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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第23章 千回死亡条件――死ぬのは、わたしじゃない

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ネムの未処理死亡票

死亡受付の奥には、死んでいない票まで積まれていた。

ネムが、死神として一番嫌いな処理に赤いハンコを押す。

 死因図鑑室の奥から、紙をこするような音がした。未処理死亡票の棚が現れたのは、誰かが呼んだからではない。むしろ呼ばれたくなかったものほど、神様の雑な処理は勝手に顔を出す。


 未処理棚には【死亡予定】【死亡相当】【死亡してほしい】と書かれた票が混ざっている。ネムは眠そうな顔のまま、その最後の票だけを強く握りつぶした。


 ネムの受付奥は、いつもより静かだった。棚には未処理の票が詰まり、紙の重みで板が少し反っている。コヨリは入ってすぐ、靴音を小さくした。ここでは大声のツッコミすら、誰かの死を乱暴に扱うみたいでためらわれた。


「死亡予定は、死んだことじゃない」

「うん。予定表に書かれただけで死ぬなら、宿題の予定で全員倒れるよ」

「たとえが幼いですが、意味は正確です」

「受付不可。死んでないものは、受けない」

「ネム、今日かなりかっこいい。眠そうなのに」


 票には、死んだ事実ではなく、死んだことにしたい気配が混じっていた。【死亡予定】【死亡相当】【死亡してほしい】。最後の札を見た瞬間、ネムの眠そうな目がほんの少しだけ開く。無気力な死神の顔から、事務の線を越えられた怒りが見えた。


 コヨリは票束に触れなかった。紙の敵は、触った瞬間に増えることがある。巻物も札も契約書も、紙だから弱いとは限らない。ネムは赤い判子を持ち、ログルは票の影を読む。ベルがいない分、受付の判断はネムに寄っていた。


「ネム、これ受付したら?」

「だめ」

「いつものだるい『だめ』じゃなくて、本気のだめだ」

「死んでないものは、ぼくの窓口に来ないでほしい」

「死神が言うと説得力あるね」

「死神だから言う」


 ネムは【死亡予定】の票に赤い判子を押した。判面には【受付不可】と彫られている。派手な魔法ではない。けれど、その音は拠点の床を小さく震わせた。死を扱う者が、死の偽物を拒む音だった。


 一枚目は止まった。二枚目も止まる。三枚目に判子を押した瞬間、棚の奥から未処理票が雪崩れた。


 紙は刃にならず、もっと嫌なものになった。視界をふさぎ、口に入り、足元のマスを隠す。攻撃力よりも確認を奪うタイプの敵だ。コヨリは小石を投げようとして、手元の小石袋まで紙に巻かれていることに気づく。


 前が見えないまま一歩下がる。そこが赤いマスだった。紙に埋もれて死ぬなんて地味すぎる、と抗議したかったが、口にも死亡予定票が貼りついて声にならなかった。


【死亡ログ】

【死因:死亡予定票で前が見えなくなった】

【評価:死ぬ予定は未定です】


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 白い椅子に戻ったコヨリは、まず口の中を確認した。紙の味はしない。ほっとした途端、ネムが黙ってお茶を置いた。いつもの事務的な動作なのに、その湯気だけは少し優しかった。


「ネム、怒ってた?」

「怒ってない」

「嘘だ。判子の音、すごかった」

「......死んでから来てほしい」

「その言い方、普通なら怖いけど、今回はすごく分かる」

「順番、大事」


 反省会テーブルには、【受付不可】が押された票だけを残した。押されなかった票は、ログルが宝石の光で灰にする。コヨリは灰皿に【願望で死亡にするな】と書いた。


【死亡予定拒否 Lv.1】


 【死亡予定拒否 Lv.1】は、ネムの受付カウンターに置かれた。コヨリのスキルでありながら、ネムの判子がなければ意味を持たない札だ。死神が味方になるということは、死に対して少しだけ正式に抗議できるということだった。


