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『千回死亡幼女勇者』 ――神様のクソゲー異世界だけど、拠点だけはリセットされません――  作者: 勇者ヨシ君
第22章 消えたシードの墓場――覚えているのは、わたしだけじゃない

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未帰還ターンの部屋

あと一手あれば助かった。

その一手ばかりを集めた部屋に、コヨリは立った。


 その部屋では、すべてが止まっていた。


 黒狼の牙が、目の前で空中に浮いている。爆ぜ岩の破片は飛び散る途中で凍り、保存壺へ入る直前の小さな紙片が、壺の口の上で止まっていた。階段に伸ばした誰かの手、読まれなかった帰還巻物、投げられなかった小石。あと一手あれば、という瞬間だけが集められている。


 コヨリは息を止めた。


「ログル。これ、動いてない?」

「未完了ターンです。墓場内で停止しています」

「未完了ターン」

「はい。行動が終わる前に世界ごと消えた一手です」

「言葉が重い」


 床には大きく一つだけ、青いマスが光っていた。その周りは全部赤い。小石を拾う。名前の砂を拾う。帰還巻物を読む。牙を避ける。壺へ入れる。どれも一手。だが、この部屋で選べるのは一手だけだった。


 ログルの宝石に、警告が浮かぶ。


【未完了ターン領域】

【選択可能行動:一手】

【二手目選択時:全ターン再開】


「二手目で全部動く?」

「はい」

「一手しかない部屋で、宝箱が横に置いてあるの悪意では?」

「宝箱ではなく、未帰還の小石です」

「名前がもう欲しいやつ!」


 部屋の中央に、小さな黒い小石が落ちている。値札も、所有者名もない。たぶん、誰かが最後に投げようとした石だ。右には、名前の砂。左には、帰還巻物。正面には黒狼の牙。どれを選んでも、他は失われるかもしれない。


 コヨリは膝を抱えそうになり、やめた。考えるだけならターンは進まない。でも、この部屋の圧は違う。考えるほど、止まったものたちが「選んで」と迫ってくる。


「ログル。正解は?」

「分かりません」

「また分からない」

「この部屋では、何を助けるかを選ぶ必要があります」

「助けなかったものは?」

「今は残せません」

「......それ、嫌だね」


 嫌だ。でも、嫌だと言っても一手は増えない。ローグライクは、いつもそうだ。全部を拾う時間はない。階段前の宝箱を諦める。強い巻物を使い惜しまない。HP1で隣接した敵に、最善手を一つ選ぶ。死に覚えで身につけたことが、ここではシリアスな顔をして立っている。


 コヨリは黒い小石を見た。所有者名がない。名前砂は誰かの名前かもしれない。帰還巻物は誰かを帰せたかもしれない。全部大事だ。だから、今ここでしか拾えないものを選ぶ。


「小石」

「理由を聞いても?」

「誰のものか分からないから。名前があるものは、次に呼べるかもしれない。でも、これ、今見失ったらただの石になる」

「分かりました」


 コヨリは一歩も動かず、手だけを伸ばした。小石を拾う。それだけで世界が一手進む。黒狼の牙が動き出しかけ、爆ぜ岩の破片が熱を取り戻す。だが、部屋はまだ一手目の処理内にある。小石はコヨリの手の中へ収まり、黒い縁が白く光った。


【未帰還の小石:仮保持】


 ログルの宝石が強く瞬く。


【未完了ターン視認 Lv.1:発現】


「見える」

「何が見えますか」

「この部屋の一手が、糸みたいに見える。誰の手がどこへ伸びて、どこで切れたか」

「それが新しい派生です」

「一フレームの神様、Lv.3じゃないよね」

「違います。墓場領域限定の視認派生です」

「よし。まだ切り札は温存」


 コヨリは少しだけ笑った。だが、その視界の端で、白紙巻物が光った。未完了ターンの棚に置かれた、真っ白な巻物。何にでもなれる。今拾えば、次の保存に使えるかもしれない。小石は拾った。巻物も、手を伸ばせば届きそうだ。


「勇者様」

「分かってる」

「二手目です」

「分かってる......けど」


 欲ではある。けれど、ただの宝箱欲とは違う。次の誰かを保存できるかもしれない、という欲だ。そう言い訳した瞬間、コヨリは自分で気づいた。優しい理由がついても、二手目は二手目だ。


