死亡回数ショップ
強アイテムが並ぶ店。
値札に書かれていたのは、ゴールドではなく死亡回数だった。
死亡回数ショップを前にして、コヨリはまず深呼吸した。叫ぶと一手に数えられる可能性がある。泣いても、床が気を遣ってくれるとは限らない。理不尽への怒りを、いったん小さな拳の中に押し込める。
棚には復活草、白紙巻物、腹減らずの腕輪が並ぶ。値札の数字はゴールドではなく、コヨリが積み上げた死の回数だった。
道具屋は、拠点にあるくせに店内BGMだけが妙に明るかった。棚には復活草、白紙巻物、腹減らずの腕輪。コヨリの欲しいものが、わざとらしいほど正面に並んでいる。ログルは無言で値札を見上げ、ベルは一秒で顔をしかめた。
「白紙巻物、ほしい。帰還巻物もほしい。腹減らずの腕輪なんて、名前だけで心が負けそう」
「購入すると、死亡回数が増えます」
「買っただけで死んだことになるの? ポイントカードより悪質!」
「商品には過去の所有者名も残っています。支払えば、その方の記録まで薄くなります」
「じゃあ買わない。ほしいけど、買わない。えらい、わたし」
値札に書かれていたのは金額ではなく、死亡回数だった。復活草は三回、白紙巻物は五回、帰還巻物は十回。便利な道具ほど、命の履歴を削って買う仕組みになっている。コヨリは「買わない」と言いかけたのに、白紙巻物の棚を二度見してしまった。二度見は、だいたい事故の入口である。
棚に近づかないため、コヨリは自分の影を踏んで止まった。ログルに所持品確認を頼み、ベルには所有者名を読んでもらう。商品札の裏には、知らない勇者たちの短い死因が薄く残っていた。買うという行為は、店から取ることではなく、誰かの記録を薄めることらしい。
「白紙巻物、欲しい」
「正直でよろしいですが、買わないでください」
「腹減らずの腕輪も欲しい」
「もっと買わないでください」
「帰還巻物は?」
「値札を見てから言ってください」
「死亡回数十回。店主、出てこい。説教する」
「店主不在型です」
「卑怯!」
コヨリは棚の商品を見ないように、床の木目を数えた。木目の形が小さな笑顔に見えて腹が立つ。強いアイテムを使い惜しんで死んだことも、雑に使って死んだこともある。だが今回は、使う前に買うだけで死に近づく。欲しさを認めたうえで手を出さないのは、逃げるより難しかった。
出口へ向かう一歩は慎重だった。コヨリは棚から一マス、二マスと離れ、最後に扉の前で止まる。そこに【無料サンプル】の小さな草が落ちていた。
ログルが警告するより早く、草の札がぴかりと光る。踏んでいない。拾ってもいない。けれど視界に入っただけで、試食判定が走った。ハコベエがいたら褒めそうな悪質商法だった。
コヨリは全力で足を引いたが、無料サンプル草の影だけが靴底に貼りつく。死亡回数が一つ、棚の奥へ吸われた。無料という言葉ほど高いものはない。
【死亡ログ】
【死因:無料サンプルの死亡回数草を踏んだ】
【評価:無料ほど高いものはありません】
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
戻ったコヨリは、まず反省会テーブルの上に財布を置いた。中身は空だ。そもそも死亡回数ショップに財布は関係ない。だからこそ、彼女は空の財布を見ながら「お金で払わせて」と本気で思った。
「ログル、わたし買ってない」
「はい。購入はしていません」
「じゃあなんで死んだの」
「無料サンプルの罠です」
「無料なのに罠! 商売以前の問題!」
「試供品というより試死品でした」
「うまいこと言わないで!」
ベルは商品の所有者欄を写し取り、ネムは死亡回数で支払われた形跡を別箱に入れた。コヨリは【無料を見る時は半目】と書こうとして、ログルに『視界制限は危険です』と却下された。
【死亡回数価格確認 Lv.1】
【死亡回数価格確認 Lv.1】は、道具屋の棚ではなく反省会テーブルの金銭箱に置かれた。買えるかどうかではなく、払わされるものが何かを見るためのスキルだからだ。
死亡回数ショップの棚跡には、うっすら値札の形だけが残った。コヨリはそこへ【命で買わない】と太く書いた。白紙巻物への未練はまだある。けれど、未練を認めたうえで手を伸ばさなかったことも、ひとつの攻略だった。
白紙巻物の棚の前で、コヨリは三回くらい負けかけた。一本あれば、死亡条件札を止められる。二本あれば、帰還ピンの補助にもできる。三本あれば、神様の窓に【仕様書出せ】と貼れるかもしれない。
