白い掃除係
墓場の奥から、白い何かが歩いてきた。
それは敵ではなく、消すための作業だった。
墓場に、白い足音がした。
こつ、こつ、と規則正しい音が近づいてくる。黒い墓標の列が、その足音に触れた端から色を失った。文字が薄れ、石が白くなり、やがて床と同じ何もない面へ戻る。
コヨリは喉の奥が冷えるのを感じた。
「ログル。あれ、敵?」
「敵対意思は検出できません」
「じゃあ何」
「削除処理です」
「敵より嫌な言葉!」
白い掃除係は、人の形をしていなかった。布をかぶった細い影にも見えるし、箒を持った空白にも見える。顔はない。ただ、手にした白い刷毛で墓標をなぞり、淡々と消していく。
ネムが珍しく顔をしかめた。
「それ、死亡受付に来ないやつ」
「どういうこと」
「死んだ記録ごと消える。ぼくの票にも残らない」
「それはだめ」
コヨリの声が低くなった。ツッコミではない。怒鳴る前の、静かな声だった。
白い掃除係は、一つの墓標へ刷毛を当てる。【渡されなかった木剣】の文字が薄くなる。コヨリは一歩踏み出しかけ、ログルに止められた。
「焦ると白い床を踏みます」
「踏んだら?」
「勇者様の輪郭が薄くなります」
「消しゴム床じゃん」
「近いです」
床には黒いマスと白いマスが交互に広がっている。黒は墓標の残り。白は削除済み。白を踏むと、足元から色が抜けるらしい。安全そうな色ほど危険。この世界、見た目の教育に悪い。
「止める方法」
「削除対象から一時的に外す必要があります」
「どうやって」
「保存期限を延ばす、または未整理ではないと示す」
「つまり、片づけられる前にラベル貼り?」
「かなり近いです」
「掃除係相手に収納術で戦う幼女勇者!」
ベルの抗議文は白い掃除係に届かない。ネムの死亡票も管轄外。ゼルドの魔力壁は、白い刷毛に触れると色だけ消される。物理でも魔法でもない。管理作業だ。なら、こちらも管理で対抗するしかない。
コヨリは反省会テーブルから持ってきた黒縁カードを取り出した。前に保存した墓標ログの写しだ。そこへ赤字で書き足す。
【整理中。削除禁止】
「効く?」
「分かりません」
「分かりませんって言えるログル、最近好き」
「不確定情報です」
「そこも好き」
コヨリはカードを床へ滑らせた。カードは白い掃除係の足元へ届き、刷毛の動きを一瞬だけ止めた。白い顔のない何かが、こちらを向く。向いた、気がした。
【整理中】
文字が空中へ浮かぶ。白い掃除係は、それを読んでいるのか、判定しているのか、動きを止める。墓標の文字が完全に消える前に、ログルが叫んだ。
「今です。木剣の墓標へ帰還ピンを」
「一手で届く?」
「ぎりぎり届きません」
「ぎりぎり届かないの一番嫌!」
コヨリは小石袋改を開き、白銀の帰還ピンを小石に結ぶ。投げる。一手。ピンは弧を描き、薄れかけた墓標の横へ刺さった。黒い糸が拠点へ伸び、消えかけた文字を引き留める。
白い掃除係の刷毛が、今度はコヨリのほうへ向いた。
「こっち来た!」
「削除妨害と判定された可能性」
「掃除の邪魔したら幼女を消しにくるの、厳しすぎる!」
床の白いマスが広がる。退路が一つずつ消える。コヨリは青い安全表示を探すが、ログルの宝石も白い光に乱されている。赤でも青でもない、ただの空白。判断しにくい。
コヨリは胸の名札を押さえた。
【勇者コヨリ。読む。奪わない】
名札の文字が少し薄くなる。白い床の影響だ。手の輪郭も透けている。怖い。死ぬのは何度もやった。でも、死因も残らず消えるのは違う。ネムの受付票にすら残らないなんて、そんなのは嫌だ。
「ログル。わたし、薄い?」
「はい。戻ってください」
「珍しく即答」
「今は冗談を挟みません」
その声が、かえって怖かった。
帰還巻物を読むには一手。白い掃除係は次の一手で刷毛を振る。白い床を避けて読める位置は、右斜め前。だが、そこには【呼吸料徴収札】の古い残骸がある。普通なら雑魚だ。今は、声を奪われると帰還文が読めない。
「右斜め前、危険」
「それでも最善です」
「分かった」
