魔王役墓標の山
墓場には、魔王の墓標が山ほど積まれていた。
ゼルドの胃が、見ただけで負けそうだった。
その区画だけ、空気がやけに重かった。
黒い墓標が山のように積まれている。どの墓標にも、同じような文字が刻まれていた。【魔王役】【仮魔王】【責任者】【最終試験官】【チュートリアル魔王】。一枚読むたびに、隣でゼルドの顔色が悪くなる。
「余は、墓標の在庫ではない」
「魔王さん、座る?」
「座ったら二度と立てぬ気がする」
ベルがすでに抗議文を書いている。紙の束が墓標の山と張り合う厚さになっていた。魔王軍の事務力は、こういう時だけ本当に頼もしい。
コヨリは一番手前の墓標を見た。
【魔王ゼルド:勇者に倒されるため配置】
【備考:世界崩壊時の責任者として処理】
「ひどい」
「ひどいで済ませてよい文面ではございません」
「ベル、怒ってる?」
「はい。大変、事務的に怒っております」
「事務的に怒るの、迫力ある」
ゼルドは墓標へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。触れば役割が戻る。魔王役の山に本人が触れるのは危険すぎる。コヨリですら分かる。ゼルドが背負ってきたものは、ひとつのラスボス役ではない。便利な最終地点として、何度も貼られた責任札だ。
「ログル。これ、どう保存するの」
「魔王様本人ではなく、押しつけられた役割群として分類します」
「魔王さんを棚に入れない」
「はい。棚に入れるのは墓標の文言だけです」
コヨリはゼルドの前に立った。背は全然足りない。見上げる形になる。それでも、今は前に立つ必要がある気がした。
「魔王さん」
「何だ、勇者」
「これ、魔王さんじゃないよ」
「......そうか」
「うん。こんな雑な札で、魔王さん全部を決められたら困る」
「余も困る」
「よし。困る仲間!」
ゼルドは少しだけ笑った。胃は痛そうなままだが、笑った。
墓標の山が揺れる。役割札が一斉に剥がれ、ゼルドへ向かって飛び出した。ベルが書類の盾を展開する。【本人確認なき役割付与に異議あり】。数枚は止まる。だが数が多い。魔王役の墓標は、本当に多すぎる。
「勇者様、札を読むのではなく、分けてください」
「分ける?」
「本人、役割、責任押しつけ、神様側処理。この四つです」
「分類ダンジョン!」
「正しく分類しないと魔王様に戻ります」
「やる!」
コヨリは白紙巻物を四つに裂き、床へ貼った。
【本人】
【役割】
【押しつけ】
【運営のせい】
最後の一枚を見て、ログルが一瞬だけ黙った。
「厳密には、もう少し」
「分かりやすさ優先!」
「ベル様」
「今回は採用します。非常に分かりやすいので」
墓標札が迷い始めた。コヨリは小石で札を弾き、それぞれの分類へ寄せる。勇者へ倒されるため配置、は【役割】。世界崩壊時の責任者、は【押しつけ】。管理都合上の最終地点、は【運営のせい】。ゼルドの名前が入っているものは、いったん【本人】ではなく保留へ。
「本人欄、空っぽ」
「はい。魔王様本人はここにいます」
「墓標にいなくていい」
「その通りです」
ゼルドが低く言った。
「余は、余だ。魔王役であることは否定せぬ。だが、余の名を、責任処理の札に使うな」
「魔王さん、今のかっこいい」
「胃は痛い」
「台無し!」
その言葉で、墓標の山が大きく崩れた。分類された札が黒い灰になり、拠点へ細い糸を伸ばす。保存処理が成功しかけている。コヨリは帰還ピンを刺し、ベルが抗議文の最後に印を押す。
【魔王役墓標:本人から分離】
【役割押しつけ記録:保存】
ログルの宝石が光る。
【役割墓標読解 Lv.1:発現】
「やった?」
「処理は進んでいます」
「その言い方、やってない時もあるやつ」
「墓標の山が崩れます」
「やっぱり!」
分類されなかった残りの札が雪崩になって落ちてきた。ゼルドは魔王らしく片手を上げ、黒い壁を作る。だが、墓標札は物理ではなく役割だ。壁をすり抜け、コヨリの足元へ積もる。
「なんでわたしに来るの!?」
「勇者役だからです」
「勇者ってだけで雑務を回すなあああああ!」
