコヨリをかばい、宝石で一部を受けた。相棒としての危険行動が増えている。
千回予約札:本人確認なしで1000回目を予約しようとする、予約システムの皮をかぶった押し出し罠。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:928回 → 935回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
(第205話時点)
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【罠感知 Lv.4】
【逃走判断 Lv.3】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】
【一フレームの神様 Lv.2】【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】
【世界種保存 Lv.1】【墓標ログ読解 Lv.2】【残影識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】
【仕様札識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【死亡回数価格確認 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.1】
【死亡予定拒否 Lv.1】【役割死亡条件分離 Lv.1】【欠落仕様読解 Lv.1】【死亡ログ先行感知 Lv.1】
【死亡回数圧縮耐性 Lv.1】【千回予約拒否 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【千回予約拒否 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
押し出し・強制移動の事故です。場所替え、吹き飛ばし、ワープ床のような位置操作は便利ですが、着地点に罠や敵がいれば、その便利さがそのまま死因になります。今回は千回予約札がコヨリの足元へ押し出され、避けたつもりでも盤面ごとずらされる。ゲーム的には、敵ではなく床配置に殺されるタイプのギミック部屋です。
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