 手を引く。そう決めた。


 なのに、足元の小石が熱を持った。未帰還の小石は、持ち主の最後の動きを覚えていた。投げるはずだった一手。その記録がコヨリの指を引っ張る。小石を投げれば、黒狼の牙を反らせるかもしれない。誰かを助けられるかもしれない。


「ログル、これ、わたしの意思じゃ」

「手を離してください」

「離すのも一手?」

「今ならまだ、処理内です」


 コヨリは指を開いた。小石を落とす。だが、落とした石が床に当たる音を、墓場は行動と判定した。


 全ターンが再開する。


 黒狼の牙が振り下ろされ、爆ぜ岩の破片が弾け、帰還巻物が燃え、保存壺の口が閉じる。部屋中の「あと一手」が、同時に現在へ戻ってくる。


「やっぱり一手だけの部屋で物を落とすの禁止いいいいい!」


【死亡ログ】

【死因:一手だけの部屋で、未帰還の小石を落とした】

【評価:二手目ではありませんが、床はそう判定しました】


 白い椅子に戻ったコヨリの手には、黒い小石がなかった。けれど、掌に小さな重さだけが残っている。物ではなく、位置の記録だ。


「持ち帰れなかった」

「はい」

「でも、見えた」

「はい。未完了ターンの糸が記録されています」


 反省会テーブルに札が出る。


【未完了ターン視認 Lv.1】


 コヨリは掌を見つめ、ゆっくり息を吐いた。


「一手しかないなら、拾う前に捨て方まで考える」

「難しい教訓です」

「ローグライクって、だいたい難しい教訓しかくれない」

一手だけの部屋の記録は、反省会でも空気を重くした。誰も「次は全部拾おう」とは言わない。言えない。全部拾えない場所があると、全員が分かっているからだ。


「ログル。選ばなかったものって、消えた?」

「今回の処理では、保存できませんでした」

「いつか、戻れる?」

「世界種保存が安定すれば、一部は」

「じゃあ、いつかのために、選ばなかったって書く」


 コヨリは反省会テーブルに三つの丸を描いた。小石、名前砂、帰還巻物。小石の丸だけを黒く塗り、残り二つは白いまま残す。失敗ではなく、未選択として残す。選べなかったものを、選ばなかったことにしないための小さな地図だった。

未選択の丸を残した地図は、思ったより心に刺さった。白い丸は、失敗の穴ではない。未来にもう一度見に行くための印だ。コヨリはその横に、階段前の宝箱の絵も描いた。これは欲張りの象徴であり、選ばない訓練の象徴でもある。


「ログル。宝箱って、悪いもの?」

「いいえ。開けるタイミングを間違えると危険なものです」

「じゃあ、未帰還ターンも同じ?」

「はい。選ぶ順番を間違えると、すべて動きます」

「順番、大事」


 コヨリは小石の黒丸に、順番一と書いた。白い丸には、まだ番号を振らない。焦って番号をつけると、また手が伸びそうだからだ。

その日の終わり、コヨリは未帰還の小石を持っていない掌をもう一度開いた。何もない。でも、何もない場所に、重さの記憶が残っている。


「ログル。これも保存できる?」

「感触の記録なら、少し」

「じゃあ、少しでいい」


 ログルは宝石を掌へ近づけ、黒い点を一つだけ写した。小石そのものではない。投げるはずだった重さ。コヨリはそれを見て、次は落とさない、と強く思った。

【登場人物紹介】

コヨリ:一手しか選べない部屋で、保存対象を選ぶ重さを知る。

ログル:新しい派生をLv.3と混同しないよう確認する相棒。

未帰還の小石:誰かが最後に投げるはずだった一手の残り。


【今回の勇者ステータス】

死亡回数:802回 → 812回

クラス:帰還者候補/死因学者系統

基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動ワンターン・ワンアクション


【獲得済み主要スキル】

【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】

【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】

【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】

【世界の死因学習 Lv.1】


【今回の新規獲得・更新】

新規獲得:【未完了ターン視認 Lv.1】

派生元:【一フレームの神様 Lv.2】【滅亡前兆視認 Lv.1】

注記:墓場領域限定。未完了の一手を視認できるが、行動回数は増えません。


【ローグライクあるあるネタ】

一手だけの判断、拾う一手で死ぬ事故、二手目を欲張る心理を未完了ターンの部屋へ変換。


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