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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第23章 千回死亡条件――死ぬのは、わたしじゃない

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ミネルの欠けた仕様書

仕様書のタイトルだけが残っていた。

白紙の奥に、千回死亡条件の本名が隠れている。

 欠けた仕様書(しようしょ)は、朝の白い拠点(きょてん)に似合わないほど黒く沈んでいた。コヨリは椅子の背を両手でつかみ、まず足元を見た。そこに赤いマス目が出ていないことを確認してから、ようやく顔を上げる。


 仕様書(しようしょ)は白紙ではない。削られている。ミネルは書かれた文字ではなく、消された文字の傷を読む。


 仕様書保管棚の奥に、白い本が一冊だけ逆さまに刺さっていた。ミネルはそれを見つけるなり眼鏡を押し上げ、コヨリは一歩下がる。知識神が嬉しそうな時ほど、ページ数か罠数が多い。


「読めない部分を読もうとしてはいけません。空白そのものではなく、空白が残した傷を読みます」

「知識神っぽい。ちょっと難しいけど、かっこいい」

「帰還因子の文字が欠けています。勇者様、近づきすぎないでください」

「帰るって文字が見えたら、近づきたくなるよ」

「だからこそ、周りから読むのです」


 本の題名は【千回死亡条件】。中身は白紙だらけだった。読めないなら安全、ではない。白紙巻物で何度も痛い目を見たコヨリは、空白の怖さを知っている。ミネルは文字のないページをすぐにはめくらず、削られた跡の長さを測り始めた。


 コヨリには、空白を測る意味が分からなかった。だが、ミネルの指は迷っていない。消された単語の幅、句読点の位置、余白に残った圧。見えない文字を、見えないまま読む作業だった。ログルも宝石を弱く光らせ、ページの端に残った記録属性を拾う。


「ミネルさん、白紙って読めるの?」

「読めません。ですが、読めないように削った跡は読めます」

「言ってることが賢者っぽいけど、怖い」

「怖い資料ほど、だいたい重要です」

「神様の仕様書、全部怖いじゃん」

「否定できません」


 タイトルの下に、本来ならもう少し長い文があった。ミネルは断定しない。ただ、【勇者死亡】だけでは文字数が足りないと言う。そこに【対象仕様終了】や【世界切替処理】のような言葉が入っていた可能性がある。コヨリは、神様仕様が死ぬ、という考えを初めて真正面から見た。


 ページの端へ、コヨリは帰還ピンを置いた。刺さない。置くだけ。穴を開ければ、空白がこちらを見る気がしたからだ。


 ミネルが「ここです」と指した空欄は、目で見るとただ白い。だが、近づくほど足元のマスが薄くなる。床ではなく、文字の欠落が穴になっている。コヨリは息を止めた。


 覗き込まなければよかった。分かっていても、欠けた答えは宝箱より誘う。コヨリの前髪が白紙の穴へ吸われ、次に体が傾いた。落とし穴なら底がある。仕様書の空白には、底どころか説明文もなかった。


【死亡ログ】

【死因:仕様書の空白に落ちた】

【評価:読めない部分を覗き込みすぎ】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 白い椅子へ戻ったコヨリは、まず足元を見た。椅子の下に穴はない。それだけで少し安心する。ミネルは落ちたページを閉じ、申し訳なさそうにしていたが、コヨリは首を振った。覗いたのは自分だ。宝箱を二度見する癖と同じで、答えもまた罠になる。


「ミネルさん、神様仕様って本当に死ぬの?」

「可能性はあります。断定はしません」

「断定しない大人、信頼できる」

「八百ページの説明を用意できますが」

「それは信頼と別の問題!」


 反省会テーブルには、空白を写した紙が置かれた。何も書いていない紙なのに、全員が少し離れて座る。コヨリは端に【覗き込み注意】とだけ書いた。


【欠落仕様読解 Lv.1】


 【欠落仕様読解 Lv.1】は、仕様書保管棚の一番低い段に置かれた。高い場所に置くと、コヨリが背伸びしてまた落ちそうだからだ。ミネルは低い棚に少し不満そうだったが、ログルは強く賛成した。