コヨリは右斜め前へ跳ぶ。世界が進む。白い刷毛が背中をかすめ、マントの端が消えた。呼吸料徴収札が口元へ伸びる。コヨリは両手で巻物を開き、息を吸った。
声が出ない。
白い床を踏んだ時間が長すぎた。名前だけでなく、声の輪郭まで薄くなっている。ログルがコヨリの胸に飛び込み、宝石を名札へ押し当てた。
「勇者様。小さくても、読んでください」
「......き、かん」
文字が揺れる。帰還処理が始まる。白い掃除係の刷毛が、コヨリの足元へ届いた。足先から感覚が消える。
【死亡ログ】
【死因:白い掃除係に削除されかけた】
【評価:死亡受付外に流れる寸前でした】
白い椅子に戻ったコヨリは、すぐ自分の手を見た。ある。指も、爪も、名札もある。少しだけ震えが遅れてきた。
「ログル。残った?」
「勇者様は残っています。墓標も、一つ残りました」
「よかった」
「......はい」
ネムがいつもより長く、死亡票を見つめている。
「これ、ぼくの票に戻せてよかった」
「ネム」
「消えたら、番号も振れない」
「うん。番号、嫌だけど、ないよりいい」
反省会テーブルに新しい札が現れる。
【削除前兆感知 Lv.1】
コヨリはその横へ、震える字で書いた。
【白い床は安全じゃない。消される前に、整理中の札を貼る】
「次は、もっと早く札を貼る」
「はい」
「あと、掃除係に掃除されないよう、部屋を散らかさない」
「方向性が少し違います」
「でも大事!」
白い掃除係のあと、コヨリは拠点の床をじっと見た。白い。いつもの白だ。安全な拠点の白と、消去済みの白は似ている。似ているから怖い。コヨリは裸足で一歩踏んで、ちゃんと床の感触が返ってくるのを確認した。
「ログル。ここは消す白じゃないよね」
「はい。ここは戻る白です」
「白にも種類があるの、ややこしい」
「色だけで判断しない、という教訓です」
「またローグライクが人生訓を出してきた」
ネムは削除前兆の札へ、死亡受付外ログの小さな番号を振った。番号は嫌いだった。でも、番号がある限り、完全には消えない。コヨリはその番号札を見て、初めて少しだけありがたいと思った。
その後、コヨリは白い布と黒い布を二枚並べた。白い布には【戻る白】、黒い布には【残す黒】と書く。白は安全、黒は危険。そう単純に覚えていると、墓場では間違える。色ではなく、何をしている色かを見る必要がある。
「ログル。わたし、白い床を見たらしばらく怖がるかも」
「怖がってよいです」
「またそれ」
「怖がることで、次は踏む前に止まれます」
「怖がるのもスキルかあ」
「はい。かなり重要なスキルです」
コヨリは白い布の端に、小さく【でも拠点は帰る場所】と足した。全部の白を敵にしたら、戻る場所まで怖くなる。それは嫌だった。
白い布と黒い布は、死因図鑑室の入口に吊るされた。入る前に必ず見るためだ。コヨリはその下をくぐるたび、色ではなく働きを見る、と小声で唱える。おまじないというより、安全確認だった。
【登場人物紹介】
コヨリ:死亡よりも記録ごと消える怖さを知る。
ログル:冗談を挟まず、本気でコヨリを戻そうとする。
ネム:死亡受付に来ない削除を嫌がる。番号があることの意味を示す。
白い掃除係:悪意ではなく、期限切れログを消す管理処理。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:792回 → 802回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】
【世界の死因学習 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【削除前兆感知 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
消滅床・アイテムロスト・未整理ログ消去を、神様側の白い掃除係として変換。
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