アドミニスの破棄箱
墓場の最深部手前に、白い箱が積まれていた。
そこには、保存できなかった世界が入っていた。
白い箱が、壁のように積まれていた。
黒い墓場の中で、その箱だけが神様の部屋みたいに白い。表面には几帳面な字で札が貼られている。【保存不可】【検証失敗】【帰還因子欠落】【勇者適性崩壊】【魔王役過多】【世界滅亡、原因不明】。読むだけで息が詰まる。
コヨリは箱の前で、しばらく黙った。
「ログル。これ、誰の字」
「主神アドミニスの管理記録です」
「......そっか」
軽い声は、すぐ聞こえた。
「勝手に倉庫へ入るのは、あまりおすすめしないかな」
白い窓が開き、アドミニスが現れる。いつもの笑顔はある。けれど、目の下に薄い影があった。神様に疲れが出るのかは知らない。でも、今の顔は、初死亡を拍手していた時の顔ではない。
「勇者ちゃん。ここは危ないよ」
「危ないものを置いたの、神様でしょ」
「置いたというか、置くしかなかったというか」
「破棄箱って書いてある」
「うん」
アドミニスは笑わなかった。
その沈黙が、コヨリの怒りを少しだけ困らせた。怒鳴りたい。クソ運営と言いたい。言っていい。言う権利はある。けれど、目の前の箱には、雑に捨てたというより、抱えきれずに積んだ跡があった。
ベルが一歩前へ出る。
「主神様。保存不可の判断基準を開示してください」
「ベルちゃん、今日も書類が強いね」
「返答を」
「......全部を保存すると、次のシード生成が止まる。壊れた記録が混ざって、世界がさらに壊れる。だから、保存できるものだけ選んだ」
「選ばれなかったものは」
「破棄した」
コヨリの拳が震えた。
「できなかったなら」
「うん」
「できなかったって、書いてよ」
「書いてあるよ。保存不可って」
「違う!」
声が墓場に響く。これは行動判定になった。白い箱が一斉に反応し、床のマス目が赤く染まる。だが、コヨリは止まれなかった。
「保存不可って、物みたいに書かないで! 誰がいて、何ができなくて、何を諦めたのか、書いてよ! なかったことにしないでよ!」
アドミニスは、目を伏せた。
「きみは、本当に困る勇者だね」
「困ればいい!」
「うん。困ってる」
白い箱の一つが開いた。中から、圧縮されたシードの断片があふれる。町の屋根、焦げた畑、魔王城の玉座、帰還門の枠、誰かの笑い声。それらが一つの箱に押し込まれ、形をなくしかけていた。
ログルが鋭く言う。
「勇者様、近づかないでください。破棄圧縮に巻き込まれます」
「でも、札だけでも」
「札なら、外側から読めます」
「読む」
コヨリは箱へ触れず、白紙巻物を広げた。箱の札を写す。【保存不可】では足りない。その下に、自分の言葉で補足する。
【何を保存できなかったか不明。だから調査中】
貼る。世界が一手進む。箱の圧縮がわずかに遅くなった。アドミニスの目が、少し見開かれる。
「それ、管理上は未完了扱いになる」
「じゃあ消せない?」
「すぐには」
「なら、すぐじゃない時間を増やす」
コヨリは次の箱へも紙を貼った。ベルも書類を投げる。ネムは死亡受付外番号を振る。ゼルドは黒い魔力で箱同士が崩れるのを支えた。ログルは宝石から、読める札と読んではいけない札を分ける。
だが、白い箱は多い。多すぎる。箱の壁が、圧縮に耐えきれずきしみ始めた。
「勇者ちゃん。もう下がって」
「まだ」
「本当に潰れるよ」
「神様が捨てたものに潰されるなら、死因としては分かりやすい!」
アドミニスが苦い顔をした。
「分かりやすいで済ませないでほしいな」
「じゃあ、済ませないでよ!」
コヨリは最後に、一番大きな箱へ紙を投げた。そこには【千回死亡計画:不安定】とあった。胸の奥が冷える。アドミニスが手を伸ばす。
「それはまだ」
「まだ、じゃない!」
紙が箱へ貼りつく。
【調査中。勇者本人の同意なし】
箱の白が割れた。圧縮された記録が津波みたいに押し出される。ゼルドの壁も、ベルの書類も、ネムの番号札も、全部が一瞬で押し返された。
ログルがコヨリの胸へ飛び込む。
「帰還巻物!」
「読む!」