 欠けた仕様書(しようしょ)の切れ端は、ただの白紙に見える。けれどミネルは、それを見て何度もうなずいた。読めないことが、分かることもある。コヨリはその考え方を完全には理解できなかったが、帰るという文字の周りに道が残っているなら、それで十分だった。


 ミネルの読み方は、コヨリには魔法みたいに見えた。文字を読むのではなく、削られた文字の影を読む。白紙の空気、余白の曲がり、句読点があったはずの小さな沈み。知識神は、そこから神様が隠したものを拾っていく。

「ミネルさん。読めないのに、分かるの?」

「分かる、ではありません。可能性を狭めるのです」

「それ、攻略っぽい」

「はい。知識も攻略です」

 コヨリはその言葉が気に入った。剣でも魔法でもない。読むことも、疑うことも、覗き込みすぎないことも攻略になる。帰りたいと思う心が、空白へ落ちる危険になるなら、その周りから道を探せばいい。


 仕様書(しようしょ)の空白は、宝箱より悪質だった。宝箱は開ければ噛むか、中身が出る。だが空白は、見れば見るほど、こちらの知りたい気持ちを吸い込む。帰還因子(きかんいんし)という欠けた文字が、穴の奥で小さく光っているように見えた。

「勇者ちゃん。帰りたい気持ちは、強い光です。でも、強い光ほど影を作ります」

「ミネルさん、詩人みたい」

仕様書(しようしょ)担当です」

「それはそれで怖い」

 ミネルは笑わず、空白の外側へ小さな印を置く。コヨリはその印を見る。帰りたいからこそ、穴へ飛び込まない。帰りたいからこそ、周りを読む。今までのコヨリならできなかった我慢だった。


 仕様書(しようしょ)の切れ端は、光に透かしてもほとんど読めない。それでもコヨリは何度も見た。読めないことを確認するためではない。そこに何かが隠されたという事実を忘れないためだ。神様が隠したなら、隠す理由がある。理由があるなら、攻略できる。そう思うと、白紙は少しだけ敵の地図に見えた。


 その日の終わり、コヨリは【千回死亡条件】という題名を何度も見返した。怖い。けれど、ただ怖いだけではない。もし死ぬ対象を変えられるなら、千回目は終わりではなく、一つだけ残された入口になる。

【登場人物紹介】

コヨリ:欠けた仕様書を読み、千回死亡条件が「コヨリを殺すため」だけではない可能性に触れた。読めない部分ほど気になって覗き込み、空白に落ちるのが本当にコヨリ。

ミネル:削られた文字そのものではなく、空白の長さや文脈から仕様名を推測した。説明過多の知識神だが、今回は読めないものを読む役でしっかり活躍。

ログル:仕様書の空白が穴罠化する前兆を警告し、知識欲と危険確認の境目を示した。

欠けた仕様書:白紙巻物の親戚のようで、覗くと落ちる危険文書。読書が物理的に命懸け。


【今回の勇者ステータス】

死亡回数:900回 → 906回

クラス:帰還者候補/死因学者系統

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

(第201話時点)

【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【罠感知 Lv.4】

【逃走判断 Lv.3】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】

【一フレームの神様 Lv.2】【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】

【世界種保存 Lv.1】【墓標ログ読解 Lv.2】【残影識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】

【仕様札識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【死亡回数価格確認 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.1】

【死亡予定拒否 Lv.1】【役割死亡条件分離 Lv.1】【欠落仕様読解 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【欠落仕様読解 Lv.1】


【ローグライクあるあるネタ】

白紙巻物と穴罠の組み合わせです。白紙は正しく使えば万能に見えますが、何を書くか、どこで読むか、読んだあと何が起こるかまで含めて判断しないと事故ります。今回は仕様書の空白そのものが未識別マスで、覗き込む行為が一手になりました。ゲーム的には、未識別の巻物を安全確認せず読んだら、大部屋化ではなく床が抜けたようなものです。


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