ベルの死亡ログ所有権裁判
魔王相談窓口が、なぜか法廷になった。
争点はひとつ。コヨリの死亡ログは、誰のものか。
死亡ログ所有権裁判を前にして、コヨリはまず深呼吸した。叫ぶと一手に数えられる可能性がある。泣いても、床が気を遣ってくれるとは限らない。理不尽への怒りを、いったん小さな拳の中に押し込める。
白い契約書が相手席に立つ。紙なのに偉そうで、紙なのにこちらを見下している感じがする。ベルの羽ペンが、剣より鋭く光った。
魔王相談窓口は、朝から法廷のようになっていた。机の上には白い契約書、黒い契約書、ベルの赤い訂正紙。コヨリは証言台代わりの踏み台を見て、また踏み台か、と嫌な顔をした。幼女用に調整された設備は、だいたい罠に近い。
「死亡ログは本人の経験、記憶、痛み、選択の記録です。召喚契約に基づく主神管理資産ではありません」
「勇者は死亡に同意済み」
「してない! 死ぬなんて聞いてない。何度も死んで、何度も忘れられるなんて聞いてない!」
「ただいまの発言を、説明不足による同意無効の証言として採用します」
「怒鳴ったの、役に立った? ならよかった......でも次は合図して」
争点は、死亡ログの所有権だった。神様側の契約書は、勇者死亡ログを主神管理資産だと言い切る。ベルはそれを聞いて、羽ペンを折らなかった。折らなかっただけで、目はかなり怖い。コヨリは「資産」という言葉で少し黙った。自分の痛みが、棚卸しされる商品みたいに扱われている。
法廷はターン制だった。一つ発言すれば、相手の条項も一つ進む。余計なツッコミは不利になる。コヨリは口を押さえ、ベルの合図があるまで黙る訓練をした。黙ることがこんなに難しいとは思わなかった。神様仕様より、自分のツッコミ欲のほうが先に暴れそうだ。
「勇者様、ここでは叫ぶ前に私を見てください」
「叫びたくなったら?」
「羽ペンを立てます」
「羽ペンが折れたら?」
「その時は私も怒っています」
「合図として分かりやすすぎる」
契約書が【勇者は死亡に同意済み】と読み上げた瞬間、コヨリの我慢は限界に近づいた。聞いていない。説明されていない。死んでも次があるから実質セーフ、なんて軽い言葉は、同意ではない。ベルの羽ペンが机に立つ。叫んでいい、という合図だった。
「してない! してないしてないしてない! 説明受けてない!」
コヨリの声が法廷に響き、同時に床のマス目が赤く光った。
神様側の契約書が勝ち誇ったようにページをめくる。だが、ベルはその瞬間を待っていた。説明不足による同意無効。彼女の羽ペンが、契約書の白い余白へまっすぐ線を引く。
勝った、と思った直後が危ない。契約書は自爆条項を発動し、ページの端を紙刃に変えた。コヨリは机の下へ潜ろうとして、踏み台に足を取られる。だから踏み台は嫌いだ。
【死亡ログ】
【死因:契約書の自爆に巻き込まれた】
【評価:勝訴後も足元確認】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
戻ったコヨリは、椅子の上で膝を抱えた。怒鳴った喉が少し痛い。けれど、言えたことへの後悔はなかった。ベルは契約書の焦げた切れ端を拾い、いつもより丁寧に封筒へ入れている。
「ベルさん、勝ったのに死んだ」
「勝訴後の自爆対策が不足していました」
「裁判にも爆発あるの?」
「神様側の契約書ですので」
「法務に爆発を持ち込むなあああああ!」
「その点も抗議します」
反省会テーブルには、【同意なし】【説明不足】【自爆条項注意】の三枚が並んだ。コヨリは最後の札にだけ、爆発マークを三つ描いた。ベルは四つ目を足した。
【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
【死亡ログ所有権確認 Lv.2】は、ベルの抗議文の上に重ねられた。Lv.1では「誰のものかを見る」だけだったが、今は「勝手に渡したことにされていないか」を疑える。
法廷の線は消えたが、テーブルには白い紙の焦げ跡が残った。ベルはそれを見て『勝訴後に爆発する契約書など、最低です』と静かに言う。コヨリは『最低の種類が増えていく』と返し、少しだけ笑った。
法廷になった魔王相談窓口は、妙に静かだった。静かだからこそ、契約書のめくれる音がよく響く。一枚めくれるたびに、コヨリの死が別の言葉に置き換えられていく。検証。資産。素材。合意。
