死んだことにされるシード
コヨリは生きている。
けれどシードの誰もが、勇者様はもう死んだはずだと言った。
死因図鑑室の奥から、紙をこするような音がした。死亡ログ先行シードが現れたのは、誰かが呼んだからではない。むしろ呼ばれたくなかったものほど、神様の雑な処理は勝手に顔を出す。
村人は優しかった。だから怖かった。パン屋のおばちゃんはコヨリを哀れむ目で見て、食事ではなくお供えを差し出した。
初期村ミルカは、気味が悪いほど普通だった。井戸の水は澄み、パン屋からは香ばしい匂いがする。コヨリはその平和さを信用せず、村の入口で足を止めた。普通の村ほど、チュートリアル詐欺の顔をする。
「勇者様は、もうお亡くなりになったはずでは」
「生きてます。ほら、お腹も鳴ってる」
「幽霊さんは食べられないだろう?」
「幽霊じゃない! ただの空腹幼女勇者!」
「世界認識だけが死亡済みです。かなり順番が逆です」
村人はコヨリを見て、悲鳴を上げなかった。もっと嫌な反応をした。気の毒そうに目を伏せ、墓地の方角へ案内しようとしたのだ。ログルの宝石には【勇者コヨリ:死亡済み】と表示されている。本人が立っているのに、世界のほうが先に葬式を済ませていた。
コヨリはパンを買おうとした。パン屋は泣きそうな顔で、供え物用の小さな皿にパンを置く。食べても満腹度は回復しない。死者扱いだからだ。空腹よりも、その扱いのほうが胸に来る。生きている証明が、パン一個にすら届かない。
「ログル、わたし見えてるよね」
「見えています。触れます。声も届いています」
「じゃあ、なんで村の人は墓地をすすめてくるの」
「死亡ログが先に届いています。世界が、ログのほうを正しいと判断しています」
「本人より書類が強いの、やめて」
コヨリは怒鳴りたかったが、村人の目が本当に悲しそうで怒鳴れなかった。この人たちは悪くない。渡されたログを信じているだけだ。だから余計に腹が立つ。誰かを責めれば済む罠より、誰も悪くない顔で進む処理のほうがずっと嫌だった。
彼女は村の掲示板へ近づき、【勇者死亡済み】の札を剥がそうとした。
札の裏には細い白い糸が伸びていた。神様側から送られた死亡ログだ。ログルが止めるより早く、札は村中の鐘へつながり、死者確認の音を鳴らす。
鐘の音が鳴るたび、コヨリの手が少し透けた。宿屋の扉も、道具屋のカウンターも、彼女の体を半分だけ通り抜ける。最後は墓石の影が足元から伸び、コヨリを丁寧にしまい込んだ。丁寧なのが、余計に腹立たしかった。
【死亡ログ】
【死因:死んだことにされたので死んだ】
【評価:順番が逆です】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
拠点へ戻ると、コヨリはすぐにパンを探した。厨房に残っていた小さな丸パンをかじり、満腹度が増えるのを確認する。食べられる。生きている。その当たり前を確かめるだけで、少し泣きそうになった。
「ログル、わたし生きてる?」
「はい。ここでは、死亡前です」
「ここではって言い方、怖い」
「すみません。でも、さっきの村ではログが先でした」
「じゃあ次は、ログより先にわたしが立つ」
反省会テーブルには、供え物皿に乗ったパンの絵を描いた。コヨリはそれを見て、少し迷ってから【食べるためのパン】と書き直す。供えるためではなく、生きている子が食べるためのパンだ。
【死亡ログ先行感知 Lv.1】
【死亡ログ先行感知 Lv.1】は、思い出ログ棚の近くに置かれた。生きている本人より先に死の記録が届く時、そこには必ず誰かの扱われ方が歪む。コヨリはそれを見落としたくなかった。
生きているのに幽霊扱いされるシードは、黒狼より静かに怖かった。誰も悪意を向けてこない。優しく、かわいそうにと見てくる。その優しさに削られたからこそ、ログルの『ぼくは見ています』という言葉が、いつもより強く胸に残った。
ミルカの村は、いつもより優しかった。優しいから、余計に痛かった。誰もコヨリを攻撃しない。罠も置かない。ミミックも口を開けない。ただ、もう死んだ子として扱う。
「ログル。これ、怒っていい?」
「怒っていいです。ただし、村人にではありません」
「分かってる。みんな優しいもん」
「はい。世界認識が間違っています」
「じゃあ、世界に怒る」
「それなら、ぼくも一緒に怒ります」
ログルがそう言ったので、コヨリは少しだけ泣きそうになった。誰かが生きていると見てくれるだけで、身体の輪郭は少し濃くなる。死者扱いのシードで、その事実は何より強い回復だった。
宿帳に名前を書く一手は、剣を振るより緊張した。名前を書けば、生きている証明になる。だが、墓石スタンプが横にある。死者扱いのシードは、コヨリの生存をすぐに取り消そうとする。
「ログル、字が震える」
「震えても読めれば大丈夫です」
「下手でも?」
「はい。勇者様の字です」
「ログル、そういうこと言うのずるい」
「事実です」
コヨリは筆を握り直した。勇者コヨリ。神様がつけた役割かもしれない。でも、今ここで生きている自分の名前でもある。幽霊ではない。お供えではなくパンを食べたい。墓ではなく宿で寝たい。その願いを、宿帳へ押し込めた。
村から持ち帰った宿帳の写しには、震えた字で【勇者コヨリ】とある。下手だ。急いでいたし、消えかけていた。でも、ちゃんと読める。コヨリはそれを見て、うまい字より大事なものがあると思った。生きていると自分で書いた字は、死亡済みログより強くなれる。少なくとも、次に同じ村へ行くまでは。
その日、壁の【帰る】の下に【生きて帰る】が増えた。帰るだけなら、死者の記録でも運べるかもしれない。でもコヨリが欲しいのは、墓地行きの帰還ではない。パンを食べて、ログルを抱えて、自分の足で帰ることだった。
【登場人物紹介】
コヨリ:生きているのに村人から死者扱いされ、パンも宿も道具屋もまともに使えないシードで恐怖を味わった。遺品整理価格に怒るところは笑えるが、存在を否定される怖さも強い。
ログル:本人のHPや満腹度と、世界側の死亡済み表示が矛盾していることを切り分けた。死亡ログ先行バグを読む役。
村人たち:悪意はないのに、コヨリを幽霊として扱う存在。普通の優しさが逆にきつい。
道具屋:生きている勇者に遺品整理価格を提示する、今回いちばん失礼な商売人。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:906回 → 914回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
(第202話時点)
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【罠感知 Lv.4】
【逃走判断 Lv.3】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】
【一フレームの神様 Lv.2】【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】
【世界種保存 Lv.1】【墓標ログ読解 Lv.2】【残影識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】
【仕様札識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【死亡回数価格確認 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.1】
【死亡予定拒否 Lv.1】【役割死亡条件分離 Lv.1】【欠落仕様読解 Lv.1】【死亡ログ先行感知 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【死亡ログ先行感知 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
これは状態異常が先にかかった状態でフロアへ入る回です。ゲーム的には、毒や目つぶしではなく「死亡済み」というバッドステータスを最初から付与された状態。食料を食べても満腹度が回復せず、店では遺品扱いになり、村人の反応もフラグに支配されます。コヨリが怖がる理由は、HPが残っているのにシステム上はもう死者扱いという、ログ先行バグの理不尽さです。
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