死んだ勇者たちの道具屋
墓場の道具屋には、値札がなかった。
代わりに、持ち主の名前だけが残っていた。
墓場の中に、道具屋があった。
木の棚が並び、壺、巻物、杖、腕輪、小石袋が整然と置かれている。店主はいない。呼び鈴もない。けれど、棚の前に立つだけで、首筋に「ここで盗んだら終わる」という圧が乗った。
「ログル。店主いないね」
「はい」
「無料?」
「違います」
「言うと思った」
商品には値札がなかった。金額の代わりに、持ち主の名前が書いてある。【帰れなかった勇者の短剣】【使い忘れた復活草】【読めなかった帰還の巻物】【投げてしまった大事な鍵】。金では買えない。買ってはいけない。棚全体が、所有者の最後の一手でできている。
ベルが棚を見て、静かに首を振った。
「所有権が残っています」
「死んだあとも?」
「残るものは残ります。特に、未完了の意思がある品は」
「盗んだら?」
「記録横領です」
「泥棒判定より重そう!」
コヨリは両手を頭の上に上げた。何も持っていません、の姿勢である。ログルが感心したように頷く。
「とてもよい判断です」
「道具屋で手を後ろに組むのは基本」
「以前は棚に吸い寄せられていました」
「成長した幼女!」
棚の奥で、一本の杖がかすかに光っていた。名前は【振られなかった場所替えの杖】。便利そうだ。危険そうだ。場所替えの杖は、使えば助かる時もある。使い先を間違えれば、敵の真ん中へ飛ぶ。何度もひどい目にあった。
「見てるだけ」
「はい」
「見てるだけなら無料?」
「視線料は発生しません」
「発生したら神様を訴える」
今回の目的は、買い物ではない。持ち主名の空白を探すことだった。前の未帰還ターンで見た小石の記録とつながるものが、この店にあるかもしれない。所有者がある品は触らない。空白の品だけ、仮保存できる可能性がある。
コヨリは棚の下段を目で追った。短剣、壺、巻物、鍵。全部に名前がある。使われなかった道具にも、使いたかった人がいた。ひとつずつ読んでいくと、胸の奥が重くなる。
「ログル。これ、全部返せたらいいのに」
「今は無理です」
「うん。分かってる」
「一つ選ぶなら、所有者名が欠けたものを」
「空欄を拾う。最近ずっとそれだね」
カウンターの下に、小さな石が転がっていた。前に見た未帰還の小石と似ている。札には何も書かれていない。ただ、黒い縁だけがある。
「これ?」
「可能性があります。ですが、店内で拾うと購入扱いになります」
「店主いないのに?」
「店の判定はあります」
「店主いない店ほど判定厳しいの、あるあるすぎる」
コヨリは拾わなかった。代わりに、白紙巻物の端へ書く。
【所有者名なし。購入ではなく確認】
紙を小石の横へ滑らせる。世界が一手進む。棚の道具たちが一斉にこちらを向いた気がした。店の奥に、透明な番犬の輪郭が出る。泥棒番ではない。名札番だ。所有者の名前を守る番犬。
「ログル。番犬いる」
「はい。名札ミミックもいます」
「名札までミミック!?」
「名前欄に噛みつきます」
「地味に一番嫌!」
小石の横へ帰還ピンを刺す。購入ではなく仮確認。ベルの文面も添える。【所有権未確定。持ち帰り保留】。小石はわずかに光った。手に取らずとも、位置の記録だけが拠点へ伸びる。
名札番犬が一マス詰める。棚の復活草が揺れる。復活草。使い忘れた、と書いてある。コヨリは思わず唇を結んだ。使えば助かったかもしれない道具を、使い忘れる。ある。ありすぎる。強アイテムを温存して死ぬ。初心者もベテランもやる。やりたくないのに、やる。
「ログル。復活草、見ない」
「見ています」
「見てないふり」
「ふりでは判定をごまかせません」
「厳しい!」
目的の小石は保存できた。帰還するなら今だ。だが、出口の前に名札ミミックが落ちている。普通の値札みたいな形で、ぴらぴらしている。これを踏むと名前欄に噛みつかれる。つまり、コヨリの名札が危ない。
「小石で確認?」
「店内で小石を投げると器物破損扱いです」
「道具屋、嫌!」
「右の棚に沿って、一マスずつ」
「棚の商品を見ずに?」
「はい」