「ベルさん。言葉を変えると、痛くなくなるの?」
「いいえ。痛みを見えにくくするだけです」
「じゃあ、ずるい」
「はい。だから、こちらも言葉で取り返します」
ベルの羽ペンは、剣ではない。でも、白い契約書の嘘を切るには十分だった。コヨリは、自分の怒りがただのわがままではないと初めて感じた。死ぬのが嫌だと言っていい。説明されてないと叫んでいい。ベルの書類が、それを正式な言葉にしてくれる。
白い契約書は、コヨリが黙るほど有利になるようにできていた。難しい言葉を並べ、同意済みと決めつけ、説明されたことにしてしまう。分からなかった子どもが悪い、という顔をする。その顔に、コヨリは見覚えがあった。神様が最初に笑っていた顔に少し似ている。
「ベルさん。わたし、難しい言葉で負けそう」
「負けません。難しい言葉は、こちらでほどきます」
「じゃあ、わたしは?」
「あなたは、説明されていないと正直に言ってください」
それならできる。できすぎて、怒鳴ってしまった。でもベルは、その怒鳴り声を証言にしてくれた。コヨリの痛みが、初めて正式な形で紙に残った。
裁判のあと、コヨリはしばらく声がかれていた。怒鳴ったせいだ。ベルは温かい飲み物を出し、ネムは受付票の裏に【のど休め】と書いてくれた。ゼルドは『裁判とは戦闘より疲れる』と言い、誰も否定しなかった。言葉で戦うのは、剣で戦うより地味なのに、あとからずしりとくる。
コヨリは壁に【説明を聞いてない同意は同意じゃない】と書いた。字が長くて曲がったが、ベルは直さなかった。まっすぐすぎる書類より、曲がっていても本人の字のほうが強い時がある。
【登場人物紹介】
コヨリ:死亡ログ所有権裁判で、死亡への同意などしていないと叫んだ。感情が先に出たことで罠も動いたが、その叫びがベルの主張を通す鍵にもなった。
ベル:今回の主役。死亡ログは本人の経験と痛みの記録であり、神様の管理資産ではないと法廷で戦った。勝訴後に契約書が自爆するあたり、法廷もダンジョン。
ログル:発言ターンと契約書の進行を読み、余計な一言が不利条項になることを警告した。会話すらターン制になる回の管理役。
白い契約書:本人不在の神様側代理。都合のいい条項を増やし、負けると自爆するあたり、契約書というより爆ぜ岩。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:894回 → 900回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
(第200話時点)
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【罠感知 Lv.4】
【逃走判断 Lv.3】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】
【一フレームの神様 Lv.2】【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】
【世界種保存 Lv.1】【墓標ログ読解 Lv.2】【残影識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】
【仕様札識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.2】【死亡回数価格確認 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.1】
【死亡予定拒否 Lv.1】【役割死亡条件分離 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
更新:【死亡ログ所有権確認 Lv.1】→【死亡ログ所有権確認 Lv.2】
【ローグライクあるあるネタ】
契約書を巻物として扱った回です。ローグライクの巻物は読む場所とタイミングが大事で、部屋全体に効果が出るものもあれば、読んだ瞬間に不利な状態になるものもあります。ここでは発言が一手で、相手の条項も一項目進むため、ゲーム的には「法廷という部屋で、読むたびに敵ターンが進む巻物戦」。勝訴しても紙片自爆が残るので、ボスを倒した直後の足元確認までが攻略です。
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