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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第22章 消えたシードの墓場――覚えているのは、わたしだけじゃない

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死んだ勇者たちの道具屋


墓場の道具屋には、値札がなかった。

代わりに、持ち主の名前だけが残っていた。


 墓場の中に、道具屋があった。


 木の棚が並び、壺、巻物、杖、腕輪、小石袋が整然と置かれている。店主はいない。呼び鈴もない。けれど、棚の前に立つだけで、首筋に「ここで盗んだら終わる」という圧が乗った。


「ログル。店主いないね」

「はい」

「無料?」

「違います」

「言うと思った」


 商品には値札がなかった。金額の代わりに、持ち主の名前が書いてある。【帰れなかった勇者の短剣】【使い忘れた復活草】【読めなかった帰還の巻物】【投げてしまった大事な鍵】。金では買えない。買ってはいけない。棚全体が、所有者の最後の一手でできている。


 ベルが棚を見て、静かに首を振った。


「所有権が残っています」

「死んだあとも?」

「残るものは残ります。特に、未完了の意思がある品は」

「盗んだら?」

「記録横領です」

「泥棒判定より重そう!」


 コヨリは両手を頭の上に上げた。何も持っていません、の姿勢である。ログルが感心したように頷く。


「とてもよい判断です」

「道具屋で手を後ろに組むのは基本」

「以前は棚に吸い寄せられていました」

「成長した幼女!」


 棚の奥で、一本の杖がかすかに光っていた。名前は【振られなかった場所替えの杖】。便利そうだ。危険そうだ。場所替えの杖は、使えば助かる時もある。使い先を間違えれば、敵の真ん中へ飛ぶ。何度もひどい目にあった。


「見てるだけ」

「はい」

「見てるだけなら無料?」

「視線料は発生しません」

「発生したら神様を訴える」


 今回の目的は、買い物ではない。持ち主名の空白を探すことだった。前の未帰還ターンで見た小石の記録とつながるものが、この店にあるかもしれない。所有者がある品は触らない。空白の品だけ、仮保存できる可能性がある。


 コヨリは棚の下段を目で追った。短剣、壺、巻物、鍵。全部に名前がある。使われなかった道具にも、使いたかった人がいた。ひとつずつ読んでいくと、胸の奥が重くなる。


「ログル。これ、全部返せたらいいのに」

「今は無理です」

「うん。分かってる」

「一つ選ぶなら、所有者名が欠けたものを」

「空欄を拾う。最近ずっとそれだね」


 カウンターの下に、小さな石が転がっていた。前に見た未帰還の小石と似ている。札には何も書かれていない。ただ、黒い縁だけがある。


「これ?」

「可能性があります。ですが、店内で拾うと購入扱いになります」

「店主いないのに?」

「店の判定はあります」

「店主いない店ほど判定厳しいの、あるあるすぎる」


 コヨリは拾わなかった。代わりに、白紙巻物の端へ書く。


【所有者名なし。購入ではなく確認】


 紙を小石の横へ滑らせる。世界が一手進む。棚の道具たちが一斉にこちらを向いた気がした。店の奥に、透明な番犬の輪郭が出る。泥棒番ではない。名札番だ。所有者の名前を守る番犬。


「ログル。番犬いる」

「はい。名札ミミックもいます」

「名札までミミック!?」

「名前欄に噛みつきます」

「地味に一番嫌!」


 小石の横へ帰還ピンを刺す。購入ではなく仮確認。ベルの文面も添える。【所有権未確定。持ち帰り保留】。小石はわずかに光った。手に取らずとも、位置の記録だけが拠点へ伸びる。


 名札番犬が一マス詰める。棚の復活草が揺れる。復活草。使い忘れた、と書いてある。コヨリは思わず唇を結んだ。使えば助かったかもしれない道具を、使い忘れる。ある。ありすぎる。強アイテムを温存して死ぬ。初心者もベテランもやる。やりたくないのに、やる。


「ログル。復活草、見ない」

「見ています」

「見てないふり」

「ふりでは判定をごまかせません」

「厳しい!」


 目的の小石は保存できた。帰還するなら今だ。だが、出口の前に名札ミミックが落ちている。普通の値札みたいな形で、ぴらぴらしている。これを踏むと名前欄に噛みつかれる。つまり、コヨリの名札が危ない。