「できるかな」
「できることにしましょう」
コヨリは視線を床だけに固定して進んだ。右へ一マス。世界が動く。番犬が一歩。次に前へ一マス。名札ミミックが口を開ける。避けた。帰還巻物まであと一手。ここで、棚の【読めなかった帰還の巻物】が小さく揺れた。
読めなかった。誰かは、ここで読めなかったのだ。
コヨリは、自分の巻物を強く握った。今読む。使い忘れない。強アイテムを温存して死なない。帰還巻物は、帰るためにある。
「読む」
「はい」
巻物を開く。名札ミミックが跳ねた。足元ではない。胸元の名札へ飛んでくる。コヨリは反射で手を出し、名札を押さえた。巻物を持つ手が下がる。
「しまっ」
名札ミミックが指に噛みつき、名前欄を引っ張った。痛みより先に、文字が薄くなる。
【死亡ログ】
【死因:名札ミミックに名前欄を噛まれた】
【評価:店内では名札も商品扱いされます】
白い椅子へ戻ると、コヨリは胸の名札を何度も確認した。残っている。勇者コヨリ。読む。奪わない。少し端が歯形になっているが、読める。
「ログル。小石は?」
「物体はありません。位置と空欄だけ保存できました」
「十分?」
「今は十分です」
反省会テーブルに札が増える。
【所有者確認 Lv.1】
ベルは店の規約写しを見て、眉間にしわを寄せた。
「この店、神様側の所有権処理より厳格です」
「道具屋のほうが神様よりちゃんとしてるの、褒めていいの?」
「いいえ。面倒です」
「ベルが面倒って言うなら相当」
コヨリは名札の歯形をなぞり、棚の記録を書き写した。
【欲しい道具ほど、持ち主を先に見る】
【使うべき道具は、持ち帰るより先に使う】
「次は復活草を温存して死なない」
「それは全冒険者の課題です」
「重い!」
道具屋の記録を整理していると、ハコベエが棚の陰から顔だけ出した。店そのものがミミックの商人なので、名札ミミックの話に妙な親近感があるらしい。
「いらっしゃいませ、噛みませんので」
「今はその挨拶、信用度低い」
「名札は噛みません。商品はたまに噛みます」
「だめじゃん」
ハコベエは店の札を一枚くれた。【買う前に持つな】。当たり前なのに、墓場の道具屋では命綱みたいな標語だった。コヨリはそれを所有者確認の札の横へ貼る。欲しい道具ほど、まず名前を見る。冒険者としては地味だが、帰還者候補としては大事な一手だった。
所有者確認の札を貼ったあと、コヨリは自分の倉庫も見直した。持ち帰った道具、使い忘れた道具、使いどころが分からず寝かせている道具。棚の奥には、いつか使うと言いながら一度も使っていない巻物が何本もある。
「ログル。これ、いつか使う?」
「いつか、は危険な言葉です」
「分かる。倉庫の奥で腐るやつ」
「巻物は腐りませんが、使い時は腐ります」
「名言が急に刺す!」
コヨリは倉庫棚に【使う候補】の段を作った。持っているだけで安心する道具を、実際に使う候補へ移す。墓場の道具屋で死んだ勇者たちの棚を見たあとだと、使い忘れた復活草の文字が他人事ではなかった。
【登場人物紹介】
コヨリ:道具屋で何も盗まない訓練に成功しかけたが、名札は噛まれた。
ログル:所有者と持ち帰り可否を読む相棒。
ベル:所有権と記録横領の違いを整理する秘書。
名札ミミック:名前欄に噛みつく地味に最悪な敵。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:812回 → 822回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】
【世界の死因学習 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【所有者確認 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
道具屋泥棒判定、強アイテムの使い忘れ、場所替え事故、所有者不明アイテムを墓場の道具屋へ変換。
ブックマーク登録・評価・コメント・レビューで応援いただけると励みになります!




