ログ徴収係が来る
白い掃除係の次は、ログを持ち去る徴収係。
死亡ログは誰のものか、ログルが初めて強く拒む。
白いログ徴収係は、朝の白い拠点に似合わないほど黒く沈んでいた。コヨリは椅子の背を両手でつかみ、まず足元を見た。そこに赤いマス目が出ていないことを確認してから、ようやく顔を上げる。
白い袋を背負った徴収係は、コヨリを見ずに帳簿だけを見る。その態度が、死を痛みではなく在庫として扱っているみたいで、コヨリは喉の奥が冷えるのを感じた。
白いログ徴収係は足音を立てずに入ってきた。掃除係のように消すのではなく、袋へ入れて持ち去る。ログルはいつもの位置にいなかった。コヨリの前へ半歩出て、宝石を袋の口へ向けている。小さな体なのに、明らかに通せんぼの姿勢だった。
「勇者死亡ログは主神管理資産です。未送信分を提出してください」
「提出しません」
「ログル、今の言い方、すごくよかった」
「震えていますが、撤回しません」
「死亡受付を通してないログは死亡ログじゃない。ぼくの棚を勝手に通過しないで」
徴収係が狙っているのは、神様側へ送らずに保留していた死亡ログだった。紙なら奪える。データなら送れる。けれどログルにとって、それは紙でもデータでもない。コヨリが何度も死んで、それでも次に進むために残した痛みと選択だ。だから彼は、珍しく説明より先に拒否した。
コヨリは袋の口を見た。中は暗いのに、紙がこすれる音だけがやけに多い。開けたら何か出る。袋、壺、箱、宝箱。中身が見えないものはだいたい敵だ。過去の死因図鑑が全力で警鐘を鳴らしている。
「ログル、下がって」
「嫌です」
「嫌ですって言った! ログルが!」
「このログは、ぼくが見てきました」
「でも、初期化とか来たら」
「それでも渡しません」
その声は小さかったが、神様側端末の返答ではなかった。相棒の声だった。
コヨリは自分の死因を守られていることに、少しだけ戸惑った。死因なんて嫌なものだ。見られるのも読まれるのも恥ずかしい。それでも、勝手に持っていかれるのはもっと嫌だった。恥ずかしいから捨てるのと、他人に奪われるのは違う。
コヨリは白銀の帰還ピンを袋の紐へ投げた。刺すのではなく、留める。袋の口が一瞬だけ閉じ、徴収係の白い手が空をつかんだ。
しかし袋の中身は静かにならなかった。閉じ込められたログ紙片が、内側から部屋を叩き始める。ログルが「離れて」と言った時には、袋そのものが一つの部屋に変わりかけていた。
紙片の群れが吹き出した。モンスターハウスの足音の代わりに、死因の文字がばらばらと床を埋める。コヨリは一枚を避けたが、二枚目が目元に貼りつき、三枚目が足元のマスを隠した。見えない床で一手を選べるほど、まだ上手くない。
【死亡ログ】
【死因:徴収袋の中がログモンスターハウスだった】
【評価:袋を開ける場所が悪い】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
白い椅子に戻ったコヨリは、顔に貼りついた感覚が残っている気がして、何度も頬を払った。ログルはすぐ近くにいた。宝石に細い傷が走っている。コヨリは死因ログより先に、その傷を見た。
「ログル、それ痛い?」
「機能には問題ありません」
「それ、痛い人の言い方じゃない?」
「......少し、嫌です」
「じゃあ嫌って言って。わたしも嫌だった」
「はい。嫌でした」
反省会テーブルには、徴収袋の切れ端とログ紙片が分けて置かれた。ネムは『受付していないログを勝手に持っていくな』と書き、ベルはその下に『正式抗議予定』と足した。
【ログ差し戻し Lv.1】
【ログ差し戻し Lv.1】は、ログルの宝石に近い棚へ仮置きされた。コヨリは棚札を見て、少し迷ってから【ぼくの記録】という小さな紙を貼る。ログルは何も言わなかったが、尻尾が一度だけ揺れた。
ログ徴収係の袋から落ちた紙片には、コヨリの知らない死因も混じっていた。過去勇者のものか、破棄されたシードのものかは分からない。ログルはそれを見て、しばらく黙ったあと『これも、持ち主を探します』と言った。
徴収係は、痛みを知らない顔をしていた。顔がないのだから当然かもしれない。けれど、顔がないからこそ、こちらの言葉がどこにも届かない感じがした。
「ログって、ただの紙じゃないよ」