「小石で確認?」

「店内で小石を投げると器物破損扱いです」

「道具屋、嫌!」

「右の棚に沿って、一マスずつ」

「棚の商品を見ずに?」

「はい」

「できるかな」

「できることにしましょう」


 コヨリは視線を床だけに固定して進んだ。右へ一マス。世界が動く。番犬が一歩。次に前へ一マス。名札ミミックが口を開ける。避けた。帰還巻物まであと一手。ここで、棚の【読めなかった帰還の巻物】が小さく揺れた。


 読めなかった。誰かは、ここで読めなかったのだ。


 コヨリは、自分の巻物を強く握った。今読む。使い忘れない。強アイテムを温存して死なない。帰還巻物は、帰るためにある。


「読む」

「はい」


 巻物を開く。名札ミミックが跳ねた。足元ではない。胸元の名札へ飛んでくる。コヨリは反射で手を出し、名札を押さえた。巻物を持つ手が下がる。


「しまっ」


 名札ミミックが指に噛みつき、名前欄を引っ張った。痛みより先に、文字が薄くなる。


【死亡ログ】

【死因:名札ミミックに名前欄を噛まれた】

【評価:店内では名札も商品扱いされます】


 白い椅子へ戻ると、コヨリは胸の名札を何度も確認した。残っている。勇者コヨリ。読む。奪わない。少し端が歯形になっているが、読める。


「ログル。小石は?」

「物体はありません。位置と空欄だけ保存できました」

「十分?」

「今は十分です」


 反省会テーブルに札が増える。


【所有者確認 Lv.1】


 ベルは店の規約写しを見て、眉間にしわを寄せた。


「この店、神様側の所有権処理より厳格です」

「道具屋のほうが神様よりちゃんとしてるの、褒めていいの?」

「いいえ。面倒です」

「ベルが面倒って言うなら相当」


 コヨリは名札の歯形をなぞり、棚の記録を書き写した。


【欲しい道具ほど、持ち主を先に見る】

【使うべき道具は、持ち帰るより先に使う】


「次は復活草を温存して死なない」

「それは全冒険者の課題です」

「重い!」

道具屋の記録を整理していると、ハコベエが棚の陰から顔だけ出した。店そのものがミミックの商人なので、名札ミミックの話に妙な親近感があるらしい。


「いらっしゃいませ、噛みませんので」

「今はその挨拶、信用度低い」

「名札は噛みません。商品はたまに噛みます」

「だめじゃん」


 ハコベエは店の札を一枚くれた。【買う前に持つな】。当たり前なのに、墓場の道具屋では命綱みたいな標語だった。コヨリはそれを所有者確認の札の横へ貼る。欲しい道具ほど、まず名前を見る。冒険者としては地味だが、帰還者候補としては大事な一手だった。

所有者確認の札を貼ったあと、コヨリは自分の倉庫も見直した。持ち帰った道具、使い忘れた道具、使いどころが分からず寝かせている道具。棚の奥には、いつか使うと言いながら一度も使っていない巻物が何本もある。


「ログル。これ、いつか使う?」

「いつか、は危険な言葉です」

「分かる。倉庫の奥で腐るやつ」

「巻物は腐りませんが、使い時は腐ります」

「名言が急に刺す!」


 コヨリは倉庫棚に【使う候補】の段を作った。持っているだけで安心する道具を、実際に使う候補へ移す。墓場の道具屋で死んだ勇者たちの棚を見たあとだと、使い忘れた復活草の文字が他人事ではなかった。

【登場人物紹介】

コヨリ:道具屋で何も盗まない訓練に成功しかけたが、名札は噛まれた。

ログル:所有者と持ち帰り可否を読む相棒。

ベル:所有権と記録横領の違いを整理する秘書。

名札ミミック:名前欄に噛みつく地味に最悪な敵。


【今回の勇者ステータス】

死亡回数:812回 → 822回

クラス:帰還者候補/死因学者系統

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】

【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】

【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】

【世界の死因学習 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【所有者確認 Lv.1】


【ローグライクあるあるネタ】

道具屋泥棒判定、強アイテムの使い忘れ、場所替え事故、所有者不明アイテムを墓場の道具屋へ変換。


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