「ログル。あれ一本だけなら」
「だめです」
「まだ言い終わってない」
「顔で言い終わっています」
「相棒が先回りしてくる」
ベルは値札の裏を見た。そこには薄い名前がある。知らない勇者の名か、消えたシードの誰かか、判別できない。それでも、名前であることは分かる。
「勇者様。商品に見えているものは、誰かが持ち帰れなかったものです。買うという形を取っても、これは正しい譲渡ではありません」
「じゃあ、わたしが使ったら泥棒?」
「記録横領に近いです」
「泥棒より書類が重い!」
コヨリは棚に背を向けた。欲しいものに背を向けるのは、罠を避けるより難しかった。
商品棚の前には、目に見えない引力があった。白紙巻物は、コヨリにとって剣より頼れる時がある。帰還巻物は、何度も喉から手が出るほど欲しかった。腹減らずの腕輪は、満腹度切れで泣きながら倒れた記録のすべてに効きそうな名前をしている。
「ログル、腹減らずって言葉、ずるい」
「かなり誘惑性が高いです」
「お腹が減らないって、幼女勇者に対する最終兵器だよ」
「ですが、代金が死亡回数です」
「はい、敵!」
コヨリは自分で宣言した。欲しいものに敵と札を貼るのは、心が痛い。けれど、貼らなければ足が出る。強アイテムを使い惜しんで死ぬこともあるが、強アイテムに釣られて死ぬことも同じくらい多い。今回は後者だ。だから、買わない勇気を選ぶ。
死亡回数ショップは消えたが、棚があった場所だけ空気が甘い。復活草の匂いに似ていた。コヨリはしばらくそこを避けて歩いた。欲しかったからだ。欲しさをなかったことにすると、次に同じ棚が来た時に負ける。だから、欲しかった、と認めたうえで、買わなかった自分を記録する。
その夜、コヨリは白紙巻物の絵を描いてから、上に大きく×をつけた。欲しい気持ちは消えない。けれど、欲しいものほど、誰かが罠にしやすい。彼女は×印の横に【命で値切らない】と書き足した。
【登場人物紹介】
コヨリ:復活草、白紙巻物、腹減らずの腕輪に心を揺らされながら、死亡回数を通貨にする店へ怒った。買わない判断までは偉いが、無料サンプルに足元をすくわれるところがローグライク勇者。
ログル:商品価格が死亡回数であることを見抜き、便利アイテムの誘惑を止めた。強アイテムほど事故るという世界の嫌な真理を淡々と突きつける。
ベル:商品の所有権を確認し、過去勇者のログから抜かれた品だと見抜く。買い物回を倫理と法務の問題へ引き上げた。
死亡回数ショップ:お得感を装いながら命をポイント化する最悪の店。無料サンプルほど高い、を物理で証明した。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:868回 → 875回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
(第196話時点)
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【罠感知 Lv.4】
【逃走判断 Lv.3】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【総合盤面確認 Lv.2】
【一フレームの神様 Lv.2】【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【世界の死因学習 Lv.1】
【世界種保存 Lv.1】【墓標ログ読解 Lv.2】【残影識別 Lv.1】【死亡条件識別 Lv.1】
【仕様札識別 Lv.1】【死亡ログ所有権確認 Lv.1】【死亡回数価格確認 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【死亡回数価格確認 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
ローグライクの店は、値段識別で情報を得られる一方、商品に手を出す誘惑そのものが危険になります。今回はゴールドではなく死亡回数が価格なので、買うだけでカウンターが進む最悪の店です。ゲーム的には「強アイテムが並んでいるが、支払いリソースが命」という状況。無料サンプル草は、床落ちアイテムを軽い気持ちで拾った一手が罠だった、という階段前欲張り事故の変形です。
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