だが、床が箱の角で盛り上がり、コヨリの足を取った。白い箱は軽そうに見えて、世界一つぶん重い。角が落ちる。逃げる一手が足りない。
【死亡ログ】
【死因:破棄箱の圧縮崩壊に押し潰された】
【評価:保存不可ではなく、調査中に変更されました】
白い椅子へ戻っても、コヨリはすぐには怒鳴らなかった。手の中に、白い箱の札が一枚残っている。
【調査中】
アドミニスの窓は、まだ開いていた。彼は何か言おうとして、やめた。
「神様」
「うん」
「わたし、許してない」
「うん」
「でも、できなかったことまで嘘にしたら、もっと許さない」
「......覚えておくよ」
ログルの宝石に、新しい表示が浮かぶ。
【破棄ログ読解 Lv.1】
コヨリは反省会テーブルへ札を置き、太い線で囲った。
【保存不可を、なかったことにしない】
「次は、箱を開ける前に支えを作る」
「はい」
「あと、神様には箱の整理をさせる」
「それは必要です」
「宿題だよ、神様」
「勇者ちゃん、神様に宿題を出すんだね」
「出す! 提出期限は未定だけど、忘れたら怒る!」
アドミニスの窓が消えたあと、拠点には白い札だけが残った。コヨリはそれを破らなかった。破りたい気持ちはある。けれど、破ればまた何も残らない。
「ログル。怒りながら保存するの、難しい」
「はい」
「許してないものも棚に入れるの?」
「入れます。許すことと、記録することは別です」
「それ、ベルっぽい」
「影響を受けています」
コヨリは破棄箱の札を黒い箱に入れず、透明な箱に入れた。見えるようにするためだ。神様が何をできず、何を捨てたのか。いつか問い詰める時、怒鳴るだけでは足りない。証拠がいる。幼女勇者は、だんだん事務にも強くなっている。嫌な成長だが、必要な成長だった。
透明な箱に入れた破棄札は、見るたびに腹が立つ。だが、腹が立つからこそ、目に入る場所に置く意味があった。怒りを棚の奥へしまうと、次に神様が軽い顔をした時、また言葉だけで終わってしまう。
「ログル。わたし、怒りを忘れたくない」
「はい」
「でも、怒りだけで動くと罠を踏む」
「その通りです」
「じゃあ、怒りも盤面に置く」
「よい判断です」
コヨリは破棄札の横に赤い小石を置いた。怒りの印だ。触ると熱いわけではない。ただ、見ると姿勢が少し伸びる。神様を許さないためではなく、神様に次の説明をさせるための印だった。
赤い小石を置いたあと、コヨリは破棄箱用の質問表を作り始めた。難しい言葉はベルに任せるとして、自分の欄には子どもの字で書く。
【なぜ保存できなかったの】
【誰がいたの】
【次はどうしたら捨てないの】
「勇者様、質問が直球です」
「遠回しにしたら、神様が逃げる」
「否定できません」
「でしょ」
質問表は、仕様書要求の新しい形だった。
ベルはその横に正式な質問状を作り始めた。コヨリの直球とベルの事務文が並ぶと、なかなか逃げ道のない紙になる。アドミニスに渡す日を想像して、コヨリは少しだけ口角を上げた。
【登場人物紹介】
コヨリ:アドミニスの破棄箱を前に、怒りながらも「できなかったことの記録」を求める。
アドミニス:完全悪ではないが、破棄してきた責任から逃げられない主神。
ログル/ベル/ネム/ゼルド:各自の権限で破棄ログの消去を遅らせる。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:822回 → 833回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】
【世界の死因学習 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【破棄ログ読解 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
倉庫圧迫、アイテム整理失敗、持ちきれず捨てたものの後悔を、神様の破棄箱へ変換。
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