札の一枚がコヨリの背中へ貼りつく。【魔王を倒す者】。続けて【最終試験受験者】、【責任回収役】。小さな体が沈む。ゼルドが手を伸ばすが、触ればまた役割が混ざる。ベルが叫ばず、紙に大きく書いて見せた。
【勇者本人と勇者役も分けてください】
「それ、わたしにも刺さるやつ!」
コヨリは震える手で胸の名札を押さえた。
【勇者コヨリ。読む。奪わない】
役割札が一瞬だけ緩む。だが、積もった札の重さは消えない。帰還巻物を読むより早く、墓標雪崩がコヨリを埋めた。
【死亡ログ】
【死因:魔王役墓標の雪崩に埋もれた】
【評価:役割の積載量を超えました】
白い椅子へ戻ったコヨリは、机へ突っ伏した。隣ではゼルドが、紅茶を飲みながら遠い目をしている。
「魔王さん、大丈夫?」
「余は、少しだけ軽くなった気がする」
「胃は?」
「痛い」
「そこは治らないんだ」
反省会テーブルには、四分類の紙が残っていた。ベルがそれを正式な様式へ清書している。
【役割墓標読解 Lv.1】
コヨリは自分の胸の名札を見下ろした。勇者コヨリ。読む。奪わない。そこに、もう一行書き足す。
【わたしも役割だけじゃない】
ログルが静かに頷いた。
「はい。とても大事です」
魔王相談窓口では、ゼルド専用の胃薬棚が増えた。ベルは「正式備品ではありません」と言いながら、棚の位置を一番取りやすい場所にしている。コヨリは魔王役墓標の写しを、胃薬棚から少し離して置いた。
「近くに置いたら胃に悪いよね」
「配慮、痛み入る」
「魔王さん、魔王なのに胃を守られてる」
「勇者に胃を心配される魔王というのも、なかなか複雑だ」
コヨリは自分の名札も見直した。勇者。たしかに役割だ。でも、その下にコヨリとある。そこを消されたら困る。魔王役とゼルドを分けたように、勇者役と自分も分けなければならない。神様の物語に使われるだけでは、帰れない。
ゼルドの胃薬棚の横で、コヨリは魔王役分類表をもう一度眺めた。【本人】【役割】【押しつけ】【運営のせい】。最後の欄だけ、妙に広い。ベルが無言で広くしたのだ。たぶん、正しい。
「勇者よ、その欄は余の心を少し救う」
「神様のせい欄、便利だね」
「便利にしてはならぬが、必要ではある」
「名言っぽい」
コヨリは自分用にも小さな分類表を作った。【わたし】【勇者役】【テスター扱い】【神様のせい】。書いてみると、怒りが少し整理された。怒りは消えない。でも、どこに怒ればいいか分かると、次の一手が選びやすくなる。
分類表を作ったあと、ゼルドは少しだけ肩の力を抜いた。墓標の山は消えていない。だが、山がただのゼルドではないと分かっただけで、重さの種類が変わる。
「勇者よ」
「なに、魔王さん」
「余は、魔王として戦うことを否定しているわけではない」
「うん」
「ただ、雑に使われるのが嫌なのだ」
「それ、わたしも分かる」
勇者と魔王が、運営への苦情で分かり合う。絵面はおかしい。でも、この世界ではかなり正しい。
【登場人物紹介】
コヨリ:魔王役をゼルド本人から分けようとして、勇者役の重さも知る。
ゼルド:大量の魔王役墓標に胃を痛める被害者代表。
ベル:役割押しつけへの正式抗議を即座に書ける有能秘書。
ログル:分類の必要性を示す相棒。
【今回の勇者ステータス】
死亡回数:782回 → 792回
クラス:帰還者候補/死因学者系統
基本スキル:【基本ローグライクスキル:一手一動】
【獲得済み主要スキル】
【死因学習 Lv.3】【足元確認 Lv.5】【未識別警戒 Lv.5】【ミミック警戒 Lv.2】
【総合盤面確認 Lv.2】【帰還門感知 Lv.3】【ログ管理 Lv.2】【一フレームの神様 Lv.2】
【神様操作前兆 Lv.1】【滅亡前兆視認 Lv.1】【滅亡原因分類 Lv.2】【消えたシード保存 Lv.1】
【世界の死因学習 Lv.1】
【今回の新規獲得・更新】
新規獲得:【役割墓標読解 Lv.1】
【ローグライクあるあるネタ】
役割札・呪い装備・外せない状態異常を、魔王役の押しつけ墓標として変換。
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