コヨリは言った。怒鳴らなかった。怒鳴ると処理が進むからではなく、怒鳴りだけで済ませたくなかった。
「黒狼に噛まれたのも、ミミックに食べられたのも、未識別草で爆発したのも、全部わたしが覚えてる。笑ってるけど、忘れたわけじゃない。それを袋に入れて持っていくなら、せめてわたしに聞いて」
「承認は不要です」
「じゃあ、なおさら渡さない」
ログルの宝石が隣で光った。コヨリの言葉を、ログルが記録として支えている。二人分の拒否が、白い袋の口をわずかに止めた。
ログ徴収係の帳簿には、コヨリの死因がきれいに整理されていた。きれいすぎる整理は、かえって気持ち悪い。黒狼死亡。罠死亡。壺死亡。条件死亡。そこには、コヨリがその時何を思ったか、ログルがどんな声で警告したか、ネムがどんな顔で受付票を出したかがない。
「ログル。わたし、死因欄だけだと、ちょっと別人みたい」
「はい。死因だけでは、勇者様ではありません」
「じゃあ、持っていかせない」
「はい」
白い袋の口は、ただの収納ではない。保存壺のふりをした横取りだ。コヨリは、何かを保存することと奪うことの違いを、墓場で痛いほど覚えた。だからピンを投げる手に、迷いはあっても後悔はなかった。
徴収係が去ったあと、部屋には紙くずが残った。コヨリはそれを掃除しながら、死因ログの一枚一枚に変な愛着があることを認めざるを得なかった。ひどい死に方もある。思い出したくないものもある。それでも、自分で笑って、自分で次の一手に変えてきたものだ。他人の袋に黙って入れられる筋合いはない。
記録整理は、いつものように笑って終われなかった。コヨリはログルの傷を見ないふりをしようとして、やめた。見ないふりをすると、神様側の白い処理と同じになる。だから彼女は、傷の横に【守ってくれた】と書いた。
【登場人物紹介】
コヨリ:死亡ログを資産扱いされることに怒り、徴収袋を止めようとしてログモンスターハウスに巻き込まれた。怒鳴りたいのに抗議にもコストがある、という窮屈さが今回の笑いと怖さ。
ログル:未送信ログを守る側に立ち、「これはぼくの記録です」と神様側へ明確に抵抗した。相棒としての立場がさらに強まる回。
ネム:死亡受付を通していないログは死亡ログではない、と死神らしい理屈で徴収係に反論した。無気力に見えて、死の扱いにはうるさい。
白いログ徴収係:消すのではなく持ち去る上位の処理役。袋の中身をモンスターハウス化させる、書類仕事の顔をした害悪。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:875回 → 882回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【罠感知 Lv.4】
【逃走判断 Lv.3】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】
【一フレームの神様 Lv.2】【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】
【世界種保存 Lv.1】【墓標ログ読解 Lv.2】【残影識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】
【仕様札識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.1】【死亡回数価格確認 Lv.1】【ログ差し戻し Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【ログ差し戻し Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
壺回の感覚です。未識別の壺は、入れてみる、押してみる、値段を見るなどで判別できますが、押した瞬間に魔物が出る壺なら、部屋の中央で試した時点でだいたい終わります。今回は徴収袋を「安全そうな入れ物」として開けた結果、中がログ紙片のモンスターハウスでした。ゲーム的には、通路で試すべき壺を拠点のど真ん中で押してしまった事故です。
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