 ネムの赤いハンコは、端が少し欠けていた。コヨリが心配すると、ネムは『経費』とだけ答える。ベルが即座に請求書の宛名を主神アドミニスにしたので、コヨリはこの拠点(きょてん)の事務力に少しだけ希望を持った。


 未処理棚の奥にある票は、どれも似た顔をしている。死亡予定、死亡相当、死亡予約。言葉を少しずつずらして、死んだことに近づける。コヨリはそのずるさにぞっとした。

「ネム。これ、死神の仕事を神様が勝手に使ってる?」

「使ってる。しかも雑」

「死神が雑って言うと、かなり雑」

「うん。死は雑に扱うと、あとで全部ぐちゃぐちゃになる」

 ネムは赤いハンコを握り直した。眠そうな子どもみたいな姿なのに、その時だけ、彼女は確かに死を扱う神だった。

「死ぬのは、怖いよ」

 コヨリは小さく言う。

「でも、死んでないのに死んだことにされるのは、もっと気持ち悪い」

「分かる。だから、押さない。受けない。戻す」

 ぽん、と赤い印が鳴った。


 ネムの棚には、地味な怖さがあった。派手な敵はいない。爆発もしない。けれど、紙が一枚増えるたびに、コヨリの未来が勝手に薄くなる。死亡予定という言葉は、予定表みたいで軽い。だからこそ危ない。

「予定は変えられるよね」

「変えられる。だから予定」

「じゃあ、死亡予定も変えられる」

「うん。受付不可」

 ネムはそう言って、また判子を押す。ぽん、という音が、コヨリには攻撃音より頼もしく聞こえた。死神の仕事は死を増やすことではなく、死を勝手に増やそうとするものを拒むことでもある。コヨリはそのことを、紙吹雪で前が見えなくなりながら覚えた。


 赤い【受付不可】の印は、思ったよりきれいだった。コヨリはネムに頼んで、白紙の端にも一つ押してもらう。ネムは『お守りじゃない』と言ったが、押してくれた。お守りではなくても、見ると安心する。死神の拒否印が安心材料になる日が来るとは、異世界に来たばかりのコヨリには想像できなかった。


 その日、コヨリは死亡回数の横に【予定は未定】と書いた。軽い言葉のはずなのに、手は少し震えた。神様が未来の死まで先取りするなら、こちらは未来の生存を予定に入れてやる。


【登場人物紹介】

コヨリ:未処理死亡票の山から、自分の死が予定や願望として勝手に増やされていることを知る。「死亡してほしい」はさすがに願望じゃん、と叫ぶ怒りが正しい。

ネム:死亡予定票に【受付不可】の赤いハンコを押し、死んでいないものを死として扱う神様仕様を拒否した。今回の主役であり、死神としての矜持が見える。

ログル:紙束の動きと目つぶし状態を読み、処理待ちの票が敵化する危険を伝えた。事務用品が襲ってくる世界でも冷静。

未処理死亡票:紙なのに増え、貼りつき、視界を奪う敵。巻物系事故の親戚みたいな厄介者。


【今回の勇者ステータス】

死亡回数:882回 → 888回

クラス:帰還者候補/死因学者系統

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

(第198話時点)

【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【罠感知 Lv.4】

【逃走判断 Lv.3】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】

【一フレームの神様 Lv.2】【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】

【世界種保存 Lv.1】【墓標ログ読解 Lv.2】【残影識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】

【仕様札識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.1】【死亡回数価格確認 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.1】

【死亡予定拒否 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【死亡予定拒否 Lv.1】


【ローグライクあるあるネタ】

巻物・紙束・目つぶし状態を合わせた事故です。ゲーム的には、部屋で巻物を読んだら効果範囲は広いけれど、悪い巻物なら自分の視界や行動も潰れます。今回は死亡予定票が敵なので、倒すより先に貼りつかれ、剥がすにも燃やすにも一手かかる。コヨリにとっては「状態異常を受けている間にも敵の処理が進む」タイプの、地味にいちばん嫌な盤面です。


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